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鑑定文を読みたくて  作者: 丘上
第一章
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挿話 深淵を覗いてしまった者


 

 時は、ナツメがダンジョンラストアタックから帰るころ。


 トモコッティの冒険者ギルド二階にて、ギルドマスターのアイザックは頭を抱え、瀟洒(しょうしゃ)な白樺の執務机に突っ伏した。

 白髪混じりの短髪こそ歳を感じさせるが、眼光は鋭く大柄な身体は筋肉質でよく引き締まり、デスクワークについて長いくせに肌は褐色に日焼けしたまま。若いころは一流の冒険者だったことを伺わせる面構えをしている。


 否、していた。ここ二、三日で一気に老けたな。同じ執務室で机越しに立つエンリケはぼんやり思った。人間、落ち目になるとひと目で分かる。コイツも終わりだな。


「ホランドたちがどこに消えたか結局分からん。これ以上ここにいるのは危険だ。アイツらが裏切ったと判断して、他国に身を隠すしかねぇ」

「はぁ」

 

 そりゃあな、とエンリケは気のない返事をしながら思う。どうやって探せるつもりだったんだよ? 別にコイツ、ギルドマスターだけど冒険者全員を手足のように使えるわけじゃないし、むしろ後ろ暗いことのせいで信用できる仲間がまったくいねぇし。犯罪仲間がどこにいるか知りませんか? とか逃げたペットじゃあるまいし街中で聞いて回れるわけねぇし。横領に怯える小悪党がいつまで有能なボスを気取ってんだろ?


「じゃあ、お元気で。オレぁ仕事に戻ります」

「バカヤロ、愚痴聞かすために呼んだんじゃねぇ」


 じゃあ愚痴んなどアホ、と言い返せたらどんなに気持ちいいだろう。


「ギルドマスターの俺がホイホイ街を出られるか。門番たちに怪しまれないカバーストーリーが必要なんだよ」

「はぁ、それとオレになんの関係が?」

「最近ソロでダンジョン二層に潜ってる子供がいるらしくてな」

「へぇ、そりゃ有望なこって」

「そいつに護衛をさせつつ、対外的には俺が若手の育成を兼ねた他所の視察、とでも言えば余裕で通る」


 いるよな新人相手にやたら態度のデカいジジイ、という侮蔑の感情を押し殺し、エンリケは身に染みついている気のない返事で誤魔化した。


「ただソイツ、どうも生意気盛りらしくてな。昨日ここに呼んで依頼を受けさせるつもりだったのに無視しやがった」


 うわぁ。エンリケは話が読めて顔にでそうになる。


「毎日ギルドに換金に来ているから、多分今日も来る」

  

 エンリケは部屋の入口付近にある小さな鐘を思い出した。背後にあるけど今振り向くことはない。

 この鐘は受付のカウンターに紐で繋がっていて、主に荒くれ者が暴れた時のSOS用に使われる。まぁこんな新人だらけのギルドで使われた話は聞かない。


 きっと昨日、鐘が鳴ったんだろうな。例の少年が来ましたよって合図で。そしてこの男、机に偉そうにふんぞり返って待ちぼうけだったんだろうな。ヤベ、笑いそう。


「でだ、俺の依頼を素直に聞かない可能性大と考えて、その時はお前の出番だ」

「子供の弱味なんて笑えるモンばっかですよ?」

「フン、漏らしたとかフられたとか、他人にとっては他愛なくてもソイツにとっては大事なことってあるだろ」


 むしろ人ってそういうモンだらけだよ。テメェの生死もオレにとっては他愛ねーわ。エンリケはこの冒険者ギルドでずっと人を見てきた鑑定人だから、目の前の大男よりは人を理解していた。


 エンリケは二十年近く前、先代ギルドマスターのころより、E-1とE-2の相場を観て知っているから脅されて悪事に加担させられて、今では罪悪感もなにも感じなくなった。魔石一個につき銅貨一枚くすねるとかむしろ笑い話だろ。


 そんな彼には相場の間違いを黙っていることとは別に、ギルドマスターに協力してきたことがある。


 勝手に他人を鑑定するのはバッドマナー。誰でも知っている常識だけど、鑑定スキルを持つエンリケには違う世界も見えていた。

 人間生きていれば後ろ暗いことのひとつや二つはある。

 無許可で鑑定すると、そういう隠し事が観える。

 例えばこの街で冒険者登録をするレベル一のおじさんとか、わけありっぽい人に多いのが偽名。許可を得て鑑定しても偽名に気付かないけど、勝手に観ると鑑定スキルは本名を暴く。そうやって弱味を握り、言うことを聞かせられることがある。


 チリンチリン


 入口から鐘というより鈴の音が鳴り、ギルドマスターは不機嫌そうに立ち上がり、エンリケはもっと不機嫌な気持ちを隠してついて行き、裏手の階段から下に降りて問題の少年の背後から観察した。



「E-1の魔石ってね、他所のギルドは銅貨三枚なんですよ」

「「「はぁぁぁぁ?」」」

 

 あちゃー。エンリケは片手で顔を覆った。ここから他のダンジョン都市へ行く冒険者はいても逆はない。だから今までバレなかったけど、他所を知る冒険者ではない人が来たのは想定外。これはもうしょうがないよな。


 ここから挽回するテはない。逃亡は諦めろ。エンリケにとっては所詮他人事。責任はギルドマスターが負うものであって、相場も観えているなどと、鑑定スキルを持つ者でないと分からないことだから、自分は知らなかったとトボケられる。鑑定人の仕事はどんなス(・)キ(・)ル(・)が生えたかってステータスを教えたり、野生のモンスターの素材とか、ダンジョンモンスターの魔石の等級を確認することですよ? てな。


 なのにあのギルドマスター、目配せしてきやがった。往生際が悪い。

 でもま、オレも少しこのガキに興味がわいた。やけに事情通っぽいじゃねぇか。どこから仕入れたネタか、危険な香りが匂うぜぇ?


 さぁ、オレに隠し事を観せてみ━━。



『ナツメ LV EX 種族 天仙(自力昇仙して亜神に至った者)


 気力 EX 魔力 EX 霊力 EX 神力 A

 STR C  VIT C  INT EX 

 MIN EX AGI S DEX EX』


 名前とLV以外、全(・)部(・)観(・)た(・)こ(・)と(・)が(・)な(・)い(・)。意味不明の羅列を理解しようとする前に全身に悪寒が走る。ダメだ。コイツはダメなヤツだ。逃げろオレ。


『警告! この先は情報過多によりオーバーヒートの可能性がありますが続行しますか? はい いいえ』


 なっ、鑑定スキルが話しかけてきた? いや、いやいや、そんなのNOに決ま━━。


『了解。権限二により続行します』


 はあ? いや待て、待ってくれ。


『気力支配 魔力支配 霊力操作 神力操作 分子操作 電子操作

 プラズマ操作 耕作 細工 解体 採取 調薬 弁舌 算術 建築

 …………』


 無理。もう無理。勘弁して下さい。


『警告! 魂が自壊を始めていますが本当に続行しますか? はい いいえ』


 いいえっ! いいえをお願いしますっ。


『了解。権限二により続行します』


 なんでだよぉぉぉぉぉーっ!


 『………

 錬成(身体強化、呼吸法、代謝操作、経絡反射) 

 接続(鑑定、交神、慧眼、並列思考、万象俯瞰)

 忍術(気配察知、隠密、短剣術、体術、軽業、手品、可視光線操作)

 …………』


 おえ、おぅえ。たす、助けて。


『…………

 武仙術(聴勁、軽気功、五行演舞、乾坤一擲、空虚絶影)

 神仙術(不老、霊体化、五行崩壊、天網恢恢、生々流転)

 ……………………』


 ……うう、ううう、に、二度と鑑定しません。なにも観ません。誓います。だ、だから、もう……


『東マーガリオル暦638年5月11日、ディングリー王国クードショ領開拓区チカット村生誕。父オーサム、母クリス。同641年4月1日、鑑定スキルが芽生える。同641年4月5日、天地から気力を取り込む呼吸と体操を開発。のちに元気の舞と命名。その後……』


 ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙……、わけがわ……、ゆる……


『……同644年8月20日、掌から気を出すつもりで遊んでいたら、本当に放たれて驚愕。ますます気力操作にのめり込み……』


 ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙……、そんなこと……、ある?


『……同649年6月8日、チカット村東の森深部にて、初のリサイタルを開演する。観客動員数ゼロ……』


 ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙……、いやな……、予感が……


『森のみんな〜、元気ぃ〜? あれぇ、返事がないぞ〜、照れ屋さんなのかな〜? 今日はぼくのファーストライブに来てくれてありがと〜。全二八曲、五時間ノンストップで駆け抜けるから盛り上がっていこーぜー。最初はやっぱこれじゃなきゃ始まらないでしょ。聴いて下さい。知らんがな(アイドンノー)。歌っ唱スキルが生えないミステリーYeah! ……』


 オウ、オウ、オウ、オウ、オウ……、へ、へへへ。


 エンリケは望み通り、ナツメの黒歴史(かくしごと)を観て廃人となった。


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