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「アブソリュート・ゼロ」
ダイジェストで全滅するボスたち哀れ。二日続けてホブゴブリン、突っ立ったまま砕けたし。
いや実際には、ダンジョンモンスターには個性はなくとも記憶があり、昨日と同じ魔法を使うと対策を立てているなどの反応はあるのか? という実験をナツメはしているつもり。
結果は、それっぽい反応は見られなかった。行動パターンが完全に同じというわけではないが、右と左のどちらにかわすかといった、乱数設定の範囲に見える。学習能力があって復活するなら無敵だからそりゃそうなんだけど、ないと言い切るにはダンジョンさん、殺意高すぎというか。
レバーの仕掛けについてもそうだけど、鑑定は、ダンジョンの謎は簡単には教えてくれない。リポップの間隔も不明。昨日昼から二回ダンジョンに入ってみたら、大部屋もボス部屋も無人のままだった。レバーも下がったまま。通路は突然わく気配はする。宝箱は消えていた。おっと宝箱といえば今日も現れた。
『宝箱(罠なし)』
「ははは、今度はなに仕掛けてきたんだ?」
何度鑑定しても罠なし。嘘だろ。昨日一昨日のあの攻撃性のあとでこれ見せられて信じる人いねーよ。
なのに、くっ、どう考えてもこの安全宣言に隠れた悪意が見つけられない。
とりあえず十メートル離れて穴を掘り、目だけ覗かせて宝箱を見つめ、水の玉に宝箱を沈めてゆっくり開けた。ここまでで十回は鑑定している。
箱の中身はなんでしょう、って性格の悪い遊びを思いついた。ウケるわけないか。
ゆっくり近寄り中を覗くと、人形と見覚えのある剣。
人形を持って穴に退避。
身長二十センチメートルくらいの精巧な女の子の人形。長い金髪は一本一本ウェーブしていて、お目々ぱっちり、口角上がってわずかに微笑み、ドレスというのか、見たことのない豪華で綺麗な服を着ている。凄いな。こんなに手のこんだ作り物、初めて見た。こういうのを芸術と呼ぶのだろうか。
『幸運を招く人形(★★)
そばに置いておくだけで運気上昇。
毎夜、最高に幸せな夢を見られる。
贈り物にも最適。下級アーティファクト』
へぇー、とナツメは人形をかかげて観察する。
運気ってLUKとかステータスに出て上下する数値化できるものなのか? 胡散臭いけど面白いね。
でもなんか、なんだろ、鑑定文が揺れる。ノイズが走って二重にぶれる? 下になにか……、隠れてる?
『呪いの人形(★★)
そばに置いておくだけで寿命減少。
毎夜、幸せな夢を見ているつもりで
やつれていく。嫌いな人に贈るべし』
ナツメは人形をぶん投げた。
「よしっ、もうここには来ない」
なにかしらいいアイテムをゲットできると期待したけど、二回が上限らしい。これ以上の検証は他のダンジョンですべきだろう。
ナツメはどこも振り返らずに闇のゲートを潜った。
街に出て、光量の違いに目を細める。これは何度経験しても慣れない。
まだ昼前どころか朝と言っていい。でも現在所持金は八千ペリョン弱だし、ラストでいいな。
ナツメはスイングドアを通った。
「E-1が三個、E-2が五十二個、E-3が二十四個、どこに、こんな」
「E-3はオイシイですよねー」
受付嬢Bが驚きながら計算する。カウンター越し、ちらりと手元を覗くと土の板に先の尖った棒で計算式を書いていた。へぇー、都会も生活魔法で土をならして書くのか懐かしー、でも暗算できないのな、などととりとめのない感想をいだく。本に使われる紙は知ってるし見たこともあるけど日用品は無理だろってくらいは高い。
「ではこちらを」
「どーもどーも」
四千二十ペリョン確かに受け取りましたとナツメは片手を上げて立ち去ろうとした。
「待て」
二階に続く階段の上から低音ボイスに呼び止められてナツメが振り向くと、四十絡みの中年が怒気もあらわにナツメを睨みおろしていた。
「お前、何故昨日来なかった」
「三回来ましたよ。ねぇ、って昨日はそっちのお姉さんだったかな」
「違う、俺のとこに来いって聞いてないのか」
「は? お前、一般人に命令できる立場なの?」
「一般人って、まさか、冒険者ではない?」
「そうそう、いい歳して口の利き方も知らずイキる中身マーモットのおっさんに付き合う気はねーよぴゃあああぁーーって叫んだらエサくらいは与えてやる」
あのマーモット元気かな、と思い出しながらギルドを去る。
「だから待て」
「だから待たねーって。この街からトンズラするのに強者の護衛が欲しい? 共犯にされてたまるか」
「な、何故」
「運び屋が捕まってとっくに捜査は始まっとるわ情弱。四十年以上街の人たちをだました責任とっておとなしく処刑されとけ」
「ぼ、坊主、それはどういう……?」
ギルド内にいた街人数人が注目していて、ひとりが聞いてきた。
「E-1の魔石ってね、他所のギルドは銅貨三枚なんですよ」
「「「はぁぁぁぁ?」」」
ギャラリーとついでに受付嬢ふたりも絶叫。高ティアの魔石は変動するけど、E-1や黒パンの類いの、最低限の物価は国が固定に注力するからずーっと銅貨三枚は変わらない。基準が毎日ブレブレだと、普段使わない一桁の、卑貨とも呼ばれる鉄貨を多用して、市場は物価が乱高下するからね。
「コイツ知っててネコババしてたんですよ。この街のギルドマスター、代々全員」
「ち、違うっ、俺が就任した時にはもう、それで食ってく連中も大勢いて……」
「自分が間違ってないと思ってるなら胸張れよ。ぼくも街人も損した側が許すと思ってるならオメデタイ」
途端、ギルド内に怒号が飛び交い、街人のひとりが外に飛び出した。
よしよし。ナントカ子爵が自分の監督不行届で非難されたくなくて揉み消す可能性は、これで消えた。街人全員怒り狂って表沙汰になれ。遅かれ早かれバレるのは時間の問題だったとしても、ぼくに絡まなければこのまま去るつもりだったのに、愚かだねー。
「お、お前、よくも」
「自業自得で睨むなバイバイ」
突然身体を走る怖気。
これが許可なく鑑定される気分か。覚えておこう。
「ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙」
一階の片隅で誰かが突然壁に背を預けてずり落ち、奇声を発した。ギルド内が今度は静まり返り、その者に注目が集まる。ギルドマスターと同年代のその男は、虚ろな目で口から涎を垂らし、なににも反応しなくなった。
お前なにをした? ギルドマスターが詰問しようにも、すでにナツメの姿はなかった。
ナツメは大通りを闊歩しながらクスリと笑う。
昔、鑑定スキルを使いすぎたら魔力切れを起こしたことから分かるように、鑑定スキルは魔法の一種だ。
そして敵の魔法は、投げられてつかんだら自分の支配下におくこともできる。
ところで、どうしてぼくは、鑑定文を小出しに表示させるか分かる?
鑑定文は読もうと意識して読むものだけど、同時に、強制的に頭の中に伝えるものでもある。幼いころ、読み書きできなくても読めたように。
だから本を一頁一頁めくるように区切りをつける。本一冊まるごと頭の中にぶちこまれたら、そりゃ精神が壊れてああなるんだよ。肉体と違って精神は回復魔法が効かない。
そう、ぼくは、鑑定されることを許可しただけ。権限二を使ってぼくの情報全部観ろ、てね。
勝手に他人を鑑定するのはバッドマナー、気をつけましょう。
ぼくは自分以外は母に一度鑑定しただけで、生きている人に使ったことはないし、これからも敵以外に使う気はない。
敵以外、人の価値は能力で決まらない。父オーサムも母クリスも、なにかしらの強者らしいけど、ぼくや弟のリュウにとってはなんの関係もない。料理がアレでも嫌いにならない。なるわけない。
無能の塊のようなマーモットもあんなに可愛いかった。
ま、自分が楽しめれば、面白ければなんでもいいか。
鑑定スキルは、一頁一頁、物語を読むために使っていきたい。
きっとそれが、ぼくの物語。
ナツメは商業ギルドの扉を開けた。カランコロン鳴った。




