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二層までと違って視界は良好。絶望的な光景がよく見える。父と母から聞いたことのある王宮の荘厳な作りを観察したいけどそんな余裕もなく、とりあえずナツメはさりげなさを装って詠唱してみた。
「水素分離に冷━━、ですよねー」
魔力を練ろうとしただけで察知されたらしく、左右に並ぶ太い石柱の陰から矢が飛んできた。
『ゴブリンアーチャー(レッドキャップ)
身体強化 弓術 速射 貫通 気配察知 遠矢
切断 鷹の目 心眼 魔力視 隠密 一世一代』
赤いトンガリ帽子を被ったひょろ長いゴブリン。デフォルトでニタニタ笑っている三日月の目と口が生理的嫌悪感を催す。物陰や隊列後方に隠れているけど多分三十体くらい。
『ゴブリンジェネラル(ロイヤルガード)
身体強化 剣術 槍術 斧術 盾術 剛力 金剛
縮地 障壁 予見 覇気 威圧 身代り 起死回生』
ハルバードを右手に、二メートル超えの身長を隠すタワーシールドを左手に持つ、全身鎧に守られた巨漢。フルフェイスヘルメットの面頬だけは開いていて、一応ゴブリン系の顔はしている。おいどんはチワワの散歩中でごわすとか言いそう。五十体くらい。
『ゴブリンメイジ(コートセージ)
精霊魔法 古代魔法 暗黒魔法 呪術 付与術
空間魔法 魔力吸収 詠唱破棄 黒死 精霊合一』
漆黒だけど色というより認識阻害がかかっているようなローブを被り、フードの下から覗く顔つきはギリギリゴブリン。生意気にも眼鏡をかけている。キングとガード以外のゴブリンはナツメと同じくらいの身長だけど、その身長を超えるねじれた木の杖を床に立てて、先端は大きな赤い宝石がはめられている。後方に二十体くらい。
『ゴブリンプリースト(ビショップ)
回復魔法 神聖魔法(邪神) 精神魔法 結界
全快 蘇生 魅了 洗脳 鼓舞 サクリファイス』
メイジとは対照的に白い法衣、前が開いてなくて頭からすっぽり被るやつを着て、短杖の先には青いクリスタルがキラキラ光っている。フードの下は緑の肌と悪人面でコーディネート毒モレベルだけど、スキル構成も相まって宗教者らしいといえばらしい。メイジと二人一組みたいな配置だから二十体くらい。
ざっと総勢百二十体。集団対集団の戦争で百人斬りとはわけが違う。いやそっちも伝説級の偉業だけど、こっちのほうがぶっとんでる。
普通に考えて無理だな。ちゃちゃっと鑑定したらどっしり構えた王以外は怒って押し寄せてくるゴブ津波を見て、いったん自分も玉座に座りたくなる。
勝ち筋はある。多分ある。でも気が遠くなりそうなほどダルい手順になる。なにがゴブリン・キングダム(☆)だよ難度低いだよやっぱ鑑定文は注意深く読まないと騙されるじゃんふざけろコンチクショウ。
文句が頭をよぎるが短剣を後腰から引き抜き構える。
邪神というか神って実在するの? とか邪神に祈って神聖魔法とはこれいかに、とか疑問は尽きないけど、考察は生き残ってから。そうナツメは覚悟を決める。
ちなみに敵のスキルはもっとたくさん並んでいるけど、基本と明らかにヤバそうなものだけピックアップしてある。気炎万丈とか面向不背とかなんとなくは分かるけど、読み解いている暇はない。
ナツメは広間の端にダッシュした。とりあえず囲まれないよう移動しなければ。
走りながら調息、呼吸を意識して、生活魔法の範囲の軽い回復魔法を自分に常時発動にする。人間、全力で動いたら三分保たない。
スタミナ管理の準備が済むと武仙術発動。
「乾坤一擲、全てを賭けて大博打。もとより生き方そのものじゃーい!」
ナツメはフィールド全体の気を強制的に徴収して、身体能力にブーストをかけた。
端のロイヤルガードに突撃。他のロイヤルガードは一転バックステップで離れた。ほう?
『ゴブリンジェネラル(ロイヤルガード)
身体強化(火)、劫炎両断発動』
ロイヤルガードもナツメの動きを見切ってカウンターの振り下ろし。瞬間、秒速11mで走るナツメの足が踏んだ床が秒速11mで後ろに下がり、ナツメはコンマ数秒その場で止まり、ハルバードの燃え盛る穂先が目の前を縦に通り過ぎてから加速再開、ハルバードの柄を踏み台にジャンプすると、右膝から氷の円錐が瞬時に形成されて、そのまま膝蹴りでゴブリンの顔面を貫いた。
自然科学の真理。この世の全ての物質は、気体液体固体にプラズマの四つの状態に分類される。
火・風・土・水属性のじゃんけん、精霊魔法の真理。火は風に強く、風は土に強く、土は水に強く、水は火に強い。
そして乾坤、すなわち天地の真理は木火土金水の持ちつ持たれつ、五行の相生と相克にある。ついでに相乗、比和、相侮もあるけど蛇足。
相生は後押しする関係。木は火の元になり、火から生まれた灰は土に還り、土には金属が眠り、金属は水を集めて結露して、水は木を育てる。
相克は食らう関係。木は土を枯らし、土は水を防ぎ、水は火を消し、火は金属を溶かし、金属の斧は木を切る。
この五行を鑑定で見つけて体得したことが仙人昇格、昇仙の条件のひとつだったとかナツメ本人は知らない。なんならもっと厳しい、本来不可能な条件もクリアしている。簡単に言っておくと、仙人とは浮世離れの極地。金も名誉も地位も異性もいらない、無人島にぼっちで全然平気、長生きする気もない人がなれる。仙人になりたいと思うことすら失格になる。
そんな仙人のナツメにしか見えない情報。気にも属性があり、相性がある。火属性の身体強化で己を守るゴブリンには水が効く、といった具合に。
砕けた氷をまき散らす空中の無防備なナツメに十二条の光線が。
『イフリートランスチャージ
火属性の攻撃魔法(極大)。魔力の塊を高熱にして撃ち出す。
スキル黒死の付与によって着弾と同時に巨大爆発を伴う』
だから離れたか。息ピッタリだねぇ。でも甘い。魔力の励起も属性も、こっちだって察知している。ナツメは口の端を上げた。
ところで魔法には二種類ある。主に攻撃魔法に多い、術者から撃ち出されるものと、回復魔法や精神魔法に多い、術者がかけ続けるものと。
前者は弓矢と同じだ。放たれた矢は、つかむことができれば自分の武器に変えられる。ナツメ以外、魔法をつかむなんてできる以前にしようとすら思わない発想になるが。
水剋火、白色に輝く超高熱の太い槍は、十二本全て、空中にキラキラ光る魔力を帯びた氷に触れると小さな水蒸気爆発を起こして軌道が変わり、短剣を指揮棒のように空中で両手を広げて回るナツメの周りを追走した。まるで公転する天体のように。
そのまま回転に巻き込まれた極太の槍は、ナツメから地上へ扇状に乱れ飛び、無差別に着弾。黒い炎が王宮一面をなめ、この世の終わりのような爆発が連続した。
魔法を使えなければ敵の魔法をパクればいいじゃない。
風の防御壁を身体に展開していても爆風で高い天井近くまで飛ばされたナツメは、眼下の惨状を見下ろして哄笑した。
身だしなみに無頓着なせいで伸び放題の明るい茶髪が風に吹き荒れ、赤と青のオッドアイ、普段は眠そうな半眼はアドリナリン大量分泌で爛々と輝き、十五歳の、美少女から美少年に変わる性別不詳の怪しい色気をまき散らしている。
「アハハ、よお、ダンジョン生まれのモンスターども。スペックが高くても使いこなせてないぞー」
どう見てもこっちが魔王。
※毒モ。作者の造語。なんの略かは不明。




