05 偽りの恋人
「ふーん……立派な邸だね」
王家の森近くにある邸を見上げ、魔法使いらしく黒いローブを羽織ったルーファスはそう言った。
用意されたのは、豪華な白い邸だ。けれども、彼はそれを喜んではいないようだった。
「ルーファス様に滞在して頂けるように、こちらをご用意致しました。お好きにお使いください。サブリナ。ご挨拶を」
「ルーファス様。私の願いを聞いてくださり、本当にありがとうございます」
ルーファスに丁重な扱いをする父に促されカーテシーをしたサブリナは、彼がここで何を言うかと緊張していた。
自分の名前を聞いたならば、彼はサブリナと誰かと勘違いしていることに気が付くかもしれないと思っていた。
(とは言え、ここで名乗らない訳にもいかない……ものね)
サブリナは緊張しつつルーファスを見つめたが、彼は問題なく微笑み彼女へ手招きをした。
「ああ。サブリナ……かしこまらなくても良い。少し話そう。来てくれ」
名乗っても『お前は誰だ』とは、言われなかった。心配していたサブリナは胸に右手を置いて、ほっと息をついた。
「はい」
ルーファスから邸に入ろうと促され、サブリナはその場から前へと出た。
父フレデリックはその場から動かず娘からの視線に頷き、役目を終えた自分は、ここで帰ることにしたようだ。
驚くほどの短期間で用意されたはずの邸へと入れば、一日で集めたとは思えないほどの数の使用人が居て、入って来た二人に礼をしていた。
これは、父が向かわせたであろう、ラディアント伯爵邸に雇われていた使用人ばかりではない。
特に優秀な者を選りすぐりして集め、国の救世主となるルーファスの機嫌を損ねない事を、最優先したのだろう。
(ああ。本当に凄いわ……それだけ、差し迫った状況だと言うことよね)
ルーファスがそれだけ手厚くもてなされるということは、彼への期待も相当に大きいことも示していた。
アシエード王国の命運は、ルーファスの気分ひとつに掛かっている。
「……あれは、君の父親なのか?」
「はい。私の父アシエード王国大臣の一人、フレデリック・ラディアント伯爵です」
「そうか……ああ。座ってくれ」
二人は応接室へと入り、サブリナは調度の豪華さに驚く。一介の貴族ではあり得ないほどに、高級な家具で溢れていたからだ。
(急遽、ルーファスのために用意させたのかしら……それにしても、凄いわ)
余程、裕福な貴族から買い取ったのかもしれないが、国王や世話を任された父がルーファスの邸となる場所へ口を出さない訳もない。
ルーファスは当たり前のように、サブリナの隣へと座った。向かいの席へ座らなかった彼へ驚いたものの、自分は彼の恋人なのだと思い直す。
それならば、近い距離感も、腰に手を当てられることだって、当然のことだ。
広い玄関ホールを入りすぐに用意された応接室は、本当に豪勢な造りだ。
これは、昨夜召喚されたというルーファスの趣味ではないとサブリナは理解しているが、彼はその中で違和感なく調和していた。
黒衣の魔法使いは余裕を持った態度で、サブリナを見つめている。
(彼は、魔法使い……なのよね。初めて話すわ。どんなことを話せば良いのかしら)
サブリナは自分に対し恋人だと呼び親しげに振る舞うルーファスへ、適当な会話を進め、嘘をつかなければならない。
だが、ルーファスにどういった嘘をつけば良いのか、まだ何の情報も持っていないのだ。
ふと目が合えば、紫色の不思議な光を放つ瞳だ。
ルーファスが世界でも五本の指に入るほどの大きな魔力を持っていると言われれば、すんなりと納得出来てしまうほどに視線が強く思えた。
「サブリナ。緊張しなくても良い」
「はっ……はい!」
緊張のあまり無言のままだったサブリナを心配したのか、ルーファスは安心させるようにそう言い、慌てて彼女は返事をした。
「……心配せずとも、魔界の門の封印は君の願った通りにこなす。ただ、実物を見て調べてみれば、あれは色々とややこしく難しい。僕が自己流で封じるよりも、石門に刻まれた封じ方を習い、その時のやり方を辿った方が良さそうだ」
「……そうなのですね」
サブリナは魔界の門の封印について、何がどうなっているのか知る由もないので、ルーファスの言葉に頷くしかない。
「なので、刻まれた魔術紋様の意味を調べながらになり、多くの時間を掛ける事にはなってしまうが、サブリナが心配していたような事態は起きないだろう」
「ありがとうございます。ルーファス様」
「サブリナ。なんだか、よそよそしい態度だね。ルーファスで良いよ。僕たちは、恋人同士だろう?」
「っ……はい。ルーファス」
慎重に言葉を返したサブリナに、ルーファスは微笑んだ。
彫像のように整った顔が微笑むと、魔法使いという職業ゆえだろうか、妙に妖しい魅力を放ったように思えた。
(なんだか、紫の瞳に……吸い込まれてしまいそうだわ)
魅了の魔法を掛けようとしているのではないかと思えるほどに、彼の紫の瞳は美しく、そして強く惹き付けられてしまうような気がした。
「……サブリナ。君はここへどのくらい、訪ねて来てくれるの?」
「はっ……はい。良ければ、毎日……もし、ルーファスが、その、よろしければ」
緊張してたどたどしく言った言葉に、ルーファスはまた微笑んだ。
「もちろん。君が会いに来てくれれば、嬉しい。そうでなければ……」
ルーファスはそこで言葉を切り、意味ありげに微笑んだ。だが、疑問に思ったサブリナにも、その言葉の先は何とは聞けなかった。
(そうでなければ、そうでなければ、何だというの……?)
内心冷や汗をかきながら、ルーファスへ笑顔を返すようにして、サブリナも無言で微笑んだ。
何に気を付ければ良いかもわからぬまま手探りで、ルーファスの偽恋人役として役目をこなさなければならない。




