30 応援
大きな窓を開いて、サブリナはバルコニーへと進んだ。
「……こんばんは。良い夜ね」
ひんやりとした冷たい空気に、うっすらと見える月明かり。そこに浮かび上がる、恐ろしい魔物の姿。
魔物は知性を持つ者も居るようだが、それは人に良く似た人型をしているらしい。目の前に居る獣型の魔物は、サブリナの言葉を理解出来ただろうか。
ぬらりと光る身体を持った、蜥蜴型の魔物だった。二足歩行をして、邸二階にも目が届くくらいに大きな魔物。
それは、自分の命を奪う死神のような存在だというのに、サブリナは恐怖も何も感じなかった。
諦めでも何もない。これでルーファスが命を繋げる時間が稼げるのなら、これは意味がある死であると覚悟を決めていた。
(それほど、大きな魔物でもなかったわね。目だけしか見えなかった時は、大きく見えたけれど……時間を掛けて食べてくれれば良いけれど……)
王が付けてくれている護衛騎士は何人か常駐しているはずなのに、ここにはまだ来ない。他にも魔物が居て、彼らは足止めされているのかもしれない。
それでもまだ希望はあった。魔界の扉はまだ完全には開いていない。だから、ルーファスさえ目覚めればなんとかなるのだと。
魔物は不思議そうに首を傾げ、じっと自分を見つめるサブリナを見ていた。恐れをなして逃げ惑う人間ならまだしも、自分へと微笑みかける余裕のある人間など珍しいかもしれない。
(なんて、美しい目なの……そうね。彼らだって、私たちが肉を食べているのと同じ感覚よね)
黒い目には月光が映り、なんとも清らかな存在に見える。サブリナはゆっくりと目を閉じて、すぐそこにある死を待った。
あの鋭い爪が身体を切り裂くのか、それとも、牙でそのまま噛み砕かれてしまうのか。
(ルーファス。貴方が救ってくれようとしたように、私も貴方を守ろうと思うわ……)
けれど、サブリナの耳に聞こえて来たのは、予想外の人の声だった。
「サブリナ」
まさかを思って瞼を開ければ、そこには倒されてしまった魔物の残骸だった。悲鳴すらもあげる間もないほどに、切り刻まれてしまっていたのだ。
圧倒的な威力のある何かに、殺されてしまっていた。
「……ルーファス?」
「サブリナが居ないのなら、アシエード王国など救わない」
ルーファスはサブリナの身体を背後からぎゅっと抱きしめて、驚いていた彼女の目の前には小妖精パックが腰に両手を当てて現れた。
「サブリナ! 君は人の話を聞かないんだね! サブリナは強い魔力を持っていて、唇へのキスは魔力受け渡しに一番良い方法なんだよ。それを僕の力で増幅させたから、目覚めることが出来たんだ」
「私に、魔力があったの?」
サブリナは魔力があるなど言われたこともないし、調べたこともない。けれど、覚悟を決めたあの時のキスで、ルーファスが目覚めることが出来たのは確からしい。
「程度はあるけど、普通の人にも魔力はあるって言ったでしょ! けど、君は人よりも多い方だったみたい。魔法使いにはなれないかもしれないけど、大魔法使いを目覚めさせるにはもう少しで、僕はそれを埋めたって訳」
えへんと胸を張るパックは、嬉しそうにしていた。
そして、サブリナはこれが都合の良い幻覚でもなんでもなくて、本当に起こっている現実なのだと、実感することが出来た。
後ろから自分を包み込むようなぬくもり。それは、まぎれもなくルーファス本人なのだ。
「ルーファス。あの……私。ごめんなさい。私、嘘をついて貴方を利用することに耐えられなくて……けれど、あの時、あんな風に告げるべきではなかった。貴方にまで嘘をつかせることになってしまって……私」
「もう良いよ。サブリナ。君と心ゆくまで話したいのはやまやまなんだが……とりあえず、僕は周辺の魔物と魔界の門をどうにかしないといけないみたいだ。今から、封印してくるよ」
そして、ルーファスは離れ、ふわりと浮き上がると、その姿はかき消えた。
「……サブリナ? 僕の話聞いてる? 必死で大魔法使いルーファスを救った僕に、何か言うことないの!?」
ひらひらと目の前を飛行する小妖精は、怒り心頭な模様だ。
「ああ!! ごめんなさい! パック。本当にありがとう!」
「うっ……君の気持ちはわかったから、離して―!!」
そう言って、ふわふわと飛んでいたパックを抱きしめたら、彼は苦しそうにうめき声をあげた。
「……私がルーファスにキスをしてから、貴方は彼に応援魔法を? パック」
そういえば、パックに声を掛けたのに、彼は返事を返してくれなくて、もう既にそこには居ないとサブリナは思い込んでいた。
「そうだよ!! 君が彼に注いだ魔力が思ったより強かったから、これはいけるかもしれないと思ったんだ。僕が何も言えなかったのに、悲劇のヒロインみたいに外へ出て行って!! 僕がいなかったら、死んでたんだよ。サブリナ!」
「そうよね。そうね。本当にごめんなさい。パック」
必死で自分のやったことを伝えるパックを見て、サブリナは微笑んで彼の頭を指の先で撫でた。
(良かった。死を覚悟したけれど、ルーファスとパックが救ってくれたのね。もう……大丈夫だわ)
もうすぐ拡声魔法の放送で、大魔法使いルーファスが救ってくれた朗報が流れるだろう。それを、サブリナは疑わなかった。




