29 死の覚悟
捕らえられて魔力を封じられた魔法使いモードレッドは、双方魔法使いの戦いだというのに、ルーファスに殴られて肉弾戦で負けて一時は心神喪失してしまっていたらしい。
ようやく気力を取り戻したのか、『魔界の門』の封印を破壊したことを認めないらしいが、彼が意気揚々とルーファスへ自分勝手な犯行について語っていた事は多くの者が目撃し証言していた。
モードレッドがなり代わった標的コードウェル公爵は、まだ見つかっていないことから、コードウェル公爵家より厳罰並びに何処に居るのか自白させるように求められているそうだ。
自分を英雄視してもらうために、意図的に多くの人を危機へと陥れ、それを救おうなどと言語道断だと魔力を封印された上に重罪に課されることは間違いないだろう。
「誰が魔界の門の封印を解いたのかは、ようやく判明したけれど……結局、ルーファスは眠ったままね」
魔力を使いすぎて倒れた三日前から、ルーファスは眠ったままだ。
「……仕方ないと思うよ。格下相手だとしても数え切れないくらいの攻撃を防ぎきったんだからね。魔力を極限まで削られて、回復に時間が掛かるのか仕方ないことだろう」
ルーファスが眠ったままで居るベッド際にサブリナはたたずみ、そんな彼女の肩には小妖精パックが載っていた。
王家の森に住んでいる妖精たちもモードレッドがどうなるか気になり、あの夜見ていたらしい。そして、パックは当たり前のような顔をして、落ち込んでいたサブリナの前に現れた。
「こんな風になるまで、私のことを助けてくれたのに、謝りたいし、話がしたいわ……どうにかならないかしら」
不思議な力を持つ魔法使いは、数がそれほど多い訳でもなく、アシエード王国で雇われていた魔女アデライザも危機は去ったとして帰国したらしいが、彼女は今モードレッドの取り調べで多忙らしい。
ルーファスは魔力を失い眠ったままとは言え、このまま時間を掛ければ復活するだろうし、すぐに命の危険があるという訳でもない。
「今は難しいかもしれない……僕の使える魔法って、応援することだけなんだよね」
「……応援?」
「そうそう。サブリナが魔力を持っていたら……うーん。普通の人でも、少しは魔力を持っているんだけど、このルーファスの回復に足るような魔力を持っているなら……僕の応援魔法で嵩増しすることは、出来るんだけどね」
目の前で悩んだ表情になったパックは『応援妖精』という種の小妖精らしく、誰かの魔力を応援して上げることが出来るらしい。
「どうなのかしら。自分に魔力があるなんて、全く考えずに生きて来たもの」
「サブリナは大魔法使いにはなれないよ……彼らは生まれた時から常に、魔物に狙われることになるからね」
パックはルーファスの過去を知ってか知らずか、肩を竦めてそう言った。
(私がもし大魔法使いと呼ばれるまでに魔力が強かったら、もう既に殺されてしまっているわね……そこを奇跡的に生き残ることが出来れば、ルーファスのように大魔法使いと呼ばれる存在になることが出来る……という事よね)
「それは……知っているわ」
羽根を羽ばたかせて飛行したパックは、眠っているルーファスの額に手を押し当てて、何かを探っているかのようだ。
(早くルーファスと話したい……幼い姿でダミアンと偽名を名乗ってまで私と一緒に居たことは驚いたけれど、私があんな風に泣いて仕舞えば傍に居づらいと思われて当然だわ。それに……誰と私を勘違いしていたのかも聞きたい)
サブリナは一度ルーファスという存在から離れて、落ち着いて考えてみれば『ルーファスが恋人と呼んで居る存在は誰か』という事が一番に気になっていた。
恋人と呼ばれて彼から最優先されているという特権を与えられているというのに、それは自分の事ではないと理解をしていた。
自分ではない『恋人と呼ばれている誰か』に、嫉妬しているのだと、今なら認めることが出来る。
(ルーファス……早く、目覚めてくれないかしら)
『……緊急放送です。魔界の門の封印が不安定な状態にあります。現在復旧中です。魔物が出現しています。魔物大暴走の危険が高まっています。繰り返します……』
「なんですって?」
拡声魔法での放送に、サブリナは目を見開いた。
「サブリナ。ここを逃げよう。この近くに魔物が出て来ているというなら、彼に群がることになる。魔界の門を閉じてくれる魔法使いが現れるまで、出来るだけ距離を稼いでおいた方が良い」
キラキラとした光る粉を落として飛んだパックは、慌てた様子でそう言った。魔力を多く持つ人間は、魔物に狙われる。それに、ルーファスは今、意識を失っていて、魔力を隠せてはいない。
「……けれど、今ルーファスに魔力は……」
「それでも! 彼は大魔法使いなんだよ! こうして意識を失っていても、魔物にとっては極上の獲物なんだ! 早く逃げようよ。ここに居ても、僕らは共に死ぬだけになる」
パックは早口でそう言った。
「……私は逃げないわ」
「サブリナ! 自ら死を選ぶと言うの?」
「ルーファスは私たちのことを、救ってくれようとした人なのよ。眠っているから、このまま見殺しになんて、出来るはずがない」
「わわわわわっ……!! すぐそこまで、来てるよー!!」
サブリナはパックが指さした窓を見た。そこには、巨大な目があった。
ここで誰かを呼んでサブリナはもう自分たちは逃げられないだろうと思った。
(もしかしたら、私を食べれば満足してどこかに行ってくれるかもしれない……)
サブリナは眠ったままのルーファスにキスをした。彼の意識はないけれど、これで最期なのだろうと思った。
「パックは逃げなさい。私に付き合うなんて、馬鹿なことはせずに」
サブリナはそう言ってから、窓を見た。目の前には恐ろしい魔物がいる。けれど、不思議と落ち着いていた。
(ルーファスが生き残る可能性を、少しでも増やすわ……私を食べている間に、助けが来るかもしれないもの)
死の覚悟を決めて、手をぎゅっと握った。
魔界の門を封印してくれるルーファスが居なければ、どうせ国ごと滅亡して死んでしまう。これは、前提条件としてこれまでにも変わらないものだった。
自分の命を使って何かの可能性が増えるならば、それで良かった。




