03 役目
あの後、大魔法使いルーファスは、すぐさま何らかの対処に向かうことになり、サブリナはアシエード王国国王と短い打ち合わせを済ませた父に伴われ帰ることになった。
いつもより物々しい空気とにわかに騒がしくなったアシエード王城からの帰り道、父娘はラディアント伯爵家の馬車へ同乗した。
親子仲が良いとは言い難い二人にとって、同じ馬車に乗るという事は珍しかった。
けれど、サブリナは先ほど起こった一連の出来事を目にしてひどく気分が高揚していて、それを気にするどころではなかった。
(もう本当になんてことになってしまったの。このまま……ベッドの中で目を覚ましても、何もおかしくはないわ。今でも信じられないもの……あんなことが、現実に起こってしまうなんて)
目の前にいきなり現れた、黒いローブを纏う男性。そんな彼へ縋り付く、アシエード王国の国王に側近たち。
これまでに起こりえなかった事態がアシエード王国で起きてしまい、それに既にサブリナは巻き込まれていることは間違いなく確かなことだった。
「サブリナ。お前も先ほど国王陛下より聞いたように、我がアシエード王国は現在危機に瀕している。突然のことで、驚いたとは思うが……この私も数時間前に聞いたばかりなんだ」
普段、冷徹な態度を貫く仕事人間である父フレデリックから話を切り出され、やはりアシエード王国の滅亡が間際に迫っているというあの話は本当なのかと、サブリナは息を呑んだ。
一国の王ともあろう人があのようにみっともなく誰かに縋り付くなど、信じがたい光景を見れば事実だろうと頭では理解出来るのだが、それでもまだ心が付いていかないのだ。
(本当にアシエード王国が、滅びそうになっているということなの……?)
一国が滅びてしまうなどと、圧倒的な武力差のある敵国との戦争でもあるまいし、そうそうなことで考えられるような事でもなかった。
突然に、アシエード王国は滅亡の危機を迎えたということだろうか。
「あの……お父様。アシエード王国に、何が起こったのですか」
とにかくこれを聞かねば始まらないと、サブリナは父に詳しい事情を聞くことにした。
「ああ……あの深い森。王都のすぐ近くにある森は、王家の森と呼ばれていて、創国の王が魔界との扉を封じてある。その解けないはずの、封印が……あろうことか、今日、解けてしまったのだ」
フレデリックは頭を抱えて、現在アシエード王国が陥っている深刻な状況を娘に伝えた。
「ああ。そうなのですか……あれは、お伽噺ではなかったのですね」
それはアシエード王国では幼い子どもの頃に目を輝かせて聞くような、そんな英雄譚だ。
遠い昔、魔界の門が開き、魔物大暴走が起こり、アシエード王国がある一帯は不毛の地となってしまった。
だが、そんな地にも救世主が現れる。魔界に通ずるという扉を決死の覚悟で封印した若者が居たのだ。
それが、アシエード王家の祖先、初代王だ。
これまでに、サブリナは……いや、アシエード王国の大多数の国民は、王家の権威を示すために大袈裟な作り話をしたのだろうと、そう思って居た。
だが、そうではなかったのだ。だからこそ、本日、魔界への扉の封印が解ける事態になってしまった。
家族の前でも冗談ひとつ言うことのない父がこのように悲壮な表情で話すのならば、それは間違いないことなのだろう。
(お父様がここで、私に嘘を口にするようなはずがないわ……ああ。それで、王国が滅亡してしまうと……国王陛下も皆、あの時に必死になっていたのね)
「あの、お父様。魔界の扉の封印が解けたというと、魔物は出て来ていないのですか。大丈夫なのですか?」
魔界の扉の封印が解かれたのならば、そういうことにならないのだろうかとサブリナは心配になり聞けば、父はわかっていると言わんばかりに何度も頷いた。
「ああ……扉は封印は解けたばかりで、まだ効果が残っていて、魔物はすぐには出てこられない。だが、完全に解けてしまえば魔物大暴走が起こってしまう。そうなれば、アシエード王国は、もう終わりだ……」
国が滅亡する。
あの男性、ルーファスにしか、王国は救えない……だからこそ、国王ならびに側近たちはあのように、跪いて懇願していた。
どうか、アシエード王国を救って欲しいと。
アシエード王国の重大な危機が起こった事については、王が大魔法使いに縋るという衝撃的な事件があった場に居合わせた貴族たちの口づてで、今頃は王都中を巡っているはずだ。
それを聞いた多くの者が驚きと共に衝撃を受け、民衆に混乱を招いてしまうかもしれない。
……だが、それもすぐに収まるだろう。
もう既にアシエード王国には、救いの手が差し伸べられたのだから。
何らかの誤解をして嫌がりながらの救いの手かもしれないが、あの彼は『引き受けても良い」と、そう言ったのだから。
(そうだわ……あの男性は)
背の高い黒髪の魔法使いルーファスは誰なのだろうと、サブリナは父に聞くことにした。
「……お父様。あの……あのお方は、一体、何者なのですか」
その言葉だけで娘のサブリナが誰について知りたいかを察した父は、大きくため息をついて質問に応えた。
「あれは、世界で最も魔力が強いと伝えられる、大魔法使いルーファス様だ。我が国で雇っていた魔女アデライザにより、アシエード王国へと召喚された。魔女アデライザは魔界の扉の封印について自分の手には負えないが、どうにか出来る人物を召喚することは出来るだろうと……陛下へ提案したんだ」
魔法使いは魔法使いでも、彼は世界に数人しか居ないと伝えられる、大魔法使いなのだ。
その存在はまるで伝説のように語られていて、彼らはほとんどひと目に触れることはないと言う。
魔法使いだってとても珍しいくらいなのだ。サブリナだってアシエード王国に雇われている魔女が居る程度しか知らず、魔法の存在は身近ではなかった。
「ああ! ……あの時に、慌てて走って行かれた、あの女性のことですか?」
舞踏会会場に現れて、まるで逃げるようにして、人が多く居る方を選んで彼女は人々の間をすり抜けて行ってしまった。
魔女のような服装だとサブリナが咄嗟に思った通り、あれが魔女アデライザだったのだろう。
「ああ……彼女に召喚された大魔法使いルーファス様は召喚されてからずっと、あの不機嫌な態度でな。事情を話す間も黙って睨み付けられた魔女アデライザは命の危険を感じたようで、話終わりすぐさまその場から走り出し逃げ出したのだ。彼はそれを追い掛けて、大広間へと我らも向かった」
「あれは、そういう事だったのですね……」
慌てていた魔女は自分を追い掛けてくるルーファスを撒こうとして、人が多い場所を選んで進んでいたというところだろうか。
魔女は逃げ出しルーファスは追い掛け、そんな彼を逃がすまいと追って、国王やその側近は現れた。




