02 お願い
彼女を取り囲んでいた紳士たちも予期せぬ出来事に驚き、口々に『あれは誰だ』と言い合っていた。
サブリナとは違い社交界には慣れているはずの彼らがそう言っているならば、いきなり現れたこの男性はアシエード王国の貴族ではないのだろう。
彼は先ほど慌てて走って行った彼女と同じように黒いローブを着ていて、サブリナはまるで二人は魔法使いのようだと思った。
しかし、彼らは王城の中に居る。
そして、彼の堂々とした佇まいを見れば、王に仕える使用人にも思えず、任された仕事だったり何らかの事情があるから居るのだろう。
(これは、一体どういうことかしら? 彼らに囲まれて困っていた私を、助けてくれた……ように思えるけれど?)
社交に慣れないサブリナは誰が見ても明らかに、紳士たちに囲まれて、どうして良いものかと困り果てていた。
だから、彼は見知らぬ男性は知り合いを装って、逃がしてくれようとしてくれているのかもしれない。
「あ、あの……待っていました。その……」
サブリナはとにかく、ここは名前も知らない男性の話に合わせて切り抜けた方が得策だろうと思い、背の高い彼の顔を不意に見た。
(まあ……誰なのかしら)
見れば見るほどに整った顔を持つ魅力的な男性で、知らず胸が高鳴るのを感じた。
「おお!! こちらにいらっしゃいましたか。ルーファス様! どうか、お待ちください! どうか、どうか……この国をアシエード王国を救ってくだされ!!」
彼と二人でこの場から立ち去ろうとしていたサブリナは、慌てて追い掛けて来たアシエード国王が、そんな彼の前に跪いて乞い願っている姿を見た。
国王に続くように何人もの側近たちも駆けつけて、同じように祈りを捧げるように膝をついている。
(国王陛下……それに、お父様も? これは、一体どういうことなの?)
サブリナの父フレデリック・ラディアント伯爵は、国を支える大臣の一人としてアシエード王国の重鎮だ。
それに、彼の周囲に居る初老の男性たちも大臣で、父を訪ねラディアント伯爵邸へとやって来たこともあり、娘サブリナが見知った顔たちだった。
常日頃の威厳ある佇まいなどどこへやら、哀れな声を出し、サブリナの隣に居るルーファスと呼ばれた男性へと必死に縋り付いて居た。
「……僕にしか救えないって、そう言われてもね」
ルーファスは彼らの願いなどどうでも良いと言わんばかりの、淡々とした冷たい口調でそう言い放った。
「どうか! ああ。どうか! お願い致します。国民たちをお救いください。このままでは、アシエード王国は滅亡してしまいます!」
「お願いします!」
「救ってくだされ……!」
「このままでは、国民全員がすべてを失ってしまう!」
国王に続いて大臣たちも、必死の形相を見せて願っていた。
いつのまにか踊るために奏でられていた軽快な音楽は止まり、周囲に居る貴族たちは、音もなく居なくなっていく。
彼らの君主たるアシエード王国王が誰かに跪き願っている姿など、そのような場面を見るべきではないと考えたのだろう。
その一員であるサブリナとて、自分もそうするべきだとは思うのだが、願われる側のルーファスは彼女の肩を親しげに抱いていて動けないのだ。
(どうしよう……どういう事? アシエード王国が滅亡するなんて、そんなこと……)
サブリナにとっては、寝耳に水な話だった。そのような話は、今朝会ったばかりの父からも知らされず、こんなにも差し迫った様子を見せる彼らが信じられない。
「それは、僕には無関係な事だろう。勝手に滅亡してくれて構わない」
必死に縋る彼らに対するルーファスの態度は、何かで気分を害しているのかひどく不機嫌だった。
彼らが互いに見つめ合う、しんとして音がなくなった城の大広間の中で、サブリナは息を殺していた。
胸の内はこの場から下がれるものならば下がりたい気持ちで一杯なのだが、何が起こっているのかさっぱり理解出来ず、どう振る舞うべきかがわからない。
(何なのかしら。もう……本当に意味がわからないわ)
「あの、大魔法使いルーファス様……そちらの……ラディアント伯爵令嬢とは……お知り合いでしたか?」
国が滅ぶかどうかの崖っぷちにありへりくだった態度を見せる国王は、ようやくその時にルーファスの隣に肩を抱いたサブリナが居たと気が付いたのか、彼へ不思議そうに尋ねた。
「ああ。そうだ……彼女は」
「君からも、どうかお願いしてくれ!! アシエード国が滅亡するかどうかの瀬戸際なんだ!! ルーファス様に、ここで手を振り切られたら……もう後はないんだ!!」
「サブリナ……どうかこの国を救ってくださいと、お願いしてくれ」
ようやく見つけた一縷の望みだと思ったのか、国王が必死の形相で驚いていたサブリナを見て叫び、父親のラディアント伯爵もこれまでに見たことがないほどに追い詰められた口調で言った。
父フレデリックの顔を見れば、これまでに見たことがないほどに必死だった。
(お母様の死にも動じなかった、あの父が……これは、本当のことなのね。滅亡の危機にあるなんて)
ようやく、自分がとんでもなく非現実的な出来事に巻き込まれていると認識して、サブリナは隣に居るルーファスを見上げた。
彼もサブリナの視線に気が付いたのか、その時に目が合った。
一瞬身体が痺れたような気がしたけれど、ルーファスが大魔法使いだと言うのなら、何かの魔法でそれもおかしな事ではないのかもしれない。
「どうか……この国を救ってください。お願いします」
サブリナはルーファスの紫の瞳と視線を合わせて、彼へとお願いした。強い緊張から震える唇から伝えた言葉は、彼の耳にも無事届いたようで鷹揚に頷いていた。
「……仕方ない。他ならぬ可愛い恋人の頼みならば、引き受けても良い」
ルーファスはそう言った時に、国王をはじめ取り囲んでいた大臣たちの歓喜の叫びが大広間に響いた。
「私っ……あのっ……!」
「サブリナ! サブリナ。ああ。良くやった」
初めて会ったこの男性の恋人などではないと否定しようとしたサブリナの言葉は、彼女へと素早く駆け寄りぐいっと腕を掴んだ父に遮られた。
間近まで迫った父は言葉もなく、強い視線で『何も言うな』と、サブリナに伝えていた。そんな父の姿に、今このアシエード王国がどれだけ逼迫しているかわかろうと言うものだ。
(……アシエード王国の滅亡の危機が、この方にしか救えないですって……?)
未だ不機嫌な態度を崩さないルーファスは、いかにも面白くなさそうな表情で自分が救うと言った一言で舞い上がった彼らを見ていた。
つい先ほどまで大勢の貴族が集まり、歓談しダンスを楽しんでいたはずの大広間は見事に彼ら以外誰も居なくなり、国王とその側近の喜びの声に溢れることになった。




