26 正体
ベネディクト・コードウェル公爵については、また父フレデリックに会った時に相談しようとサブリナは決めた。
ルーファスが住んでいた邸に、現在サブリナはダミアンと共に住んでいる。幼い彼の世話を任されたとなれば、あまり帰る機会もなく、父には最近会っていなかった。
(そうよね……ルーファス本人がここに居た時は、お父様もかなり神経を尖らせていたようだけれど、ダミアンはルーファスの代理で来たと言っていたし、問題なく封印をしてくれるだろうから……)
「サブリナさん。魔界の門ですが、もうそろそろ完璧な封印が施せるかもしれません」
帰って来たサブリナにダミアンは嬉しそうに告げて、アシエード王国の危機はもうすぐ去りそうと知り、彼女はほっと息をついた。
「まあ……そうなの? 貴方って本当に優秀なのね。ダミアン」
サブリナがそう言って微笑めば、ダミアンは恥ずかしそうな顔で笑い返した。
「そんなことはありませんが、この前に良い参考資料が見つかったので、時間短縮が出来ました。古い文献はあまり残されていませんから……本当に助かります」
魔界の門が封じられた頃の文献は、現在ではほぼ残されては居ない。しかし、すべてを失ってしまうくらいならと、アシエード国王が門外不出の禁書なども運ばせ、ルーファスの助けになるようにとこの邸に運んでいた。
どんなに素晴らしい国宝があろうが、魔物大暴走が起こり恐ろしい魔物たちに国土を蹂躙されてしまえば、すべて無と化してしまう。
国王がこの事態になりすぐに下した決断は、そういう意味で正しく作用したという事らしい。
(とにかく、良かったわ……けれど、コードウェル公爵のことは気になるわ……)
ダミアンが作業する部屋に居て、サブリナはお茶会正餐会などの招待にお礼状などを書いていた。
熱心に古い本を読んで紙に書き付けている横顔を見て、やはりルーファスのことが思い出された。
(二人は横顔が特に、似ている気がするわ……)
ダミアン本人は血縁ではないと言って居たし、大魔法使いルーファスはいつから生きて居るかわからないほどの年齢不詳なので、彼らが兄弟である訳がない。
けれど、どうしてもルーファスのことが思い出されてしまうことは止められなかった。
◇◆◇
「ああ……満月なのね」
晩餐終わりのサブリナはなんとなく庭園に出て、雲のない夜空を見上げていた。
黒い空にくっきりと輝く月は美しくて、見上げているだけで涙がこぼれそうになってしまった。
(私の希望通り……アシエード王国は救われるのに、それなのに、どうして)
ルーファスに救って欲しいと願った事は、後悔はしていない。けれど、勘違いをしていると知りながら、彼を利用したことを悔いていた。
「……サブリナさん? 何をしているんですか?」
振り返ればダミアンが居て、サブリナは思いがこみ上げて、泣いてしまった。
「……ごめんなさいっ……私っ……泣くつもりなんてっ……」
「いえ。どうかしたんですか? 城で何かありましたか?」
近づき腕に触れたダミアンは、その時、妙に大人びた表情をした。何故かルーファスを思い出してしまい、サブリナはますます涙が出て来てしまった。
「ルーファスは、どこに行ってしまったの? あんなことを言ってしまって、後悔しているの……」
「……サブリナさん?」
ダミアンはサブリナの言葉を聞いて、戸惑っているようだ。
(どうしてだろう……私はあの人の恋人でもないし、ただそう呼ばれただけ。自分も含め国を救って欲しいと思っていただけで、好意なんて何もなかったはずなのに)
ルーファスがここに居た頃、サブリナは彼の気が変わってしまったらどうしようと、常に怯えていたような気がする。
ここに彼は居ないし、もう何も気にする必要もない。サブリナが罪悪感に悩まされることもない。
「自分勝手だけど寂しいから、会いたいの。お願い……連絡を取って欲しい」
サブリナがより泣き出すと、ダミアンは困った表情になっていた。
「それは……出来ない」
「どうして……?」
「出来る訳がないよな?」
その時、背後から聞こえて来た野太い声に、サブリナは振り返り驚いた。
そこに居たのはまさか、こんな場所に居るはずのない人物だったからだ。
「コードウェル公爵……? どうして、ここに」
「お前さえ居なければ、すべては上手くいっていたというのに。本当に邪魔な女だ」
唖然としているサブリナに吐き捨てるように言ったコードウェル公爵の傍には、誰も居ない。身分ある公爵だというのに、たった一人で他人の邸の庭園に立っている。
客人が来ていると言うのに、多く居る使用人たちも、誰も何も知らせに来ない。
それは、あり得ないことだった。
(そうよ。不思議だった。以前は、私にすごく優しかったコードウェル公爵が、こんな風に接するなんて……だから、もしかして彼は……)
「貴方は、コードウェル公爵では……ないんですね?」
「その通りだが、別にお前の知るところではない」
コードウェル公爵はそう言うと、何気なく右手を振った。その時に起きた衝撃波は、サブリナの下ろしていた髪を舞い上げた。
「……え?」
ダミアンがサブリナの前に出て、手を翳していた。だから、彼がコードウェル公爵の放った攻撃を防いでくれたのだとは理解した。
「やはり、そうだろうと思ったよ。お前だったんだな」
コードウェル公爵は不敵に笑い、黙ったままで居たダミアンを睨め付けていた。




