21 姿を消した人
サブリナの言葉を聞いて、ルーファスは大きく反応するのかと思ったが、彼は片眉を上げただけで黙ったままでその場に立っていた。
「本当は……私は、父から命令され、ルーファスの恋人の振りをしていただけなの。いいえ。自分の意志でしたわ。アシエード王国を守るためなら……貴方を騙してしまうことは仕方のないことだと、自分に言い聞かせて……この国の事は貴方には何も関係ないことだと言うのに、本当にごめんなさい」
これは、サブリナがずっと、ルーファスに言いたかったことだ。
これまでには国のためだと言い聞かせ騙そうとはしたものの、良心の呵責に耐えることが出来なかった。
(ああ……すべて言ってしまった。もう戻れない)
言ってはいけない事だと思えば、より言いたくなっていた。ルーファスの悲しい過去を知れば、よりその想いは強くなった。
こんなにも優しい人を騙して素知らぬ顔をして嘘を付いているなんて、耐えられないと考えていた。
「……サブリナ」
ルーファスは彼女の名前を呼んだだけで、怒った表情になることもなく、責める言葉も何も言わなかった。
(どうして、何も言わないの……? 私はルーファスを利用しようとしていた。最初無関係だと言っていたルーファスを勘違いだと知りながらも、恋人と呼ぶ彼を自分が住む国を守るために自分勝手に使おうとしたのに)
静かにサブリナを見つめるルーファスには、いっそ激しく責め立てられれば楽だったのかもしれない。
誰かを騙したのならその後には相応の報いが待って居るはずだと、サブリナは思っていたからだ。
けれど、ルーファスは何も言わない。何も言う気もないのか、それとも何か彼なりの考えがあるのか、それすらもわからない。
沈黙の意味がわからない事に耐えかねて、サブリナは続けて言った。
「これは、アシエード王国を守るためにしてしまったことなの。ルーファスを好きだと言ったことも、全て嘘だったの。私はあの時、舞踏会で貴方が助けてくれた時から、ずっとずっとルーファスを騙していたのっ……!」
ルーファスは何も悪くない。悪いのは自分で、彼には責任がない。その事だけは確かだった。
ただ、アシエード王国とサブリナに利用されていただけだ。
だからこそ、ずっと罪悪感に苛まれていた。ルーファスがサブリナを大事にしてくれればくれるほどに、本当のことが言いたくて堪らなかった。
(私は貴方に、大事にされるべき存在ではない。勘違いしていると気が付いているのに、それを利用してルーファスを利用しようとしていた)
「……別に泣かなくて良い。サブリナ。僕は何も気にしていない」
その時、サブリナは自分が感極まって泣いてしまっていることに気が付いた。ぽろぽろと流れ落ちる涙を、手で拭っても止まらない。
「ごめんなさいっ……これは」
騙されていたのはルーファスで、騙していたのはサブリナだ。
ここで彼が涙するなら理解もされようが、騙す側のサブリナが泣くことは誰が見たとしてもおかしかった。
「サブリナ。僕は気にしていないし、これは気にしなくても良い。だから……」
まるで、興奮している彼女を宥めているような言葉を、遮るようにサブリナは言った。
「ルーファス! これは、勝手なお願いだとわかっています。けれど、アシエード王国を守って欲しいのです。そのためなら、私はなんでもします……なんでも!」
サブリナはそう叫んではあはあと荒い息をつき、胸の前で両手をぎゅっと握った。
(私の言いたいことをすべて言った……けど、ルーファスは……どうして怒らないの? 私が悪いのに……何もかも……すべて。騙してしまったことも)
サブリナがじっと見つめれば、ルーファスは困っているような表情を浮かべていた。
「……これだけは言っておきたいが、サブリナが僕を騙そうとしていた事はわかっていた……そんな君の頑張りに報いるために、僕の代わりをよこすことにするよ。アシエード王国は救われる。だから、君がそんな風に罪悪感に苛まれることはない」
「……え?」
黒いローブを纏うルーファスの身体は、ふわりと宙に浮いて、そして、呆気なく消えてしまった。
ルーファスが代わりを寄越すと言うならば、きっとそうしてくれるのだろう。
彼がこれまでにした約束は違えることはなかったし、短い間ではあるが近くに居たサブリナは、きっと約束を守ってくれるだろうと確信していた。
(あんなにも呆気なく、行ってしまうなんて……)
国を救って貰おうとこれまで嘘をついていたと告白したサブリナに、そうする権利があるはずのルーファスは、決して彼女を責めることはなかった。
(これまでに共に過ごした時間で、もしかしたら、何もかも許して貰えるかもしれない……なんて、なんて恥ずかしい自惚れをしてしまったのかしら)
彼自身でなくても、代わりを寄越してくれると行ってくれた。ルーファスは約束を守ってくれるだろう。アシエード王国は彼も騙すことなく救われる。
すべて、サブリナの希望通りになったはずだった。
アシエード王国を滅亡から助けて貰わなければならないが、ルーファスが行ってしまうなんて思いもしなかった自分が身勝手でどうしようもない。
そうわかってはいても涙を流しながら、大魔法使いが消えてしまった後の空を見上げていた。




