20 犠牲
サブリナの求めに応じ現れたルーファスは冷静に男たちを見て、彼らを一人一人確実に仕留めていくことにしたようだ。
近くに居る者から順に、地面から出て来た蔓のような植物が身体を締め上げられ、悲鳴をあげて囚われて行く。慌てて走って行く者も、足に緑の蔓が巻き付き転んでいた。
(良かった……助かったわ。ルーファスが来てくれて、本当に良かった)
サブリナは彼の背後に隠れながら、胸の前で両手をぎゅっと握りしめた。
見るからに裏稼業の男たちはサブリナを殺すという明確な目的を伝えていたし、状況や数を考えれば、彼女がここで簡単に殺されてしまっても何もおかしなことではなかった。
「……サブリナ!」
ほっと安心して油断していたサブリナは、ルーファスの大きな声が聞こえて驚いた。そして、彼の左腕に短い矢が刺さった。
「ざまあみろ! 刃には強い毒が塗られている。お前は今から、死ぬんだよ! ……フガフガっ……ガッ」
一番近くに居た頭目の男の口には、縛っていた植物が入り込み、舌を縛り上げられたのか、途中から何も言えなくなっていた。
目的としていたサブリナが意図せず逃げてしまったことを考え、何重にも罠を掛けるつもりでいたのか、近くには弓使いも潜んでいたらしい。
「ああ……あそこか」
ルーファスが視線を向けた木の上から人がドサリと落ちた。そして、近くでも同じように音がしたので、全員を同じように緑の蔓で縛っているのだろう。
近くに居るあらかたの男たちは、地に伏していたり、縛られていたり、拘束されていた。
(嘘でしょう……矢は毒は、大丈夫なのかしら……)
「ルーファス! 矢傷は大丈夫なのですか?」
サブリナがルーファスの左腕に刺さった矢を、近くで見て顔を青くした。
「大丈夫。僕は魔法使いだ。毒程度、なんでもない」
ルーファスはこともなげにそう言い放つと、矢を引き抜き、羽織っていた黒いローブを脱いだ。その下に隠されていた筋肉質の身体が現れて、サブリナは顔を赤くした。
「だっ……大丈夫ですか?」
今はそのようなことを気にしている場合でもないと思い直し、サブリナは彼の左腕を見た。深く突き刺さっていたのか、だらだらと血が流れて、見間違いではなければ、皮膚が青く染まっていた。
「ああ……強い毒というのは、間違いないようだ」
ルーファスは嫌そうな表情を見せ、怪我の上に手をかざし、そうすると血が驚くほどの勢いで噴き出した。
「っ……ルーファス!」
「大丈夫。手早く血を抜いているだけ。毒傷を負った人の血を抜く方法を知らない……? こうすれば、どんな強い毒でも、侵されることはない」
十分に毒を出したと思ったのか、ルーファスは手を翳すのを止めた。サブリナは慌てて持っていたハンカチを取り出し、その傷に巻き付けた。
「ありがとう。汚してしまって、すまない」
その時にサブリナが見たものは、ルーファスの微笑みと、地面に落ちた血の量だ。
(こんなに……こんなに、たくさんの血が……ああ)
毒矢が刺さり身体に強い毒が入り込み、それを除去するために、多量の血を抜き出したという理屈は理解出来る。
けれど、ルーファスは本来、サブリナの願いなど聞かなくて良いのだ。
ルーファスは誰かと勘違いしていて、サブリナはそれを利用している。恋人と呼ぶ彼に間違いを訂正しない。
(国を救って欲しいから……ああ。たくさんの命が掛かっているからと、私はルーファスを利用している。何かを勘違いしていると言うのなら、私はそれを正すべきなのに……)
ルーファスは悲しい過去を持っている。もしかしたら、それを癒やしてくれた、素敵な女性と間違えているのかもしれない。
「サブリナ……心配することはない。すぐに治る。そんな悲しい顔をしないで」
その言葉の通り、矢傷はすぐに塞がった。綺麗な肉が浮き出て、滑らかな肌が覆う。
「けど……血がこんなに……」
(けどっ……けれど、流れた血は、私を救うために流したものだわ……私が、お願いしたから)
地面に流れている血は、まぎれもなくサブリナのために流されたものだ。
ルーファスはサブリナのために、長い時間を掛けてアシエード王国を救う。彼女のためなら身を挺して守ってくれる。
すべては、サブリナと誰かを間違えてしまったせいで。
「ルーファス……あの、ルーファス」
「何? サブリナ。何か話があるなら、一度、邸に帰ってから聞こう。彼らに色々と頼むこともあるあから」
ルーファスにそう止められて、サブリナは一旦引き下がった。彼はラディアント伯爵家で雇われている御者と護衛騎士二人を解放し、これからどうするべきかを指示しているようだ。
(もう駄目。黙っていられないわ。私の……私たちの勝手で、ルーファスをこのまま利用してしまうなんて……無理よ)
一度芽生えてしまった罪悪感は抑えきれずに、サブリナは何度か息を整えた。
それに、ここまでに築いたルーファスとの関係も悪いものではなかった。だから、きっと話せばわかってくれると考えたのだ。
「ルーファス」
「……サブリナ。帰ろう。ここに居る男たちは、僕が騎士を一人王都に飛ばしたから、彼が騎士団を連れて戻ってくるはずだ」
サブリナが思い悩んでくれている間に、ルーファスはこの場をどうすべきかという算段を整えてくれていたらしい。
「ルーファス。私は貴方とこれまでに、一度も会ったことのない……他人なんです。きっと、誰かと私を勘違いされています」




