19 助けを求める声
「……貴方たちは一体、誰なの?」
「名乗りたいのは、やまやまですがね。俺たちも仕事上での、信用問題が掛かっておりますので」
それを聞いた周囲の男たちもどっと笑ったので、サブリナは下品な笑い声を耳にして眉を寄せて不快感を露わにした。
(殺し屋なのかしら……裏稼業の人たちに、私を捕らえるようにと、依頼した人が居るということ? けれど、私が亡くなって喜ぶ人なんて……)
サブリナは高い身分を持つラディアント伯爵家の令嬢ではあるが、まだ社交デビューしたばかりで、これまで二年のほとんどを母の看病のため、領地の邸館で過ごした。
だと言うのに、誰かに憎まれ、ましてや殺されてしまうような濃い人間関係なども思い浮かばない。
父フレデリックの政敵なのかと思えば、彼の娘サブリナが亡くなればアシエード王国の滅亡は避けられない。名のある重臣であればそれを知っているはずだし、ルーファスが魔界の扉の封印を終わらせてもいない段階であればそれは考えづらい。
サブリナの願いで救おうとしてくれているならば、サブリナが居なくなればどうなってしまうのだろうか。
(ルーファスは私のことを恋人だと思い、だからこそ、願いを聞いてくれる気になった。だとすると、私が居なくなれば、彼はすぐに帰ってしまうはずよ。あの時だって、自分には無関係だとそう言っていたもの……いいえ。もしかして、これは……)
サブリナはその時、閃くようにある事に気が付いた。
王家の森の中に隠されるようにして存在していた、魔界の門を、ルーファスと同程度の魔力を持つ大魔法使いが封印を解いた可能性がある。
昨夜、小妖精パックからもたらされた情報によればそうなのだ。
(私をここで殺せば、今、ルーファスが居なくなる。彼はもうこの事から手を引くだろうと……だから? だから、私を殺そうとしているということなのかしら?)
そもそも、魔界の門の封印を解こうとしていた人物が居た。だからこそ、アシエード王国の滅亡の危機が訪れている。
その人物ならば、ここでサブリナを殺そうとしても、何の不思議でもないではないか。
むしろ、サブリナ一人が居なくなってしまえば、大魔法使いルーファスはここを去る。アシエード王国の滅亡は確定してしまう。
(私は……なんという、馬鹿な事をしてしまったの。パックはあの時に、教えてくれたのに。誰か、魔界の門を開こうとした人物が居るって……もっと早くにそれに気が付いて、慎重に動くべきだったのよ。今更、この事に気が付いたって、もう遅いんだわ)
サブリナの周囲は男たちが取り囲み、彼らは一様に口元ににやにやとした嫌な笑いを浮かべていた。
これからの事を存分に楽しむつもりなのだろう。
「……私が死ねば、アシエード王国は滅亡するわよ」
気丈にサブリナが言い放てば、先頭に立つ頭目らしき男が大きな声で言い返した。
「はー? 何を言ってんだか! 自分の命の価値を重く見積もり過ぎなのではないでしょうかね? ……お気の毒だが、お嬢様にはここで死んでもらう。それだけで、俺らは大金が手に入るんでね」
死にたくないサブリナが最後の悪あがきで大きな嘘をついていると思ったのか、ゲラゲラと声を合わせて彼らはあざ笑っていた。
それは、まぎれもない事実ではあるのだが、何を言っても保身にしか聞こえず信じて貰えないだろう。
(どうしよう。どうしよう。ここで私が死んでしまえば、アシエード王国は滅亡するのよ。多くの人が亡くなり苦しむことになる。諦められない……いいえ。死にたくない。自分のためにも。絶対に死にたくないわ)
亡き母ニコレッタがサブリナの結婚式のドレスを見られないと、嘆いていたことを思い出した。もう見せることは叶わないが、結婚式のドレスに身を包むまでは叶えたい。
(ああ。罪深い私をお許しください……こんな時にまで、また彼を利用するなんて)
サブリナはひとつだけ、この窮地を抜ける方法を思いついた。
けれど、心の中には大きな葛藤があった。本当の恋人でもないのに願いを聞き入れてくれる彼を、またここで利用することになる。
「……ルーファス。ルーファス! 助けて! 助けて!」
サブリナは声の限りに彼の名前を叫んだ。
だが、森のどこからかのどかな鳥の鳴き声が聞こえるばかりで、黒衣の大魔法使いの姿は現れない。
(ああ……そんな)
必死な叫び空しく、助けは現れない。追い詰めた獲物の決死のあがきに男たちは笑い、サブリナへと範囲を狭めて近付いて来た。
「ルーファス!! 助けて!!」
目をぎゅっと瞑って声を限りに叫んだサブリナは、周囲に居る男たちが自分を捕らえようとしなかったので、不思議に思い目を開けた。
その時、まるで見える景色が揺らめいたように見え、そこには黒い影が重なった。
(……え)
周囲の男たちも口々に『何だあれは』と驚き、後退っていた。だとすると、これはサブリナだけが見えている訳ではないのだ。
「……これはこれは……驚いたな。頭の悪い命知らずも居たものだ。僕の恋人に手を出すとは」
「ルーファス」
死を覚悟していたサブリナの前に現れた人物、それは、大魔法使いルーファス。この彼のことを何度も呼んだはずなのに、それなのに、サブリナの心の中は複雑だった。
(こんなにも優しく頼りになる人なのに、本来その優しさを受けるべきは私ではない……私ではない誰かのことを、彼はこんなにも守ってくれているのよ)
嘘をつき本来あるべき誰かへの愛情を横取りしているようにも思えて、それはしてはいけない事だと真面目なサブリナは考えていた。
けれど、助けを求めたサブリナを救いに、ルーファスはこの場所へと現れた。
彼女が心から望んだ通りに。




