18 危険な罠
「ルーファス。おはようごさいます」
サブリナが朝食のために食堂に現れると、ルーファスはにこやかに微笑んだ。
「おはよう。サブリナ。昨夜は遅くまで起きていたようだね」
「っ……あ。知っていたのですか?」
どうやらパックと話していたことを知っている口振りに動揺したサブリナは、それでも優雅に彼の対面の席に腰掛けた。
「ここは今、僕の邸だからね。魔物や不審者が近寄らぬようにしているし、あれが君の所に行けたのは、呼ぶために用意もしていたから僕が許可した」
「……ありがとうございます」
昼に助けたパックを呼ぶため、ミルクとクッキーを用意していたことまでルーファスに知られていた。
(それもそうよね……彼は大魔法使いだし、遠い距離だって一瞬で移動してしまえるのよ。こんな事で驚くのもおかしな話だわ)
それも、世界に数人しか居ないという大魔法使いだ。
「あ……そうでした。ルーファス。実はあの子……小妖精パックから聞いた情報があるのです」
「小妖精から?」
カラトリーを持ち朝食を摂っていたルーファスは、不思議そうな表情をしていた。
「ええ。魔界の門の封印が解けた時、その時に、ルーファスではない大魔法使いが王家の森に居たそうです。もしかしたら、何か心当たりはありませんか……?」
魔界の門の完全な封印が最優先とは言え、誰かに一度破られたことがあるならば、二度目もあるかもしれない。
もし、原因究明が出来るのなら、早いうちが良いだろうと、サブリナはそう思ったのだ。
「大魔法使いが……? いや、悪いが心当たりはないな。僕たちは同じような名称で呼ばれているだけで、仲が良い訳でもなんでもない。名前は知っているが会った事がない人数の方が多い」
「ああ……そうなのですね」
(一度ラディアント伯爵邸へ戻り、大魔法使いの事を調べてみようかしら……それに、お父様にも、この事をお伝えした方が良いわ)
サブリナの父フレデリックに話すということは、国王陛下にも伝わるということだ。もしかしたら、サブリナの思いもよらぬ人物の情報を知っているということも考えられる。
「……ルーファス。私、一度ラディアント伯爵邸へ戻ります。宿泊する予定ではなかったので、ドレスも着替えたいですし……」
「ああ。構わないよ。いつ帰る?」
「晩餐までには戻りますわ。一度父に会いたいので、城にまで行くかもしれません」
「……気を付けて行っておいで」
ルーファスは先ほど自らも聞いた話を、サブリナは父親にもしに行くのだろうと、すぐに気が付いたのか微笑んで頷いた。
◇◆◇
王家の森から程近くにあるルーファスの邸から、王都に戻る道は既に通い慣れた道筋で窓を見ながらサブリナは物思いに耽っていた。
(魔界の門の封印が解かれた時に、パックが存在を感じたと言う大魔法使い……一体、誰なのかしら。それに、どうして魔界の門の封印を……?)
サブリナが道に倒れる白い兎に気が付いたのは、偶然だった。まだ幼い子兎のようで、近くに親らしい兎も居ない。
「っ……停めてちょうだい」
御者が気が付くように馬車の前方を叩いて、停めるようにと指示をした。
サブリナは馬車の扉を開いて、御者が足台を用意するのも待たず外へと飛び出した。
「お嬢様! いけません。お待ちください!」
慌てた御者が追い掛けて来る気配がしたが、サブリナは白い兎の傍に来てそっと背中をさすった。
(もしかして、もう死んで居るのかしら? いえ。温かいわ。眠っている……?)
肉食動物に捕食されるような、か弱い草食動物なのに、このような開けた場所に身を隠さず無防備に眠っている訳はない。
明らかにおかしい事態でサブリナが、おかしいと気が付いた時には、もう遅かった。
「女は本当に……可愛い動物が好きだなー?」
「本当そうっすよね。一日に何度かここを通るから、兎でも置いておいたら、絶対に引っかかると思いました」
サブリナが慌てて振り返れば、彼女のすぐ傍に居たはずの御者や、馬車の後部に居た護衛騎士二人が拘束されていた。
周囲を見渡せば、数人……いや、十数人の男たちがサブリナを取り巻いていた。
「おいおい。逃げるなよ。あいつらが、どうなっても良いのか?」
まだ捕らえられていないサブリナがここで逃げようとおかしな動きをすれば、彼らをすぐに殺しても良い。だから、その場から動かずにいろという脅しの意味だと思った。
(いつの間に……信じられない。いえ。彼らは一体、誰なの?)
会話の内容を聞けば、金銭が目当てで貴族令嬢ならば、別に誰でも良かったと言う訳でもなさそうだ。
サブリナは自分を狙った者に、首尾良く誘き出されたとは理解出来るものの、彼らの動機がわからない。
(一日に何度か通る……私は、確かにここを通るし、窓から良く景色を眺めていた。そこに兎が居るのなら、こうして降りて来てもおかしくない。お父様の政敵かしら? いえ。アシエード王国は、滅亡の危機にある。そんな場合ではないはずよ)
しかも、サブリナの願いを聞いて大魔法使いルーファスがこの国を救ってくれることになったのだ。
だと言うのに、そんな肝心な頼みの綱とも言える彼女を殺そうとするアシエード王国の貴族が居るとは、とても思えなかった。




