17 花火
サブリナの亡くなった母は、言っていた。
『妖精を呼ぶには、満月の夜に窓辺にミルクとクッキーを用意して置くと良いわよ』と。
蜘蛛の糸に捕らえられて空腹だと騒いでいたパックのことが気になったサブリナは、その日の夜、ルーファスの邸に留まる事にした。
彼女は毎日彼の邸へと来ているのだし、ルーファスは理由を聞きもせずに彼女の部屋を用意するようにと使用人へと指示しただけだ。
以前に宿泊した際に用意して貰った部屋に泊まることになり、サブリナは大きく開いた窓辺にミルクとクッキーを置いた。
(これで……来てくれるかしら)
折よく満月が浮かぶ夜空を見上げサブリナは半信半疑ながらも、きっと来てくれるだろうと思っていた。
あの小妖精がお腹を空かせているのは確実だろうし、サブリナと同じようにどこか話し足りない気持ちをパックも持っているだろうと思っていたからだ。
そして、サブリナは暗い中にきらきらと輝き瞬く、何かを目にした。
「……パック?」
光は何度か迷うようにして宙を彷徨い、やがて、サブリナの元にまで現れた。
「……君ってなんだか、貴族のくせに、とってもお人好しなんだね。お嬢様」
両手を腰に当てたパックを見て、サブリナは微笑んだ。
「私は困った人には手助けをするようにと、育てられたわ。可愛い妖精さん」
パックは窓辺に降り立って、遠慮なくクッキーに齧り付きながら言った。
「それって、貴族の義務のこと? 僕に言わせればくだらないね。持つ者が持たざる者に対し見返りも期待しない施しを与えるなんて、一方的で威圧的だと思わない?」
「あら……それでは、そのクッキーを返して貰おうかしら?」
持つ者が持たざる者に対する施しというのであれば、今のサブリナとパックの関係性にも言えることだ。
「それとこれとは、まったく別の話だよ。僕らは貴族と平民でもなく、上も下もない関係性だ。そうだろう?」
既に飲み込んでしまったクッキーは返せないと、パックはにやにやして首を横に振った。
「そうね……パック。無事で良かったわ。あの時、魔物が近づいていたのね」
「魔界の門が、とても不安定だね。王家の森はずーっと安全だろうと思っていたから驚いたよ。僕らもここを離れるべきかと思っていたんだけど……とてもとても強い存在が、どうにかしてくれるために、ここに来ているからね」
パックは小さな身体よりも大きなカップを持ち上げて、ミルクを喉を鳴らして飲んでいた。
「ああ。ルーファスの事ね。そうね。今、彼は一生懸命完璧な封印を施そうと、頑張ってくれているわ……」
「……大魔法使いと呼ばれる存在が誰かの命令を聞くなんて、なんだか珍しいよね。僕らもびっくりしたんだ。彼らは姿を隠して、世間とは関わらぬように生きているからさ」
「……そうね。本当に、ありがたいことだわ」
まさかここで自分がお願いしたからルーファスがアシエード王国を救う気になってくれたからとも言えずに、サブリナは曖昧に微笑んだ。
「封印が解かれた時も、大きな魔力を感じたけどね。あれとは違う……なんだか、違う感じだったけど」
「……え? どういうことかしら?」
サブリナはパックの話を聞いていて、驚きに目を見張った。パックはまたクッキーを頬張ると、ごくんと飲み込んで言った。
「魔界の門の封印が、解かれた時だよ! 王家の森の中に大きな魔力を感じた後に、封印が解かれたからさ……まあ、今この邸に住んでいる奴とは違う奴だよ」
「……ルーファスとは違う、大魔法使いが居たってことでしょう?」
(お父様もルーファスも、何故封印が解けたかは、わからないって言っていた。ルーファスとは違う、大魔法使い……その人が魔界の封印を解いてしまったということ?)
サブリナの質問にパックは頷き、ようやく満腹になったのか、お腹をさすって言った。
「そういう事だね。僕らはか弱い小妖精だから、そういう危険には敏感なんだ。すぐに違う大魔法使いが封印を掛けに来たから、それならば大丈夫だろうとここにとどまる事にした。まあ、完全に掛け直すまでに魔物が少し出没するだろうが、住み慣れた場所が一番だからね」
「……早く、封印が出来ると良いんだけど……」
サブリナはそう思った。パックたち王家の森に棲む生き物たちだって、安心して生活出来るだろうし、アシエード王国に住む国民だってそうだ。
すべて、ルーファスの手に掛かっている。
その時、明るい光が夜空を駆け上がり、美しい花火が咲いた。
「……ああ。そういえば、今日は国王陛下の誕生日だったわね」
「え。魔界の門が今にも開きそうな時なのに、暢気に誕生日祝いしてるの……? この国大丈夫?」
拡声魔法で昼頃にお知らせがあったと思い出したサブリナに、パックがなんとも言えない顔をして呟いた。
今頃は王城の大広間では、国王陛下の誕生の祝う夜会が行われているはずだ。
「とは言っても、一年に一度しかないものね。王様の誕生日を延期するという訳にもいかないわ」
本来ならばアシエード王国貴族の一員サブリナも参加するはずだったのだろうが、彼女の役目は今ここに居る事の方が大事なので、国王も許してくれるだろう。
「どうかしてるよ。こんな時なのに」
「そういう時だからこそ……かもしれないわ。どんなに窮地にあっても暗く考えても事態は好転しないもの……」
サブリナは窓に肘を突いて、呆れた表情の小妖精パックと、次々と打ち上がる花火を見ていた。
(滅亡の危機にあるからこそ、私たちはいつも通りの生活が大事なのかもしれない。怯えていても、何も変わらないもの……)
夜空に上がる花火を見ながら、サブリナはパックから聞いた封印が解けた時に何があったかを、明日ルーファスに聞いてみなければとぼんやり考えていた。




