16 門番
サブリナの事をじっと見つめるルーファスは、何かが起こるのを、まるで待っているかのようだ。
「……ルーファス?」
動けないままサブリナは何があるのだろうと不思議に思い、彼の名前を呼んだその時に、それは起こった。
いくつかの透明な大きな刃がサブリナの背後に飛んで、どさりどさりと何かが地面に落ちる重い音が響いた。
(え。何……? 木では……ないよね)
すぐ近くに居たはずの未知の存在を知り、ぞっとした恐怖を感じサブリナは動けずに居た。
「サブリナ。もう大丈夫だ。振り返らずにこちらへ」
ルーファスが自分の近くに来るよう促したので、サブリナはパッと走り出し、彼はぶつかるようにして当たった彼女の身体を抱き止めた。
サブリナはルーファスが倒したそれが、未だ何だったのかを見ていない。
けれど、自分が先ほど命の危険に遭って、彼がそれを救ってくれたのだということは良く理解していた。
(何? 怖い……おそらく、私のことを、殺そうとしていた)
「大丈夫だ。サブリナ。だが、森には近づいてはいけない。魔界の門の封印は、未だ不安定だから」
震えているサブリナの背中を安心させるように何度か優しく叩いて、ルーファスはそう言った。
「えっ……ええ」
「ここに魔力がある、何かが居ただろう。あいつらはそれを狙ってここまで来たようだ。魔界の門に開いたほんの少しの隙間を、無理矢理抜けて来たようだからね」
(魔力を持つ存在……もしかして、パックのこと? あの子は蜘蛛の巣に引っ掛かって、長い時間ここに居た。だから……)
ルーファスは生きているだけで、魔物から狙われるほどの魔力の持ち主だと言う。
妖精だって魔力の塊で出来ていると言えばそうなのだし、蜘蛛の糸に捕らえられていたパックが魔物に狙われ魔物がここに来たと説明されれば今の状況が腑に落ちた。
それに、サブリナはルーファスの言葉に聞き捨てならないものを感じて、彼にもう一つ質問をすることにした。
「あの、ルーファス。魔界の門は、既に開いているの……?」
サブリナは顔を上げて、ルーファスを見た。彼の目は落ち着いていて、何の動揺も見えなかった。
「……簡易的に封印を施しているが、完全な封印が出来ていない。近くは王軍が駐在して居て、魔物が出て来れば討伐しているはずだが、それを運良くすり抜けて来たのだろう」
ルーファスの言葉を受けて、サブリナはおそるおそる後ろを振り返った。そこには綺麗な断面を見せる石の欠片が無数に落ちていた。
「……石?」
石が落ちている。
先ほど聞こえた重い音も、ルーファスによって砕かれた石が地面に落ちていた音だったのだ。
「あれは、門番ガーゴイル。石で出来ている魔物の残骸だ。魔界の門、その程近くに住まう、魔界でも最弱に近い魔物で、だからこそ、今の魔界の門を抜けることが出来た」
「門番は……弱いからこそ、その隙間を抜けられると?」
「ああ。今は云うなれば、ほころびが出来ていて、小さな穴が無数に開いている網が門を覆っていると思ってくれれば良い。この前まで掛けられていた完璧な封印は、全く抜けのない物質で出来た球体で丸ごと門を包む。そうすれば、魔物は魔界の門を出て来られない」
「だから、ルーファスは……一時的な……簡易的な封印だと言ったのですね」
サブリナはこれまでに彼が言っていた言葉は、そんな意味だったのかと理解し頷いた。
「サブリナ。封印が解けて王家の森は危ない。だと言うのに、何故こんな場所に来た」
それは、怒りを感じ咎めるような口調ではあったものの、ルーファスがここに来てくれなければ、サブリナは魔物に襲われていたかもしれない。
だから、サブリナは彼の言う通りに、自分こそが悪いことをしたと反省していた。
(アシエード王国は今、滅亡の危機にいる。だと言うのに、私ったら救ってくれるルーファスに心配を掛けてしまって……叱られてしまうのも、当然だわ)
年端もゆかぬ我慢することも出来ない子どものような事をしてしまったのだ。彼が怒ってしまうのも無理なかった。
「……ごめんなさい。ルーファス」
素直に謝罪をしたサブリナに、ルーファスも彼女には悪気はなかったと思い直したのかもしれない。
「……君を責めるようなことを言ってしまって、僕が悪かった。もしかしたら、あの時に何があったらと思い、動揺してしまった」
悔いるように呟いて、彼女の身体をぎゅっと抱きしめた。
「いいえ。ルーファスが言う通り、私が悪いんです……助けてくれて、ありがとうございます」
今ここに大魔法使いルーファスが居るという大前提の理由を忘れ、浮かれていた自分に原因がある。
そう言って彼の顔を見上げたサブリナに、ルーファスは大きくため息をついた。
「とにかく、邸の中へと戻ろう。この中は強固に結界が張ってある。君を怖がらせるかもしれないと思って、言わなかった僕が間違いだった」
「あ。はい……」
サブリナは彼の言葉に頷いて、歩き出そうとして慌てるあまりに、日傘を置いて来たことに気がついた。
「……後で、あれは片付けをするよ。とにかく、邸へ」
サブリナが背後の何かを気にしたと思ったのか、ルーファスはそう言った。彼がもう一度ここに戻るのであれば、落ちている日傘は持って帰ってくれるだろう。
(そういえば、パックはどうしたのかしら……お腹すいたと言っていたし、無事だと良いけれど……)
ルーファスがガーゴイルを倒し直接的な脅威はないはずだが、何時間も蜘蛛の巣に捕えられたと言っていたので、サブリナは空腹な彼が近くで倒れていたりしないかと心配になった。




