15 囚われの妖精
サブリナは謎だらけな大魔法使いルーファスの過去について、不思議に思うことも多く、知りたいと思っていた。けれど、彼があんなにも壮絶な過去を背負っているとは知らなかった。
(ルーファスは人を避けて暮らしていたから、急にアシエード王国に喚び出されて不機嫌だったということ……?)
初対面の時のルーファスは、確かに不機嫌な様子を見せていた。
あのような辛い過去があって、人を避けて暮らしているというのに自分の意志も確認されずに召喚されてしまえば、ひどい態度になってしまっても無理はないだろう。
ルーファスは聖人でもなんでもないのだから。
ルーファスはサブリナとお茶を飲んだ後、分厚い本から得た情報で魔界の門に刻まれた紋様の解析へと戻った。
そんな彼の邪魔をしたくなかったサブリナは、少し暗くなってしまった気分を変えようと考え、ルーファスの邸の近くを歩いてみることにした。
白い肌が美しさの基準とされる貴族令嬢は、決して肌を灼いてはならないため、サブリナは華やかな日傘を差して散歩道を歩いていた。
ルーファスが住むこの邸は、とある貴族が別邸に使おうと用意していたので、サブリナの父フレデリックがまだ使用する前のものを家具ごと全て買い取った。
売主は王都での邸以外にも、王都近くに別邸を構えることの出来る資金のある大貴族だったため、邸は豪華な調度で彩られ森に近い自然を生かした庭園も美しく整備されていた。
今の主人ルーファスは本とにらみ合いになり、ほとんどここを見ることはないだろうに、有能な庭師により過不足なく季節の花々が咲き誇り、いつ彼が訪れても良いように手入れされている。
サブリナは日傘を片手に木へと近づき、何気なく木陰に座ろうかとした、その時だ。
「あ! 助けて……助けてよ!!」
幼い男の子特有の高い声が聞こえて、サブリナは驚いて周囲を見回した。おそらくこの前に行方不明になった男の子、フレディと同じ歳の頃合いだろうか。
あのフレディも薬草取りに行って足を滑らせて、川に落ち込み、川から上がる足場を探そうと川上に上がって、ぬかるみに足を取られて動けなくなり行方不明になってしまった。
だから、そういう男の子がどこか近くに居るのではないかと、サブリナはそう思ったのだ。
「ここだよ!! こっち!! 上!! うーえ!!」
助けを求めるような声を聞いたサブリナは、まさかと思いながら頭上を見上げ、そして唖然とした。
「……まあ」
そこには小妖精が広範囲に渡って張られた立派な蜘蛛の巣に引っかかり、身動きが取れずに助けを求めていた。
もがけばもがくほどに蜘蛛の糸が絡まってしまうのか、彼の小さな身体は白い糸に巻かれて、まるで全身を縛られているかのようになってしまっていた。
「もうっ……早く! 助けてよ! おっとり見上げてないでさ!」
まさかそんな場所に小妖精が居るとは思って居ずに、驚きのあまり動きが固まってしまっていたサブリナは、手に持っていた日傘を慌てて閉じて、大きな蜘蛛の巣を突いた。
「そうそう。そこから……ここを、外してくれる?」
小妖精の誘導に従い、少しずつ木の枝に引っかかる蜘蛛の糸を外すと、ぷらんとぶら下がって未だ糸に絡まる小妖精の身体がサブリナの目の前に来た。
「こっ……こんにちは」
ここでじっと見つめ合い、何と言うべきか困ったサブリナは、とにかく挨拶をした。
「あのね……見てわからない? 僕は命の危機で、悠長に挨拶している場合でもないって、見てわかるでしょ!」
小さな男の子の姿をした小妖精はそう言ってむくれ、サブリナは彼の小さな身体を両手で包んで座り込むと、丁寧に蜘蛛の糸を解いていった。
そして、手足が自由になり背中に生えた四枚羽で、小妖精はくるくると円を描いて飛んだ。
「やったー! ……はーっ! もう本当に、死ぬかと思ったよ! 蜘蛛に食べられて死ぬのは嫌だったんだー! 怖かった! 庭師のおっさんは、怖そうだしさ……どこかに行っている蜘蛛も、そろそろ帰って来るかもしれないと思っていたから、お姉さんは命の恩人だよ! 名前は?」
「サブリナよ。サブリナ・ラディアント」
べらべらとまくし立てる彼の勢いに負けるように、サブリナは自己紹介をして、小妖精は満足げに頷いた。
「サブリナ。僕は小妖精のパックだ。命の危険を助けてもらって何なんだけど、お腹がとっても空いてるんだよね。何かお菓子持ってる?」
平気な顔をして図々しい要望をしたパックに、サブリナは思わず吹き出して笑った。
「ふふふっ。そうね。お腹が空いたわよね」
笑顔で口を隠したサブリナに、パックは苛々とした様子で手足を動かした。
「もー!! 何だよ。なんだか、失礼だなあ。僕は朝露を浴びようと出て来た早朝から、ずーっと!! これまで、蜘蛛の巣に捕えられていたんだよ! お腹が空いたんだよ!」
「ふふふ……私は今は何も持っていないのだけど、ここで待っていてくれる? すぐに何かを持って来るわ。何を食べるのかしら?」
サブリナが邸に戻り何か食べ物を持ってこようと提案すれば、パックは嬉しそうに頷いた。
「そうだねぇ……ミルクにクッキーで良いよ!」
「ええ。わかったわ」
(絞りたてのミルクに焼きたてのクッキー……お母様が言っていた通りだわ)
母から聞いたことのある妖精の逸話通りの要求にサブリナが微笑んで頷いた時に、パックは顔色を変えて叫んだ。
「わ! ……怖い奴が来た!!」
「え?」
サブリナが自分の背後を振り返れば、そこには黒衣のルーファスが居た。
(え。ルーファスだわ。怖い奴って、どういうことなの?)
羽根を羽ばたかせたパックは光の粉を振り撒き飛行して居なくなり、その場にはルーファスとサブリナが残された。
「……サブリナ。そこを、動いてはいけない」
「ルーファス?」
ルーファスが持つ、神秘的な紫色の瞳。真剣な眼差しに縫い止められるようにして、サブリナは動けずに身体を固くした。




