14 狙われる理由
「膨大な魔力を持つ者の体を喰えば、魔物たちは力を増す。つまりは、そういうことらしい」
「魔物たちは……その、ルーファスを狙って、攻撃を仕掛けて来ていたと?」
紫の瞳には悲しみも何の感情も見られない。いや、彼はこの出来事による感情を殺すようにして来たのかもしれない。
いつの頃からか、気が遠くなってしまうほどの、大昔から。
「だから、まあ、僕が産まれて……しまったことによって、故郷は滅んでしまった……ああ、気にしないでくれ。もう……何年も、年数も数えられないくらいに、遠い昔のことだ」
「ルーファス……その」
慰めの言葉を口にしようとしたサブリナは、何も言えなくなった。いくら考えても、ここで相応しい言葉が見つからない。
ルーファスはそれを当然のような顔をして、受け止めていた。彼はこれまでに何度も同じように、誰かにこの話を話したことがあるのかもしれない。
「あの時の事を、何度も何度も思い返したよ。僕はどうしたら良かったのかとね……けれど、僕が自分が魔物の好物だと知る前に、故郷は滅びてしまう」
遠い過去を思い返すようにして、ルーファスは白い波面の広がる青い海を見ていた。
「……いくら考えても、無理なんだ。すくい上げようとしても、この手をこぼれ落ちる砂のようだ。終わってしまった過去、決まってしまった運命は、変えられない……」
ルーファスは足元にある白い砂を手で掬って、そして、落とした。ゆるく吹く風に砂の粒は呆気なく散っていく。
ルーファスは公国の公子であったならば、国を守り国民を導くようにと教育され育てられたはずだ。だと言うのに、彼は自分のせいで滅んでしまったと知ってしまった。
「けれど……それは、ルーファスの責任ではないですわ」
あまりに重い過去を持つ彼に、サブリナもそれだけは、言い切れた。
彼は膨大な魔力をその身に持つ人として生まれたが、それはルーファス自身が望んだことでもなんでもない。
決められた運命と言えば、そうなのかもしれない。
魔物の襲撃が多いからと、もしかしたら自分のせいかもしれないと、最初から思い至れる人物は世界広しと言ってもそう多くはないだろう。
(生まれつき魔力が強いというだけで、魔物に狙われてしまうなんて……故郷が自分のせいで滅んだと知るなんて、ルーファスはこれまでにどれだけ辛かったことか)
「僕が魔法を覚えるまでに育ったのが、奇跡的だったんだ。あの公国は名高い海軍に守られていた。だから、僕だけは生き残れたんだ……そして、魔法を習い魔力を隠せるようになっても、人を見れば色々と思い出してしまってね。出来るだけ、人里から離れて暮らしていた」
「これまで、ルーファスは人から離れて暮らしていたの?」
そういえば、これまでルーファスがどうしていたかは、聞くこともないし知ることはなかった。ただ、魔女に召喚されて、アシエード王国へとやって来たということを知っているだけだ。
「ああ。長い時を生きていると、わかった。たまに居るんだ。僕のように魔力が強過ぎる人間は。しかし、育つ前までに魔物に喰われて居なくなってしまうのが殆どだ」
「……魔力が強いと、育つ前に……」
それを聞いて、サブリナは背中にぞっとするものが通り抜けた。ルーファスはいわば王子のように守られる立場であったから、生き残れた。
けれど、通常平民にはそのような加護を持つ者はない。
「赤ん坊は自分の魔力を隠すことすら、何も知らない」
魔力を持って生まれるということは、先んじてそれを知ることは出来ない。
他人事のようにルーファスは言ったが、彼は生まれる先を間違えば、生まれ落ちたその瞬間から狙われてしまっていたのかもしれない。
奇跡的に自分は生き残ることが出来たものの、ルーファスの心には大きな傷が残っているのだろう。
「ごめんなさい……私は、ルーファスのように便利な魔法が使えるなんて、羨ましいとしか思って居ませんでした。恥ずかしいわ……」
ルーファスの壮絶で悲しい過去を知れは、そんな思いがどれだけ浅はかさだったかを知ってサブリナは恥ずかしくなった。
「魔力を持つ人間は、魔物を呼び寄せてしまう。僕もいつか……魔力を失えば、魔物に喰われることになるだろう」
海の方を振り返り、ルーファスはそう言った。もう何もかも、たとえそうであったとしても、受け入れるしかないと言いたげに。
「そんな……」
サブリナは自分の最後を悟っているルーファスに、絶句してしまった。
「ああ……いや、これからはサブリナが、傍に居てくれるね。僕が死んだらどうか、身体は燃やしてくれ。自分が憎らしいあの魔物の力の元になるなど、絶対に嫌だ」
湿っぽくなってしまった空気を変えるように、ルーファスは微笑んで言った。
(それは……それは、彼のお願いだから、聞いてあげたいけれど……けれど)
サブリナの願いだからと聞いてくれた彼ならば、お返しするように聞いてあげるべきだと思う。
「私は絶対にしません。それが嫌ならば、生きてください」
はっきりと願いを断ったサブリナにルーファスは、微笑んで頷いた。
「そう言われてしまうと、仕方ない……わかったよ」
それから二人は黙ったままで、繰り返す波の音を聞いていた。
(ルーファスはやはり、元々身分ある男性だった。だから、上手く踊ることも出来るし貴族の礼儀作法もわかっているのね。けれど、あんなに悲しい過去を持っているなんて……)
自分のせいで故郷の国が滅んでしまうなど、どれほどの心の傷を負ったのか、サブリナには想像することも出来ない。




