12 あの時の理由
「それが、何故なのかは、今でも良くわかっていない。あの日、魔女アデライザが魔界の門の封印が解けたと慌ててやって来て、国王陛下へとこのままではすぐに開いてしまいそうだと半狂乱になりながら、知らせてな。私たちも国王陛下を交えての会議中だったので、その大騒ぎになった現場に居合わせたんだ」
「まあ……そういうことだったのですね」
ルーファスがアシエード王国へと召喚され、父とゆっくり話が出来たのは、あの日の馬車の時間とこの日だけだ。
「そして、魔女アデライザから水晶玉で魔界の門が開きそうになっていた光景を見せられて、これはまぎれもなく真実なのだと、我々もその時に思い知ったのだ。そして、魔女アデライザに何か方法がないかと詰め寄れば、自分には封印を施すことは出来ないが、大魔法使いと呼ばれる存在であれば、あるいはと……」
「それで、ルーファスが召喚されることとなったのですね」
大魔法使いと呼ばれる人物は、世界でも数人居る。
ルーファスはその筆頭だ。大陸にもその名が知れ渡るほどに魔力も強く、そして、姿を見た者もあまり居なかった。
「ああ……魔女アデライザはルーファス様とは、一度面識があったそうだ。だから、助力を願えるかもしれないと召喚したんだが、まあ……結果は、あの通りだ」
召喚され不機嫌になったルーファスは、その犯人である魔女アデライザを追い掛けて、夜会が催されていた大広間にまで逃げてきた。
そして、サブリナを見掛けて彼女に『遅くなってごめん』と、声を掛けて来たのだ。
「サブリナ。念のために確認しておくが……本当にあの夜まで、ルーファス様とは一度も面識ないのだな?」
「ええ。もちろんですわ。お父様。私はルーファスとは一度も会ったことはありませんし、彼が私を『恋人』と呼ぶ理由も、未だにわかっていないのです……」
困った表情でそう言ったサブリナに、父は複雑な顔をして頷いた。
「そうだろうな。これまでにお前が、彼のような大魔法使いに会うような機会もない。だから、確認したかっただけだ……ルーファス様の様子は、このように逐一報告してくれ。何か変わったことがあれば、すぐにだ。良いな? ベネディクトについては、私も良くわからないが、次に会った機会に釘を刺しておくようにしよう。不安要素は出来るだけ、取り除いておきたい」
「わかりましたわ。お父様」
サブリナが何度か頷いたのを確認し、フレデリックは食事を再開した。
(あの時の出来事は、そういう事だったのね……ルーファスは魔女アデライザに召喚されて、それを追い掛けていた。彼女は人に紛れようと必死で、夜会会場に来たのね)
慌てふためいて逃げていたから、ぶつかっても謝罪せずに行ってしまったのだ。自分よりも圧倒的格上の存在を怒らせてしまっていたので、必死だったのだろう。
「あの……お父様」
「なんだ?」
「魔女アデライザは、どうしているのですか……?」
「ああ。ルーファス様が居なくなるまで、このアシエード王国には決して近付かぬと、すぐに手紙を送って寄越したきたらしい。命の危険を感じるほどに、彼と自分は力の差がありすぎるのだと」
「まあ……」
サブリナは逃げていた彼女の行方が気になって聞いてみたのだが、結果を聞いて言葉をなくしてしまった。
そして、アシエード王国に雇われていた魔女アデライザをそうさせてしまうほどに、大魔法使いルーファスは恐ろしい存在なのだと実感した。
◇◆◇
サブリナがいつものようにルーファスの邸へと訪れれば、陽の当たる椅子に腰掛けた彼は分厚い書物を開き、紙に何かを書き付けているようだ。
床に散らばった数枚の紙には、複雑な紋様や乱れた文字で書き付けがある。
ルーファスは魔界の門の封印のため石門に刻まれた封じ方を習い、やり方を辿った方が良いと言っていたので、古代に封印したという魔法の解析をしているのかもしれない。
(ここは、邪魔をしてはいけないわよね……)
サブリナは声を掛けずに、その場を立ち去ろうと思った。
「サブリナ?」
振り向けば今し方気が付いたようにルーファスが顔を上げていたので、サブリナは苦笑して言った。
「ルーファス。ごめんなさい。お仕事の邪魔をしてしまったわね……」
「いや、良いんだ。そろそろ休憩しようかと思っていたところだよ……掛けてくれ。良かったら、お茶を一緒に飲んでくれないか」
ルーファスはそう言いつつ、壁際に控えていた使用人に目配せをした。その場を去った彼が、すぐに二人分の熱いお茶を持って戻ってくるだろう。
「あ……はい」
サブリナは広げていた紙を片付けるルーファスが居た机の向かいに座り、紙にある細かな書き付けを見て思わずため息をついた。
「すごいですわね……私には、全く理解出来ません」
サブリナは素直にそう思ったのだが、ルーファスは微笑んで言った。
「君は魔法についての初歩も知らないからね。誰しも異国の言葉は、元々話せなければ、耳で聞いても意味が通らないだろう? これもそういったものだ。長い時が流れれば、やがて意味が異なってくるものもある。僕の今のやり方だと、あの魔界の門に封印の魔法を重ね掛けしても、長くは保ちそうにないんだ」
教師が学生に教えるように、ルーファスはゆっくりと説明した。
「……そうなのですか?」
「ああ。だから、過去のやり方を踏襲することにした。魔界の門に掛けられていた封印は、半永久的に機能するようになっていたようだ……封印が解けてしまったことが不思議だ。それを追求するのは、封印を掛け直してからになるだろうが……」
肘をついて物憂げな表情で言ったルーファスは、目の前に置かれたお茶を飲んだ。




