10 触れられない
「あの……ルーファス。貴方って、ダンスがとっても上手なのね。踊りやすいわ」
踊りながらサブリナがそう口にすれば、ルーファスは意味ありげに目を細めて微笑んだ。
「サブリナも、ダンスが上手だね。君は本当に、模範的な貴族令嬢だ」
「……模範的なって……それって、どういう意味なのかしら?」
ルーファスの言葉に引っかかりを感じたサブリナは、心に咄嗟に浮かんだ疑問を口にして、同時にしまったとも思った。
(ああ。いけないわ。私はルーファスの機嫌を決して損ねてはいけない役目なのに……もしかしたら、何かを責めているように聞こえてしまったかもしれない)
「いや。変な意味で取らせてしまったらすまない。言葉の通りの意味だよ。君は真面目な性格で美しく誠実で、礼儀作法やダンスも完璧だからね。サブリナのような女性が恋人で、僕はとても嬉しい」
「……ありがとう。ルーファス」
ルーファスから手放しで自分を褒められても、サブリナはなんとも釈然としない思いだった。
つい面白くない表情になってしまったが、彼はそれを見ても楽しげに微笑んでいるようなので、これは問題ないのだろう。
(どういう事かしら? 私が模範的で、貴族令嬢らしいって……ああ。もう考えるのは止めましょう。とにかく、彼にはアシエード王国を救って貰うのが先よ。ルーファスのことを気になるは気になるけれど、とにかくここは問題なく過ごさなければ)
ルーファス本人から魔界の門に描かれた彫刻を解析し、遠い昔に封印された方法を辿るには三ヶ月程度は掛かるだろうと聞かされている。
だとしたら、それが過ぎるまでサブリナの役目は何も聞かずに、問題なく彼の恋人役をして過ごすこと。
それは頭では理解しつつも、心の中までは納得しきれなかった。
「サブリナ……あれは、誰だ?」
二人は何曲か立て続けに踊り、流石に踊り疲れて飲み物を飲んで休んでいると、不意にルーファスがそう尋ねたのでサブリナは彼の視線の方向を向いた。
二人を忌々しげに見つめている厳めしい顔つきの初老男性を見て、サブリナは彼は見知った顔だと頷いた。
彼が父フレデリックと同じく、アシエード王国にて大臣職を務める人だったからだ。
「ああ……ベネディクト・コードウェル公爵ですわ。アシエード王国の大臣で……ラディアント伯爵邸にも何度も訪れたこともありますし、私の父とも親しいと思います」
(何か……この会場に、気に入らない事でもあるのかしら? それに、あんな目つきをする方ではなかったと思うけれど……)
本当に久しぶりに見たコードウェル公爵を見て、サブリナは不思議な気持ちになっていた。
彼は高い身分相応の厳しいところもあるが、フレデリックの娘サブリナには優しく、にこやかに接してくれていた人物であったと思うからだ。
「……そうか」
ルーファスは何かを考え込んでいるのか、それ以上は語らぬままで、舞踏会の時間は過ぎていった。
サブリナはそろそろ帰ろうとルーファスに促されて、バートレット公爵邸の馬車停めへと向かった。
時間は夜半過ぎで、まだまだ舞踏会は明け方まで続くのだろうが、サブリナのように年若い貴族令嬢たちはそろそろ帰る時間であった。
ルーファスはそれを当然の事のように知っていて言ってきたのだから、おそらく貴族であったり、それに近い身分を持っていた事は間違いないだろうとサブリナは内心思った。
馬車にサブリナが隣合って座っても、ルーファスの所作は優雅で余裕がある。それをすべて流れるように行えるのだから、過去にそうしたことを何度もこなしたことがあるのだろうと考えられた。
(とは言っても、何も……そう何も、聞けないけれど……ルーファスが誰かと私を間違えている事すらも、確認出来ないのよ。彼の過去のような、深い話を聞くことなんて……)
それに、ルーファスと二人で居るところを睨んでいたコードウェル公爵についても気になっていた。
コードウェル公爵は温厚な人物だとこれまでサブリナは思って居たが、もしかしたら、父と何かあってサブリナを嫌うようになってしまったのかもしれない。
(あ。もしかしたら、コードウェル公爵は現在、父と権力争いを……? だから、娘の私のことを嫌いになってしまったのかしら?)
アシエード王国でも大きな権力を持つ大臣同士であれば、何かと争うこともあるかもしれない。
彼は王家に次ぐ権力を持つ公爵位でもあるし、フレデリックと何かあってその娘が大魔法使いルーファスと一緒に居るところを見れば、あのように敵意を剥き出しにした視線を向けるのかもしれない。
(これは、お父様に確認した方が良さそうだわ。言葉を選ばなければならないルーファスと違い、お父様になら本人に疑問をぶつけた方が早いと思うもの)
「サブリナ」
「っ……何? ルーファスっ」
考え事をして上の空になっていたサブリナは、慌てて隣に座るルーファスの顔を見た。
真っ直ぐにサブリナを、見つめる視線。紫があまりに美しい瞳と視線が合って、彼女は胸を高鳴らせ慌ててしまった。
「一体、何を熱心に考えているの? 舞踏会は楽しくなかった?」
サブリナはこれまでに自分が考えていた事は、ルーファスにそのまま伝えられる話ではないと息をついた。
(コードウェル公爵のことは、ルーファスに何か言わなければいけない話でもないわね。もちろん、ルーファスの過去についてもそうだけれど)
「いいえ。貴方のおかげで、とても楽しめたわ……私は社交デビューしてからこれまでは、舞踏会でも、ただ緊張するばかりで、とても楽しいとは思えなかったから」
それは、サブリナの素直な気持ちだった。




