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「知らへんみたいやさかい教えたるわ。」
怪しげにサングラスを光らせたミクズは、ヒガンさんに掴まれてよれていた着物を直しながら口もとに弧を描く。
その不穏な様子に、凛さんも千鳥さんもミクズの方へと視線を寄せていた。
「あら最初っから分家の怪異や。あいつは生贄にされた‘双子のガキ’を喰うのん。」
生贄。
双子。
どうにも不穏な言葉に、私は無意識に思考を働かせていた。
「いらへん双子の片割れを腹空かした怪異に食わしとったんや。えげつないでなぁ、昔は生まれたばっかの子供を食わしとったんやで?」
双子は凶兆だから片方は殺す。
でも、もし仮に二人とも生かすのであれば必ず力の弱い方をいないものとして扱うこと。
この禁を破れば、皆喰われる。
先日に蒼のお屋敷で見かけた不穏な断片たち。
「そやけど、最近になって突然ガキをよこさへんくなったら、怪異は当然腹を空かしてるんやさかい怒るわなあ?そやさかいわしがそれ止めるために餌を用意したったんやわぁ。」
まるで自分は喰われそうだった人間を救おうとしているのだとでも言いたげな声に、ヒガンさんから静かに発される重い空気が濃度を増していく。
私はまだ自分の思考で手一杯だった。
「このまま放っといたら、蒼の奴らみんな死ぬで?」
「知るか!オレらが蒼の面倒見たる理由はない。」
正面切って言い返したヒガンさんに、ミクズは一瞬苦い表情を浮かべるが、すぐに怪しく気色悪い笑顔に戻り、その笑顔を凛さんと千鳥さんに向けた。
凛さんと千鳥さんは硬い表情でミクズを見ている。
「つ、つつじ。」
「何?」
月乃の小さな声に、私は同じように小さく返す。
また泣き声が聞こえてきているので、私の声も月乃の声も飛燕までにしか聞こえてはいないだろう。
「シ、シガンさんが怪異に食べられちゃわないと、蒼の人達食べられちゃうの…?」
「んなもんミクズのでっちあげやろ。」
飛燕も小さい声で会話に混ざる。
私は少し考えた後、小さく口を開いた。
「多分、嘘ではないよ。」
ミクズの言っている事は、おそらくその半分以上は嘘ではない。
「なんでや?どう考えたって苦しい状況逃れやろ。」
「昨日の私の話覚えてない?蒼には双子を忌避する風習があるって話。」
飛燕も月乃も一瞬首を傾げたが、飛燕は思い出したようだ。
「双子は凶兆、ってやつか。」
「な、なんだっけそれ?」
私は分かっていなさそうな月乃への説明は諦め、先に覚えているらしい飛燕に向けて話すことにした。
月乃への説明は時間がかかる。
「多分、あの怪異は本当に元々蒼にいた怪異だよ。」
そうでないと、‘双子だから’と言う理由で色々とあったらしいシガンさん達の子供時代の説明がつかない。
元々双子にまつわる言い伝えがあったから双子が忌避された。
察するに、その言い伝えの元になったのがあの怪異だろう。
「双子にまつわる言い伝えに、皆喰われるっていうのがあった。それとミクズのさっきの言葉が噛み合ってる。」
ミクズの言う通りの事が元々あったとすれば、私が見つけた不穏なもの達の説明がつく。
双子が凶兆なのは双子の片割れを欲したあの怪異が暴れるから。
二人を生かす時、片方を‘いないもの’として扱うのは、怪異に双子を認識させないため。
どちらも合理的な判断に見える。
そして、禁を破れば喰われる、と言うのもミクズの言う腹を空かせている、という言葉に合う。
「多分、いつの間にか忘れられたんじゃないかな。怪異にに双子の片割れをあげてたけど、あげなくなったから怪異が勝手に双子を食べる。それを防ぐために、双子の片方を先に殺すなりいないものとして扱って怪異に気づかせないようにする。」
「……確かに、それやったら説明はつくな。やけど、ミクズがそれを知っとるのはなんでや?」
「そこまでは分からない。」
しかし、本家が何か知っている可能性はある。
ミクズの情報源もそこではないか。
そう思いはしたが、そこまで話す時間はなかった。
ヒガンさんとミクズが動いた。
「蒼がどないなってもええ?ほんまに?」
ニヤニヤと笑うミクズに、ヒガンさんは苛立ったようにミクズを睨みつけ、凛さんと千鳥さんも鋭い瞳を向けた。
そんな視線にもまた嫌な笑みを浮かべたミクズは、楽しげに続きを話す。
「薄情なあんたらならそれでええって言うやろけど、此雅夜くんがそんなん言うかなぁ?」
「んなもん知るか!引き摺ってでも連れて帰ったるわ。」
相変わらず人を煽るような話し方をするミクズのペースに飲まれている。
ヒガンさんは実家の事になると視野が狭くなるとは思っていたが、ミクズ相手にそれはまずいのではないか?
一度話を終わらせたほうがいいだろうか。
私は静かに周囲を見回す。
凛さんと千鳥さんは黙って睨むばかりで何かをするような様子はない。
ヒガンさんは今にもミクズを殴りそうだが、一応シガンさんと然玖さんが怪異の相手をしてくれているからこの時間があるのだ。
下手に長引かせるよりもさっさと合流して逃げ切ったほうがいい。
蒼の怪異が少し気になるところだが、今まで怪異の存在すら知らなかった蒼や他の色の人間にもその存在が認知されれば打てる手もあるだろう。
なにせここは能力持ちの一族が住むマヨイガ。
今まで存在を知らずとも蒼が崩壊する事はなかったようだし、まだ多少の余裕はあると信じよう。
どちらにせよ、シガンさんがその役割を担う必要はない。
シガンさんが喰われたとしても、どうせまた次に双子が生まれればまた怪異が暴れるのであれば意味がないのだから。
「ヒガンさん。もうその人は放っておいてシガンさん達と合流しませんか。」
「……せやな。こいつに構っとる暇ないわ。」
ヒガンさんはミクズを睨みつけたまま私の言葉に頷く。
ミクズは唇を歪めて笑った。
「ここから出る?このマヨイガは当主であるわしの指示に従うんやで?」
嫌な笑みを浮かべるミクズは勝ちを確信しているような目で笑う。
………でも、蒼のマヨイガは比較的私達、というか月乃に協力的な気がするのだが。
シガンさんやヒガンさんの事を気にしているようだったし、私達を怪異から逃す為に移動させてくれたり、先日も飛燕と私をお屋敷の外まで飛ばしてくれた。
まぁ、昨日のはマヨイガのせいで蒼のお屋敷に迷い込んでいたからおかげというのは少し違うかもしれないが。
「月乃。」
私は小さな声で月乃に呼びかける。
ヒガンさんやミクズには気づかれてはいないが、声が聞こえていたらしい飛燕がそっと私と月乃がミクズから見えないような位置に移動してくれた。
「なに?」
「マヨさん呼べる?」
「呼ぶって言っても、叫ぶくらいしか呼び方分かんない。」
「マヨさんなんか言ってなかった?」
私はなんとかマヨさんを呼び出せないかと月乃に記憶を探らせる。
マヨさんを呼び出してシガンさん達と合流してそのまま帰る。
これが一番手っ取り早いだろう。
最悪分家からは出られずとも、蒼のお屋敷から出られれば……
「あっ!!」
「……っびっくりした………。どうしたの。」
月乃の大きな声に思わず肩を跳ね上げる。
月乃の声は流石に大きすぎ、ミクズやヒガンさん達の目線をしっかりと集めていた。
全員が驚いたような瞳と表情をしており、空気が止まる。
しかし、月乃は気にせずに同じ大きさの声を出す。
「合流したら手を叩けって言ってたんだ!」
「ど、どうしたん?」
突然大きな声を出したかと思えば突然手を叩くとか言い出した月乃に、千鳥さんがやや心配そうな顔を向ける。
さっきのはおそらくマヨさんが言っていた事を思い出した結果の「あっ!!」だったのだろう。
「つつじ、やってみていい?」
「な、何をするん?」
「あー、うん、いいんじゃない……?」
困惑する凛さんを傍目に、私は若干の疑問と共に返事をする。
まぁ、マヨさん呼び出せそうだしいい……のか?
月乃の大声のせいで一瞬時間が止まったような空気感のせいで、何が正解か分からなくなってしまった。




