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 先日、飛燕達と蒼のお屋敷に忍び込んだ(と言っても自主的に入ったのは庭までだが)時も同じようなことが起こった。

その時は二回。

 一回目は蒼の人間と遭遇した時。

私達はバラバラに蒼のお屋敷の中に飛ばされた。

二回目は私と飛燕が蒼から出ようとしていた時。

気づけば蒼と母屋を繋ぐ廊下にいた。

 それと同じようなことが起こったと思えば、今回の事も説明がつく。


「多分、マヨさんが私達を安全な場所まで移動させてくれたんでしょう。」

「此雅兄達がおらへんのはなんでや?」


 千鳥さんが不思議そうに私をその飛燕とよく似ているけれどどこか深い色をした藤色の瞳に映した。


「分かりません。そういう事は本人に聞いてください。」


 そう言って私は月乃の方を向く。

マヨイガであるマヨさんの言葉を聞き取れるのは、月乃だけなのだ。


「う〜ん?………よく聞こえないんだけど、多分ちょっと休む……みたいなこと言ってる。」

「休む…?」


 飛燕が怪訝そうな声を出すと同時に、マヨさんの姿がお屋敷の床に溶けるようにぐらりと揺れた。


「えっ……」


 声を出し切る暇もなく、マヨさんは溶け切ってしまった。

休む、と言っていたのであれば文字通り休息を取ろうとしているのだろうが、突然消えてしまったようにも見える。

 大丈夫なのだろうか。


「月乃、他には何か言ってた?」

「あ、え〜っと、彼雅夜と合流したらなんとかって言ってた気がするけど、聞き取れなかった。」


 とりあえずヒガンさんと合流すればいいのだろうか。

そう言えば、然玖さんもまずはヒガンさんを探してこいと言っていたか。


「その彼雅兄の居場所なんやけど、多分こっからすぐやで。」

「なんでそんなんわかるん?」


 千鳥さんが胡散臭そうな表情を凛さんに向けると、凛さんは不服そうに鼻を鳴らした。


「然玖の蛇が言うとるんや!」

「蛇なんてどこにいるんだ?」


 飛燕が不思議そうに目を瞬く。

こいつ、耳がいいくせにこう言う時真っ先に頼るのは視覚なのか。


「ここにおるで。」


 そう言った凛さんは自身の露出度の高い着物の胸元を指差す。

凛さんの指先に目をやると、そこには布と素肌の間くらいに小さな蛇が蜷局(とぐろ)を巻いていた。


「その蛇が案内してくれるんですか?」

「せやで。やけど、案内してもらわんでも良さそうやな。」


 そう言って凛さんは蛇の頭が向いている方を向く。

私もつられてそちらを見ると、そこにはやけに豪華な襖があった。

 金色の襖に濃い紫と桃色の中間のような細かな花をつけた枝が描かれている。

その花は、ミクズの着物にいつも入っているものだ。


「ミクズの部屋、と言ったところでしょうか。」

「って事は、彼雅兄もここにおるっちゅうことか?」


 ヒガンさんは私達と合流した時、ミクズを探しに行くと言っていたし、千鳥さんの言う可能性が高いだろう。

 察するに、突然場所が変わったのはマヨイガの、つまりはマヨさんの仕業だ。

まず、あの怪異達が襲ってきている状況からマヨさんは力を振り絞って私達を逃がそうとした。

シガンさんと然玖さんが一緒ではなかったのは、単純にマヨさんの残力では一緒に移動させられなかったか二人が最初から怪異の足止めをするつもりだったからかの二択だろう。

 そして、その移動先として合流したいと話していたヒガンさんが近くにいる場所を選んだ。

それならばあのタイミングで都合よく移動でき、さらには都合の良い場所に辿り着いた理由にもなる。

 やけにマヨさんが協力的な事を除けば不自然な点もないだろう。

そこまで考えたところで、凛さんと月乃が襖の方へ歩を進めるのが見えた。


「中の様子は外から見えなそうやな。」


 そう言った凛さんは、止める間もなくスパンっと襖を躊躇なく開け放した。


「凛!?」

「なんや。」


 千鳥さんがすごい顔で驚いているが、凛さんは気にした様子もなく返事をする。

開いた襖の奥では、ヒガンさんとミクズがお互いの胸ぐらを掴み合っているのが見えた。

 襖が勢いよく開いたにも関わらず、二人は気に留めていないのか気づいていないのか、襖が閉じていた時には少しも聞こえてこなかった口論をしている。


「やから!オレもシガンもお前らのモンやないねん!」

「やかましい!双子でも生かしたってるんやさかい感謝しろや!」

「やかましいのはどっちや!|蒼に怪異(あんなもん)呼び寄せておいて、何を感謝しろっちゅうねん!」


 ミクズもヒガンさんもお互いの着物を掴んだまま怒鳴り合っている。

気づけば、月乃と飛燕が隣にいて、千鳥さんと凛さんが一歩、部屋の中に入っていた。


「彼雅兄……?」


 ポツリと呟かれた声も、怒鳴り合っている二人には届かなさそうだ。


「呼び寄せた?ちゃうな。あら元々ここにおったもんや。」

「はぁ?あんなでかいもんおったらすぐ気づくに決まっとるやろ!」

「気づいてへんかったのはあんたらやろ。マヨイガに甘え切ってる弊害やな。」


 鼻で笑ったミクズに、ヒガンさんが苛立たしげにミクズの袂を握る手に力を込める。

今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気に、私達はとりあえず見ていることしかできない。

こう言う時に真っ先に間に入る月乃ですら黙って様子を見ていた。


「あの怪異は元々この家におった怪異や。あらいつも腹を減らしてマヨイガを食べてまうんやわぁ。」


 さっきまでヒガンさんと同じように相手の袂を掴んで怒鳴っていたとは思えないほど粘着質な笑顔でヒガンさんを見るミクズは心底面白いとでも言いたげな表情をしている。

 ヒガンさんはそれを見て嫌そうな顔をしているけれど、それはミクズの笑みを深めるだけだ。


「そう言うたら、あいつの好物は‘双子の片割れ’なんや。」


 知らんかったやろ?と、相手をおちょくるような声音と表情でヒガンさんを見たミクズは目を細める。

 ヒガンさんから溢れ出る嫌悪感やら殺気やらで、私は少しずつ指先が冷たくなっていくような気がした。

 ミクズが止めのような笑みを浮かべた。


「‘無能な双子の片割れ’が好物なんやわぁ。そやさかい、此雅夜くんをあげたら大人しなるんや。」


 その瞬間、色んなものが弾けた。

ヒガンさんはミクズを射殺しそうな程の鋭い視線と殺気。

凛さんと千鳥さんは明確な煮えたぎる熱を。

私の両隣からは意外にも冷たい熱が。


「あれ?当主サマ達に、つつじちゃんに月乃ちゃん、飛燕くんまでおるやん。こないなところで会うなんて奇遇やなぁ。」

「お前ら!?なんでおるん!?」


 人を苛立たせるためだけに間延びしたような調子でミクズが私達に気づくと、ヒガンさんもようやく気づいたようだ。

 しかし、ヒガンさんが驚いたのも一瞬で、すぐにまたミクズを睨みつける。

ミクズは気にした様子もなくおどけていた。


「お〜、みんな怖いなあ。どないしたん?」


 白々しく言うミクズを無視して、千鳥さんが口を開いた。


「彼雅兄、そんな奴に時間かけるだけ無駄や。此雅兄も見つけた。」

「シガン見つかったか!」


 シガンさんの無事を聞いた途端、ヒガンさんは掴んでいたミクズの着物をあっさりと手放した。

ミクズは少しよろけたが、すぐに体勢を直して噛みついてくる。


「此雅夜くん見つけたってどう言う事や!?」

「お前と話す事なんてあらへん。」


 冷たく言い放った凛さんは、ミクズの方すら見ずに吐き捨てる。

月乃ですらそれに文句は言わず、どこか悲しそうな顔をしていた。

 相変わらずお人好しだ。


「……そんなん言うてええの?」


 凛さんに冷たくあしらわれて一瞬言葉が出なかったらしいミクズは、それでも強気な姿勢を崩さなかった。

それどころか腕を組んで嫌みたらしく笑っている。

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