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「そろそろ移動しません?」
私はシガンさんの方をむいて聞く。
いくら自分達に流れ弾が来ないからといっても、流石に怪異達が暴れているこの場所に留まり続けるのは危険だし、月乃とも合流できたのだから次の行動を考えなければ。
「やけど、怪異はもうだいぶ遠くにおるで。」
確かに、怪異の姿はもう殆ど見えない。
喧嘩をしているうちに遠くへ行ってしまったのだろう。
「お前、月乃が来たならその予知夢がどうこう言ってたのができるんじゃないのか?」
「私は夢の内容覚えてないんだって。」
覚えてないが月乃には関わりがあるらしいので月乃がいれば何か起こるかもしれない、と思ったが、何も起こらないのだからどうしようもない。
「でも、そうだね……。月乃。」
「なぁに?」
何故かニコニコとしている月乃は、機嫌良さげに私を見る。
「あの怪異と話はできそう?」
そう言って遠くで暴れている怪異を視線で示すと、月乃もつられて怪異の方を見る。
さっきから泣き声と鳴き声が混ざり、そこに家が壊れる音が加わって最悪の音を奏でていた。
音の大きさは小さくなっているが、それでも音がしていることくらいははっきり分かる。
「どうだろ?でもこの音じゃわたしの声に気づいてくれないんじゃ無いかな?」
確かに、月乃の能力は今の所怪異に月乃を認識してもらわなければ発動しない可能性がある。
その特性を考えれば、この広く雑音が多い空間で大きな怪異に小さい人間一人を認識させるには難しいだろう。
「そういや、マヨイガはどうしたん?さっきまでおったやろ。」
飛燕は月乃と一緒にいたマヨイガがいなくなっていた事に今気づいたらしい。
飛燕は周りを見渡しながら月乃に聞く。
「あれ!?いつの間に!?」
ここにも気づいていない人間がいたのか。
「月乃がこっち走ってくる時にはもういなかったよ。」
「なぁ、マヨイガってさっき月乃ちゃんの隣におったやつか?」
この四人の中で唯一、蒼のマヨイガの人型を見た事が無いシガンさんがやや困惑気味に問う。
シガンさんからすればマヨイガはあくまで『家』であると言う感覚が強いのだろう。
私だって月乃の能力がなければその認識だ。
「さっきまでいたんだけど、いなくなっちゃった。呼んだらきてくれるかな。」
「そもそも何で蒼のマヨイガはお前と行動しとったん?」
飛燕がある意味当然の疑問を投げかけると、月乃は小首を傾げてさも当然のように言った。
「蒼に行こうと思って走ってたら出て来てくれて、そのまま案内してくれたんだよ!」
もしかして、マヨイガに案内してもらってたからやけに移動が早かったのか……?
いや、そんなことよりも突っ込むところは沢山ある。
「何でマヨイガが月乃に協力してくれたの?」
「え〜っとね、ほら、この前蒼のお屋敷に忍び込んだ時!」
「蒼に忍び込んだ?」
高所から瓦礫が落ちる音と共に、シガンさんが低い声を出した。
私は思わず肩を跳ねさせる。
そういえば、シガンさん達には蒼には近づくな、関わるな、と口を酸っぱくして言われていたっけ。
「ちゃんと理由はあったので許してください。」
「そもそも今だって俺らが来てなかったらシガンはあのままだったぞ。」
「………まぁ、それもそうやな。」
よし、なんとか丸くおさまった。
その事に安堵の息を吐きながら、私達は月乃の話を聞く体勢に戻る。
「忍び込んでみんなバラバラになっちゃった時ね、マヨくんが____」
ヨイさんの次はマヨさんか。
ネーミングセンスが独特だが、一旦置いておこう。
「『みんなをたすけて』って言ってたのを思い出したの。」
「それとマヨイガが月乃を案内したのになんの関係があるん?」
「そもそも何でこの前言わなかったの。」
蒼に忍び込んだ後、私達三人で情報交換をしたのに何故その時に話さなかったのか。
月乃の口振的にも本人の性格的にも忘れていたのだろうけれど。
「だってその時はそれだけ言ってどっか行っちゃったんだもん!すぐヘデラちゃんと会えたから忘れちゃってて。」
そう言って頭を掻く月乃に、私と飛燕は冷たい視線を送り、シガンさんは自身の手で軽く頭を押さえていた。
月乃は決まり悪そうだったが、すぐに話を戻す。
「それで、そうやって言われた事を思い出したから、助けてあげるからつつじ達を助けてー!!って叫んだら出て来てくれた。」
「マジか。」
「そんなタクシーみたいな……」
「マヨイガってそんな感じなん?」
月乃以外が各々困惑と共に顔を見合わせるが、誰一人として困惑以外の表情をしていなかった。
そもそも怪異ってそこまでフラットな存在だっただろうか。
「まぁ、もうそれは月乃の能力として置いておきましょう。」
追求するだけ無駄だと悟った私はとりあえず話をまとめる。
月乃の異様なコミュニケーション能力は今に始まった事ではないし、怪異相手にもそれが発動しただけだろう。
「それで、何でマヨくんの話になったんだっけ?」
話終わった月乃は呑気に首を傾げている。
「そろそろ移動しようっていう話だったけど、蒼のマヨイガがいつの間にか居なくなってる話になったんだよ。」
気づけば話している間に泣き声は遠ざかっているので移動の必要は無いかもしれないが。
これだけ堂々と怪異が喧嘩している場所にいるのに今の所何の害もないというのは不自然なものだが、現に今はそういう状況なのだ。
移動すべきかここで怪異達がどこかへ行くのを待つべきか考え始めた頃、月乃は腕を組んで何やら唸り出す。
「う〜ん……あっ!そうだ!」
突然大きな声を出したかと思えば、月乃は大きく息を吸った。
「マヨくぅぅん!!」
「うるせぇ!怪異に気づかれたらどうすんねん!」
真横で叫ばれた飛燕は両耳を押さえて怒鳴る。
お前もうるせぇ。
「な、なんや?」
「……今ので怪異来るんだ…」
月乃と飛燕の声が反響する中、私とシガンさんの視線は一点に集中していた。
その視線の先には、ボロボロの着物と布面を被った怪異が佇んでいる。
「あっ、やっぱり来てくれた!」
「………………」
月乃は嬉しそうな声をあげるが、当のマヨイガはなんの反応も示さず、ただ真っ直ぐにシガンさんの方を向いている。
「月乃、何言ってるか分かるの?」
「う〜ん、わかるにはわかるんだけど、マヨくんは声が小さいっていうか掠れてるっていうかで聞き取りにくいんだよね。」
首を傾げながら月乃が答える間に、蒼のマヨイガことマヨさんはゆっくりと一歩を踏み出す。
その先にはやはりシガンさんがいた。
「大丈夫なんか?」
「さぁ……?」
マヨさんは真っ直ぐにシガンさんの前まで歩くと、そっと片手をあげる。
「な、なんなん……?これ……」
「撫でてる……んでしょうけど……。」
マヨさんはあげた片手をシガンさんの頭の上に乗せて、横に動かしている。
シガンさんの方が背が高いのでかなりの身長差があるが、マヨさんは爪先立ちでなんとか手をシガンさんの頭に伸ばしていた。
そしてその手はなぜか隣にいた私の頭にも伸びている。
マヨさんの左手にシガンさん、右手に私の頭、という感じだ。
「…………」
「え?なぁに?」
一瞬、ボロボロの布面が僅かに淡い光を放った気がした。
それが原因なのかは分からないが、月乃はマヨさんに近づき耳を近づける。
何か話しているのだろうか。
「なんか言っとるん?」
「え〜っとね、大きくなったな?って言ってる?」
月乃自身も疑問系だが、マヨさんの声が聞こえない私達はもっと疑問だ。
とはいえ、多少は察しはつく。
大きくなったな、という事はこの言葉はシガンさんに向けられたものだろう。
マヨさんは蒼のマヨイガなのだから、シガンさんが子供の頃の事を知っていてもおかしくはない。
「月乃、マヨさんと意思疎通が取れないの?」
「なんかね、声が掠れちゃってるみたいでなかなか聞き取れないの。」
そんな事を話している間にもマヨさんの布面はまた僅かに輝いている。
また何か言っているのだろうか。




