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「そんな手ぇ血まみれの奴に言われても説得力ないわ。」

「そうですよ。大体、何でわざわざ殴りに行ったんですか。」


 シガンさんなら別に避けるくらいできただろうに。

もし虎が出て来なかったらどうなっていたのやら。

 わざわざ屈んで視線を合わせてくるシガンさんの表情に僅かな生温かさを感じ、私は自分の目が細くなるのを感じた。

横を見ると、飛燕も似たような目をしていたので考えていることは同じだろう。


「そんなことより、どうするん?これ。」


 ようやく屈むのをやめたシガンさんを見て、飛燕がその背後に広がる惨状とも呼べそうな虎と怪異の争いを示す。

 虎は白蛇とは違い、牽制し合うのではなく単純に噛みつき合い、殴り合い、といった様子で怪異に飛びかかっていき、怪異もそれに応じる。

それがひたすらに繰り返された廊下だった場所は、すっかり瓦礫が増え、大量の‘家だったもの’の残骸でいっぱいになっていた。


「大丈夫なんですか、マヨイガ。」


 私はなんとなく先日見た蒼の人間型になったマヨイガの姿を思い出す。

あれだけボロボロだったのに、目の前にはさらに傷だらけになってしまいそうな惨状がある。

 そんな事を話している間にも、瓦礫はさらに増えていく。


「どうなんやろなぁ………」

「蒼のマヨイガボロボロやったんって………おん?」

「どうした?」


 突然言葉を止めた飛燕は、黙って視線をどこかへ向ける。

思わずどうしたのかと聞くと、飛燕は何かに気を取られたまま口を開いた。


「なんや、音がするんやけど……やっぱお前には聞こえんわな。」

「俺も聞こえへんで。」


 私とシガンさんには何も聞こえず、黙って飛燕が音を聞き取りやすようにする。

飛燕は、目を瞑って何やら音を拾おうとしていた。


「………月乃やな、多分。」

「月乃?」


 ボソリとつぶやかれた言葉を思わず繰り返すと、飛燕は目を開けて聞こえたものについて説明をしてくれた。


「叫んどる声が聞こえる。『つつじー!』って叫んどるし、声からしても月乃やろうな。」

「わざわざ居場所バレるような事してんの?」


 それで怪異やミクズが寄ってきたらどうするつもりなのだろう。

まぁ凛さんや然玖さんも一緒なのだろうけれど。


「それ以外の声は聞こえへんな。」

「一人で来たって事?」


 何してんだあの人。

千鳥さんか丹の人達といるだろうと思っていた私は、月乃の大胆な行動に思わず眉を顰める。


「一人やったら迎えに行った方がええやろ。」


 黙って話を聞いていたシガンさんはそう言って飛燕にどこから声が聞こえるか聞くが、飛燕の歯切れは悪い。


「方角は分かるけど、どうやってここから離れる気なん?」


 今、私達の周りには大量の家の残骸がある。

床や壁はすでに剥がれ、怪異と虎を中心に天井も何もかもが滅茶苦茶だ。

 マヨイガだからこそまだなんとか遠くに廊下や上の階が見える状態ではあるが、私達の半径数メートル以上は瓦礫で埋まっている。


「遠くに廊下見えるけど、最早ここら辺は開けた屋外みたいになってんね。」

「せやな。」

「せやけど、月乃ちゃんをここまで来させる訳にはいかへんやろ?」


 そうは言うが、実は今は月乃の心配をしている場合では無かったりするのだ。

こうして平和に話し合いができているのは凛さんの虎のお陰であり、決して今この状況が安全だからではない。

 だからこそ月乃をここに来させてはいけないのだが、その来させてはいけない場所に自分たちがいるのだ。


「まずは私達がどうするかでしょう……って、月乃近づいてますね。」


 シガンさんの方を向いて話している途中、私の耳にも自分の名前が届いた。

その声の主は間違いなく月のだろう。

 しかし、怪異と虎の声の間から微かに聞こえるだけで音の方向も分からない。

ただ、なんとなくそれなりに遠いのではないかと言うことだけは分かった。


「なんか、すごい勢いで近づいてきてるんやけど………」


 飛燕が困惑気味にストールと自身の耳に触れながら困惑している。


「………月乃ちゃんの声、めっちゃ聞こえんなぁ………」


 シガンさんまで遠い目をして流石に分かるようになった音の鳴る方へ顔を向ける。

 少しすると、遠くに見える廊下から人影が二つ顔を出した。


「二人やと?」


 人数を聞き誤った飛燕が僅かに目を見開く。

しかし、飛燕はおそらく聞き誤りはしていなかった。


「いや、あれ人間じゃない。蒼のマヨイガだ。」


 月乃の隣にいたのは、ボロボロの着物に布面を纏い、その服に見合わぬほど艶やかで美しい深い青色の髪を持った人型の怪異。

 月乃の能力によって顕現した、この家そのものだ。


「つつじー!!」


 私達に気づいたらしい月乃が廊下から笑顔で手を振っているが、目の前の大きな怪異二つが見えないのだろうか。

半ば本気でそう思っていると、月乃はすぐに廊下から降りて瓦礫の上を器用に飛び跳ねながら走ってくる。


「みんなー!」


 大きな声で突撃して来た月乃を避けると、月乃は勢い余って飛燕にぶつかりかけたが飛燕はうまく避けたので月乃だけが転びかけた。


「ちょっと!避けないでよ!」

「誰だって避けるよ。」

「誰だって避けるわ。」


 飛燕と同時に同じ種類の声を出した事が気に食わなかったが、月乃には二人から言われるくらいで丁度よかったらしい。

珍しくちょっとだけ反省している。

 マヨイガは、いつの間にか姿が見えなくなっていた。


「だって、二人が蒼のお屋敷で行方不明って聞いたから心配してたんだよぉ〜!」

「お前ら行方不明扱いされとったんか。」


 月乃と合流したいけれど蒼から出られない、としか話していないシガンさんは軽く驚いたような表情で私と飛燕を見下ろしていた。

そういえば千鳥さんと逸れたこととか喋っただろうか。

話したのかどうかすら記憶にない。

 怪異やらシガンさんの怪我やらでバタバタしていたせいで記憶が曖昧だ。


「それで、一人で来たの?」

「うん。大人達が揉めてて、つつじ達を探しに行くのに時間かかりそうだったから。」


 行動力がエグいな。

誰かはわからないがその揉めていた大人達にもその行動力を分けてあげて欲しい。


「揉めとったんはおっさんか?」

「え〜っとね、凛さんと藤のおじさんと、ヘデラちゃんとカガリちゃんとヒバナちゃん!」

「多いな。」

「しかも大人じゃない人混ざってるよね。」


 ヘデラはまだ大人と言えるような年齢には見えなかったし、カガリ、ヒバナという名前に聞き覚えはあるようなないような、というような感じだが、月乃がちゃん付けするのならおそらくは子供のはずだ。


「まぁ、いいや。どうせ月乃を呼ぶつもりだったし。」


 夢で見た事を再現するには、月乃が必要だ。

とはいえ、私自身に夢の記憶がある訳ではないので月乃が来たからと言って何かできる訳ではないのだけれど。


「ところで、あのおっきいのなあに?」

「怪異と丹の当主の能力や。怪異の方はほんまになんも分からへんけど、今は虎が止めてくれとる。」


 月乃が怪異達を見上げて呑気に紡いだ言葉にか飛燕は呆れ気味に返す。

まぁ、気持ちはわかる。

 かたや大きな虎、かたや何かすら分からない化け物。

その二つが思い切り動き回っては攻撃し合っているのだ。

 普通ならば隠れるとか逃げるとかを考えるところだろう。

 逃げも隠れもせず堂々と作戦会議をしていた自分達の事は棚に上げて月乃の呑気さにやや湿度の高い視線を送っていると、飛燕がまた何かを聞き取った。


「なんや、話し声と足音がすんな。」

「千鳥さん達かな。」

「まだ遠くて話の内容は分からんな。やけど、足音は三つやな。一個は他二つよりは近い……と思う。」


 よくそんなに細かいことまで聞こえるな。

獣の鳴き声と赤ん坊の泣き声、それに建物の軋む音(悲鳴)しか私の耳には入ってはこなかった。

 そろそろやばいだろうか。

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