第040話 大会期間の日常
今日はドラフトでしたね。
次の週末は、三回戦と準決勝が行われる。
とはいってもまだ週の頭、月曜日の朝だ。野球バカの私は三週間続けて試合があるというだけで浮かれてしまっていけない。
今日もいつもと同じく家を出ると、ほぼ同じタイミングで隣と斜向いの玄関が開く。特段約束をしているとか待ち合わせているわけでもないのだけど、自然と同じ時間に集まれるって素敵だね。こういう不文律なら歓迎だよ。
そんな道中で突如菜月が叫んだ。
「やばっ! 算数の宿題途中までしかやってないよっ」
「私はバッチリだよ!」
「俺も済ませてある」
「お姉ちゃん、そんな大声で、恥ずかしいよ……」
「紗友、学校着いたら答え写させてっ?」
「だめだよー。算数は五時間目だし、今日は昼休みの自主トレ無しにして、教えてあげるから自力でやろうよ」
「じゃあ祐一は?」
「紗友が教えてくれるなら俺の写す必要ないでしょ」
「ちぇー、わかったよ。昼休みにちゃんとやるっ。でも紗友本当に教えてね?」
「任せてよ! 菜月はもうちょっと勉強もやる気出した方が良いと思うよ」
菜月はどうも勉強に対してはやる気のムラが激しい気がする。出来れば菜月にも同じ高校に来て欲しい私としてはちょっと心配だ。いつか二人の承諾が取れたら菜月と瑞季ちゃんにも約束を明かそう。その為のというわけでもないけれど、顔合わせも良い感じだったしね!
「えー、だって勉強より野球の方が楽しいじゃんっ。ね、瑞季もそうだよね?」
「そ、それはそうだけど。私は、勉強も、ちゃんとやってるもん」
「瑞季ちゃんは偉いね! 姉より勤勉な妹がいるとは、一学年下の世代は安心だよ!」
わざと菜月を煽るような発言をしてみる。
「わかったよー。これからは勉強も真面目にやるっ。でもまさか紗友がママより厳しいとは……」
「菜月の将来の為だよ! 私達、中学までは公立だろうけど高校は入試があるからね」
「はっ! 女子野球部の強いとこ受ければ、私ならフリーパスじゃないっ?」
「今は強豪校もそこまで甘くないよ……。高校、更にその先まで考えたら小中学生のうちくらいちゃんと勉強した方がお得だよ!」
これは私の本心から来る言葉だ。鳴沢恵吾が両親に叱られても適当に済ませていた勉強は、真面目に取り組んでみると存外楽しいし、前世と違って小学生から英語を学べるのは大きなアドバンテージになるだろう。
ただ、私にとっては勉強も最終的には野球の為なのだけれど。今からそう遠くない将来まで、しっかり野球を出来るように、公立校の優等生でいられるくらいの勉強はした方が良いと思うんだ。それに、前世で行けなかった文武両道の高校とか行ってみたいもんね。
由香さんは優等生だし愛梨さんもやる気を出してくれた今、それは結構叶いそうだ。
私がそんな考え事をしている間、菜月は祐一にコントロール向上の大切さを説かれていた。うーん、なんだかんだ言っても結局野球第一だね、私達。
校門に入って、昇降口で瑞季ちゃんと一旦お別れする。靴を履き替えて階段を三階まで上がると私達の教室だ。今日も元気に挨拶する私と菜月。
「おはよう!」
「おはよっ!」
クラスメイトから私達二人に、男女やグループを問わず挨拶が返ってくる。菜月も私も野球バカだけど基本は良い子だからね! ちなみに祐一の挨拶は私達の声にかき消された。
春に離れてしまった真美ちゃんの席を見遣るが、まだ空席だ。彼女は普段早めに登校しているから、今日は休みかもしれない。
菜月は例の私より背が高かったバレーボール女子二人を抜き去ってクラス最長身になったのだけれど、リトル組以外ではその二人と一番仲が良くて、私も最近ではそこに加わることが多い。スポーツに打ち込む女子として、やはり種目は違えど話が合うのだ。この四人で立ってお喋りしていると私以外の三人は、同じクラスの身長が小さい子を自然と見下ろしてしまう程度には身長差がある。私だって栄養を取って運動もして、早寝早起きしてるんだけどな……。いや、同世代を見下ろしたい訳じゃないんだけどね。
祐一はといえば、クラス内の立ち位置に掴み所がない。ある時は活発な男子達と遊び、ある時は大人しい男子達と自習や読書をし、更には女子とも比較的スマートにお喋りする。
私と菜月は女子ネットワークで知っているが、その祐一によく話し掛ける女の子は祐一のことが好きらしい。私達ももう小四だし、そういうこともあるんだろうね。私はまだまだ野球が恋人だよ。祐一は気付いていない振りをしているのか気付いていないのか、普通に談笑するだけだ。
瑞季ちゃんはクラスで楽しく過ごせているだろうか。ちょっと気になるね。
ともあれ一時間目の予鈴が鳴り、理科室に行って乾電池を直列に並べたり並列に並べたりして、繋いだモーターの回る速さや回路に流れる電流を調べたりして過ごした。実験って単純なのでも楽しいね。
その後も授業を受けて給食を食べ終えた私と菜月は、教室にやってきた由香さんと瑞季ちゃんと、一緒に行く祐一を見送ってから、宿題の残りを片付けた。
菜月曰く、何度も三桁を二桁で割って解いていたら眠くなってしまったらしい。だけど事前に解答した問題は一問を除いて正解していたから、理解力はあると思う。間違えた一問というのも単純な計算のミスだった。数字が若干のたうっているし、この問題を解く頃にはもう眠かったのだろう。実際に私が教えることはほとんどなく、精々一度、同様のケアレスミスを指摘するくらいだった。
そして無事算数の宿題も提出し、五、六時間目が終わり放課後となる。
平日放課後の私達は、野球で鍛えられた体力を持て余しているので、最近では陸上女子さながらに校庭のトラックを走ったりする日もある。実際にシニア世代になると平日のトレーニング目的で中学の陸上部に入る人も多いし、そこで脚力を見出されて、野球から陸上に転向する人も稀にいるしね。
今日のメンバーは春日野東リトルの女子全員と祐一だ。元々女子だけでやっていることなので、私達と仲が良い祐一しか男子は来ないのだ。
「俺、皆のタイム計るよ」
さらっと裏方仕事を請け負ってくれる祐一に言う。
「一回目終わったら私と代わりなよ! 祐一も走りたいでしょ?」
「ありがとう、じゃあ二回目は計測頼むね」
各々準備をして、祐一の合図で一斉にスタートする。距離は百メートルトラックを十周の一キロだ。
由香さんが先頭でゴールする頃には、三番手の私と十五メートル程も差を付けられてしまった。スタミナ、スピード、心肺機能を必要とするこれの結果には、やはり身体の成長が顕著に現れる。二着は由香さんになんとかそれほど引き離されず着いていった菜月で、瑞季ちゃんが最後になるのは仕方ないことだろう。
心肺機能が小六と小四でどこまで違うのか私には分からないけれど、菜月と比べると体格にはそこまで恵まれていないのに、一キロ走でもトップを譲らないのは流石由香さんだ。
「順番は変わってないけど、皆始めた頃よりどんどんタイム良くなってるよ」
そう行ってタイムを記録したノートを見せてくる祐一。確かに、少しずつだが順調にそれぞれのタイムは縮んでいた。
私は呼吸を整えながら、祐一から向井コーチの私物のストップウォッチを受け取り、交代する。そして祐一以外の三人の準備を待って、スタートの合図と同時に親指でポチッとストップウォッチを始動する。
こうして平日は過ぎて行くのだった。
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