第038話 野球女子懇親会
そして迎えた木曜日の放課後。普段通り四人で家まで帰ると、私は早速着替える。新品だったパーカーを羽織ると、お母さんが「凄く似合ってるわよ」と言いながら簡単なヘアメイクをしてくれる。これでお出掛けモードの私が完成だ。
未だ着用回数は数度に留まっているハイカットスニーカーを履き、家を出る。待ち合わせは駅前だけど、先に菜月、瑞季と合流するのだ。
斜向いのお宅のインターホンを押すと、先程までと同じ姿の二人が玄関を出てきた。そして私を見て一瞬固まった後、歓声。
「なにそれ紗友可愛いっ!」
「かわいい、です!」
「ありがとう。二人は着替えたりしなくていいの?」
「着替えるっ! ていうか紗友もお洒落するならするで教えてよー」
「そうだね、ごめん! すっかり忘れてたよ……」
「じゃあちょっと待っててねっ! ママー、手伝って!」
そう叫んで菜月はドアを閉めた。瑞季ちゃんはそれより早く戻っていた。
それから待つこと二十分程だろうか。ようやく瀬戸家の玄関扉が開いた。
先に出てきた菜月は、所々に細かなデザインが入ったラベンダー色のボートネックのガーリーなデザインのニットに、股上が浅くて脚の長さが際立つ、刺繍の模様が入ったインディゴのスキニーデニム。足首の後ろがリボンになった黒いショートブーツを履いている。
髪型はといえば、しっかりセットしてきたのだろう。肩につくくらいの長さの髪が、内巻きになっている。普段は私と同じく寝癖を直している程度だからその変化は大きい。
続いて出てきた瑞季は、袖部分がレースになった紺色の花柄ブラウスに、パステルピンクをベースにしたチェックのプリーツスカート。足下は白いレザーのストラップシューズ。菜月より長めの髪は、肩の上あたりからふわっとしたウェーブがかかっている。
「二人共可愛いね。すっごく似合ってるよ!」
「ありがとっ! たまにしか着ないからなんか落ち着かないけどねー」
「でも、着ると、わくわくします」
「似合うんだからもっと着ればいいのに」
「紗友だって普段そんな格好してないじゃんっ!」
「普段からこんな格好してたらお昼のトレーニングも出来ないからね。仕方ないよ」
「じゃあ私達も無理じゃんかっ!」
「あははっ、そうだね。さて、うちのお母さんが車で送ってくれるから、行こう」
そう言ってもと来た斜向いの自宅のインターホンを押すと、お母さんが出てきてくれた。
「あら、菜月ちゃんも瑞季ちゃんも可愛いじゃない! ユニフォーム姿は凛々しいけど、やっぱり女の子らしくて可愛い服も似合うわねえ」
「いやー、ありがとうございますっ」
「帰りも適当な時間に迎えに行ってあげるから駅前にいてね」
「はいっ、私と瑞季まですみません」
「どうせ紗友を送り迎えするから気にしないでいいのよ。それにおめかしした三人で駅まで歩くなんて危ないじゃない」
お母さんは毎度こう言うが、一体どんな危険と戦っているんだろう……。事案かな?
挨拶も済んだので、シートに三人一列に座ると、駅前まではあっという間だった。
車を降りると、ガーリッシュなアウトドアルックに身を包んだ由香さんが折り畳み自転車の横で手を振ってくれていた。私が二人を先導し、由香さんのもとへ。
「由香さん! 外で会うのは久し振りだね!」
遠慮せず抱きつく私。これには由香さんも多少慌てたようで、鍛えられた体幹でなんとかこちらを抱きとめてバランスを保つ。
「学校で会ってるじゃない。紗友は甘えん坊になったね」
「だって、チームが別になっちゃったから……」
そこで菜月から遠慮がちに声が掛けられた。
「あのー、紗友、私ら紹介して貰ってもいい……?」
はっ。すっかり忘れてたよ。由香さんの包容力、恐るべしだね!
「こほん。由香さん、四月から転入してきた三番センターの菜月と、妹で一番セカンドの瑞季ちゃんだよ。マイナーで一緒にやってるの」
「うん、話には聞いてるよ。私は佐村由香。よろしくね、菜月ちゃん、瑞季ちゃん」
「あとは愛梨さん待ちだね。車で送ってもらうって言ってたからもうすぐ来ると思うけど」
「愛梨とは久し振りだね。私も楽しみ」
「愛梨さん、勉強も頑張って、野球ではキャプテンになったって言ってたよ」
「そうなんだ! 愛梨はマイナー最後の夏だからね。紗友のおかげで更に気合い入ってるんじゃない?」
「ええっ、私は関係ないんじゃないかな」
そう言い合っていると、駅前に一台の車が入ってきて停まり、愛梨さんが降りてきた。由香さんと私が手を振ると、すぐさまこちらに駆け寄ってくる。
「由香さん~、紗友~、久し振りぃ~」
駆け寄ってくる素早さとは一転、ぽやっとゆったりした口調は相変わらずだ。
今日の愛梨さんは夏だった以前と違って、春のお人形さんみたいに豪華で綺麗。
愛梨さんと挨拶を交わした私は、同じ轍を踏まないよう、すぐに二人を紹介した。
由香さんと私、そして二人を見た愛梨さんはなんだか機嫌が良さそうだ。なんでだろう?
そして私達は駅前のそんなには多くない候補から、ドーナツ屋さんを選んで店内に入った。各自ドーナツと飲み物を手に座席へ。
そこからはもうお喋りタイムだ。
「二人はもう一桁の背番号貰えたの?」
尋ねる由香さん。
「正式なのは大会前に貰えるみたいですっ」
「あ、敬語とか無理に使わなくていいからね。紗友なんて私と愛梨に、さん付け以外の敬語使ってないんじゃないかな?」
「えっ、だって仲間には敬語使わないよ! 私だって相手は弁えてるんだからね!」
それを聞いた菜月と瑞季ちゃんは、我慢しようとしたけれど堪えきれずに笑っていた。
「ぷっ、あははっ、紗友は大物だねっ」
それから少しして場の空気も落ち着いたところで、瑞季ちゃんがおずおずと切り出した。
「あ、あの、由香さん、セカンドの守備で、訊きたいことがあって」
「いいよ。私に答えられることならなんでも」
そこから二人はセカンド談義に入った。残された私達は引き続き雑談である。
「愛梨さん、電話でも話したけど、こないだの菜月のホームラン、本当に綺麗な打球だったよ!」
「凄いねぇ~。愛梨は打ったことないよ~。菜月ちゃん、背が高いもんね~。羨ましいよ~」
「いやー、実戦で打ったのはあれが初めてだから嬉しかったっ。うち、パパとママ二人共背が高いから、まだまだ伸びる予定だよっ!」
「いいなあ。私は今の所高い方だけど、菜月程じゃないし、成長が早いだけだったらどうしよう……」
「身長は悩みどころだよねぇ~」
「あっそうだ、愛梨さん、あのスライダーどうやって覚えたの?」
「あれはコーチと一緒に夏中ずっと練習したんだよぉ~。私達って投げ込みするにしても球数投げちゃいけないから、時間掛かったぁ~」
「え、愛梨さんってスライダーも投げるのっ?」
「そうなの。菜月の場合左対左だから、アウトローからボールに消えていったり、当たると思って避けたらストライクになったりすると思うよ」
「そんな曲がり方するんだ……。凄いねっ!」
「頑張って覚えた決め球だからね~。でも紗友には二度目となると打たれそう~……」
「紗友、コーチとの真剣勝負も全部ヒットにしてたからねっ。愛梨さんには悪いけど期待しちゃう」
愛梨さんの地元、吉祥寺と違って大したものがないこの街では、皆おめかしをしているのについつい野球談義に花を咲かせてしまった。平日の放課後から始まったので、時間はあっという間に夕方と夜の境目くらいになった。
五人でちょっと慌ててお店を出る。あたりを見回すと、ちょっと駅から離れたところにうちの車と愛梨さんの家の車が並んで停車していて、お母さん同士が喋っていた。
「ごめんなさいお母さん! 遅くなっちゃった」
「その分皆で楽しめた? 次からは気を付けるのよ」
謝る私をお母さんが窘める。横で愛梨さんもお母さんと似たような会話をしていた。
先に出発する愛梨さんを四人で手を振って見送る。
「由香ちゃん、自転車折り畳める? もう暗いし危ないから送っていくわよ」
「あ、はい。すみません! すぐ畳んじゃいますね」
実は我が家の車は三人家族だけど大型のSUVなのだ。定員は六~七名。折り畳み自転車程度ならトランクに載せられる。車はお父さんの趣味なのだが、リトルの試合でお父さんが車を出す際は他の保護者に好評らしい。
まずは告げられた住所に由香さんを送って、改めてお別れをする。学校でいつも会っているが、こういうのは雰囲気が大事だ。
「由香さん、先に世界一になってね!」
「頑張るよ! 紗友達はマイナーで全国制覇狙ってね」
「うん、勿論だよ! じゃあまたね」
再び発進した車の中で、菜月に尋ねられた。
「リトル世界一の約束してるのっ?」
「うん、由香さんじゃなくて貴大くんっていうエースで四番だった人が言い始めたんだけどね。私がメジャーに上がるまでに世界一になって、私が来たら連覇しようって言ってくれたの」
「へえー、目標が大きいのはいいねっ。それ、私も是非参加させてよっ!」
「じゃ、じゃあ私は、その次の年、紗友さんやお姉ちゃん達と世界一になりたい、です」
「更に大きな目標になったね! それに向けて毎日頑張っていこう!」
お読み頂きありがとうございました。




