第031話 キャッチング
未だにセミが鳴いている九月頭の週末に、私は背番号一を渡された。とりあえずエースにはなれたよ。やったね!
残念ながら現時点で祐一が背番号二を勝ち取ることは出来なかった。だけど、来週、再来週の練習試合の成績次第では秋季大会でレギュラーと控えが入れ替わるかもしれない。有言実行を期待してるよ。
背番号に続いて、練習試合の相手も発表されたのだが、来週の土曜の相手はなんと愛梨さんがいる武蔵北だった。先発投手は当然私。相手の攻撃をシャットアウトしても、勝ち目があるかどうかといったところだね。でも初めての対外試合で、愛梨さんと投げ合えるのはなんだか嬉しいな。
私は期待に心躍らせながら練習に取り組んだ。そんな中、目についたのは向井コーチに指導を求める祐一の姿だった。向井コーチは大学までキャッチャー一筋でクリーンアップも打っていたらしいし、祐一にうってつけの指導者と言えるだろう。
直接指導を受けながら、バッティング練習では「祐一、バットの捌きが随分スムーズになったな!」と褒められ、キャッチャーの守備練習ではワンバウンドのストップや外から内へのキャッチングなど、基礎から高等技術まで熱心に教えられている。
午後の練習中に、私も向井コーチに呼ばれた。すぐに駆けつける。
「なんでしょうか?」
「ちょっと祐一にキャッチングのコツを教えたくてな。紗友はツーシームとカットボールを投げられるだろ? それをなるべくボールからストライクに投げてくれないか」
「ああ、バックドアとフロントドアですね! わかりました!」
祐一が熱心に観察する中、私は向井コーチを相手に右打者を想定して、内角のボールからストライクになるフロントドアと、外角のボールからストライクになるバックドアを投じた。
向井コーチは未だ衰えていない技術でそれを見事に外から内へ、ストライクになりやすいようキャッチしていた。手首とミットの使い方がキモなんだよね。
それを見た祐一は感動した様子で「俺にもやらせて下さい!」と言った。
キャッチャーが祐一に変わって数球投げるが、そう簡単にはコツを掴めないようだ。
「特に紗友が投げる時は、この技術が大事になるぞ。もう少し力を抜いて捕りに行くんだ。外から内へ巻き取るようにキャッチするイメージでな!」
更に十球ほど投げると「今のは良かったぞ! 続けてみよう」と興奮気味に言う向井コーチ。コーチも一球だけとはいえ、こんなに早く成功するとは思っていなかったのだろう。でも祐一はスポンジより吸収するんだよ!
その後も少し投球を続けると、祐一はあっという間に八割方見事なキャッチングが出来るようになった。
「センスいいな、祐一! これは中高生でも、いくら教えても出来ない子も少なくないんだが」
「ありがとうございます。向井コーチのおかげです!」
「そうだ、祐一ならこれも出来るだろう。紗友、低目にカーブを投げてくれないか」
向井コーチのやろうとすることを完全に理解した私は、きっちり低目の際どい高さにカーブを落とした。
「低目の変化球を、下から上に取るんだ。これは手首の返しで掬い取るイメージだな。祐一、やってみよう」
「はい!」
位置を入れ替わる二人。私は同じコースにカーブを再び投げる。最初こそ捕ってからミットを動かしてしまっていた祐一だったが、向井コーチに何度かアドバイスされて、十二球目にはしっかりとキャッチング出来るようになった。
「良いぞ! 低目は今の要領だ!」
するとそれからは、何度か失敗と成功を繰り返した後、大方成功するようになった。流石祐一だね!
それから、シートバッティングをする為に集合がかかり、祐一は素早く向井コーチにお礼を言って、準備に向かった。私はそれより少し遅れて向かおうとすると、向井コーチの横を通り過ぎる時に、思案顔でボソッと呟いたのが聞こえた。
「紗友が先発の時は祐一と組ませた方が良いかもな……」
「その通りです向井コーチ!」と口に出したくなるのを我慢して走る。実際に二人に投球を受けてもらって改めて比較すると、レギュラーのキャッチャーは捕手としての意識が足りない気がする。打撃が良い分許されているのだろうけれど、守備が大味なのだ。祐一ほどキャッチングの技術も良くないし、向上心も打撃に偏りがちだ。このままじゃレギュラーの座を奪われるか、打撃を活かす為にコンバートされるかもね。
今回は選手がピッチャー役だが、私は祐一の練習に付き合ってそれなりの球数を投げたので免除された。投げるのは四年生の二番手投手と三番手投手だ。
私の打順はレギュラー組の四番だった。祐一はサブ組とはいえ三番だ。期待されてるね、頑張れ!
シートバッティングの結果は、私は二打席一打数一安打二打点と相変わらず好調。といってもこれが平常運転なんだけれど。祐一はといえば、二打数二安打一打点と気を吐いた。
これでもう完全に、打てないキャッチャーの印象は返上だね!
その夜、前回遊んだ時に番号を交換した、愛梨さんの家に電話を掛けた。電話に出てくれた愛梨さんのお母さんに丁寧に挨拶をして、取り次いでもらう。
「紗友、もしかして練習試合のことぉ~?」
「うん! それと八月の終わりは遊べなかったから、愛梨さんと話したくて」
「嬉しい~、愛梨も紗友とお喋りしたかったよぉ~」
「良かった。そうだ、あれから話せてなかったけど、私新チームのエースになったよ!」
「おめでとう~。紗友なら絶対なれるって思ってたよぉ~。じゃあ来週は私達の投げ合いだねぇ~」
「うん! 練習試合とはいえ、良い試合にしようね!」
「だねぇ~。一点もやれなさそうだよぉ~」
「それは私も同じだよ!」
そんな風に練習試合の話をしてからも、色々な話をしていると長電話になってしまって、お互いお母さんに軽く怒られてしまった。でもそれすら私達二人の間では笑い話になる。電話を終えて、寝る支度をした。
来週はエースとして初の対外試合、頑張るよ!
お読み頂きありがとうございました。




