第030話 驚異の成長
投球練習をした次の日から、私はシートノックをピッチャーのポジションで受けるよう言われた。内野守備の練習もピッチャーとしてこなした。
当然ベースカバーやバックアップのプレイも完璧だ。前世で死ぬ程やっていたのだから。これできっと投手に内定したね!
エースになれるかどうかは他のピッチャーの出来次第だけど、それも夏が終わる頃には背番号という形で通達されるだろう。それに私がエースになれたとしても、控えピッチャー数人もレベルが高くなければ、大会を勝ち抜けないのは全国大会で思い知った。
今の四年生は五年生より人数が少ないし、五年生が主力だったこともあって経験も少ない。不安だなあ。
そういえば祐一は、入団したての頃こそボールや体感速度などの違いに苦労していたものの、日々の練習で習熟していき、五年生が抜けた今では二番手捕手としてレギュラーのキャッチャーに次ぐ存在になっている。打撃がもっと良くなればレギュラーになれる可能性も充分にある。
そんな祐一が私に話しかけてきたのは、フリーバッティングの順番待ちをしている際だった。
「ねえ紗友、バッティングで思うように打球が上がらないんだけど、どうすれば飛ばせるようになるかな?」
「軟式と違ってスピンが大事だからね。振り下ろす時には気持ちボールの下にバットを入れるイメージで、そこからレベルスイングで右手を押し込む感じかな」
「ありがとう、やってみるよ」
「あくまで私の感覚だから、祐一にしっくりくるかはわからないけど」
「うん、わかってる」
すると前の選手が打ち終えて、祐一の順番になった。早速打ち方を試しているようだ。一球ごとに打席でぶつぶつ呟きながら、バットの軌道を確かめるようにゆっくり素振りをしている。数球試行錯誤した後「よし」と言った祐一が一振りすると、真芯で捉えた打球が左中間に飛んだ。嬉しそうにこちらを見る祐一。
「紗友、今の見てた?」
「うん、今の感じを忘れないようにしてれば打てると思うよ!」
「やった、ありがとう」
そう言った祐一は、その後も若干のミスショットこそあったものの、芯で捉えた打球がいい角度で飛ぶようになった。打撃開眼だね! この調子で頑張って欲しいな。
祐一が打ち終えると、私の番だ。最初の数球をセンター前にきっちり弾き返すと、次はレフト線、左中間、右中間、ライト線と、長打コースだけを狙って順番に打っていった。こういうことが出来るからマシンを使ったバッティング練習は楽しいね。ピッチャーが投げるボールでも出来ない訳じゃないけど、簡単にフォームとスイング、そしてそこから放たれる打球を確かめられる点は大きいよ。そこまで意識しているのは、ここでは私だけかもしれないけど。
最後の一球だけホームラン狙いで打ってみたけれど、やはりまだパワー不足で、途中で失速した打球は角度が付いている分レフトの守備範囲内だった。もっと大きくならなきゃだね!
その次の日には二チームに別れての実戦形式の練習があった。だが私はというと、一方のチームの四番ショートとして出場している。西出コーチが私にだけこっそり教えてくれたのだが、他の投手を実戦に限りなく近い状態で試したいのだそうだ。
それを知った私は、練習とはいえ初の四番を任されたこともあり打ちまくった。全体の結果を言うと打撃戦になり、登板した両チーム合わせて五人の投手はといえば、皆それなりに失点してしまっていた。
うーん、投手の層が心配だね……。
そんな中で、コーチ陣の目を引いたのが祐一だった。それまでは、守備は良いが打てないキャッチャーという印象を持たれていたであろう祐一が、三安打を放ったのだ。そのうちタイムリーが一本と長打が一本。これでキャッチャーのポジションは本格的な競争になるはず。
そうして合宿は終わった。これからは土日の練習と練習試合を経て、秋季大会に臨むことになる。一体どこまで勝ち進めるだろう。期待と不安が綯い交ぜになった心境の私だ。
さて、夏休みも終盤に差し掛かり、私は由香さんに連絡してもう一度だけ愛梨さんと三人で遊べないか尋ねたのだが、愛梨さんは夏休みの宿題を全く進めていなくて、現在そのツケを払っている最中らしかった。
それは仕方ないね、と苦笑いをし合って電話を終えた。するとインターホンが鳴り、お母さんが応答すると祐一だった。なんだろうと思いながら急いで玄関を開けると、祐一はバットを持っていた。
「素振りしたいんだけど、紗友にフォーム見てもらった方が良いと思って。いいかな?」
「いいよ! ちょっと待ってね、私もバット持ってくるから」
そう言って私は部屋に向かい、いつも綺麗にしている野球道具の中からバットをケースから取り出して引き返した。足下は祐一と同じくアップシューズだ。
「じゃあ公園に行こっか」
私の提案で近所の公園に向かう。六歳の頃祐一とキャッチボールをしたのもここだった。懐かしいな。そんな私達が今では同じチームで野球をやっているのだから幸せなことだと思う。
「まずは普通に振ってみて」
言うと、祐一はスタンスを取ってバットを構え、一振りする。うーん、小三としてはそんなに悪くないと思うけど、確かに修正すべき箇所はあるね。
「私がバットの先でボールのコースを示すから、そのコースに来たボールを打つつもりでスイングしてみて」
そして私はバットの先端を、スイングしてもぶつからない程度の距離から、色んなコースを想定して出した。そうするとさっきまでより顕著に見えてきたことがある。
「祐一、インハイの真っ直ぐ、打てないでしょ」
「うっ、確かに苦手だ……。合宿の最後は三本打てたけど、打ったのは全部甘い球だったし」
「インハイが苦手っていうことは、無駄なく振れてないってことだね。祐一の場合はミートポイントまで最短距離でバットを出せてないんだよ」
「うん。それはわかる」
「つまりトップからスイングする時の、脇の締まりだったりグリップエンドの使い方だったり、あとは腰を中心にした上半身と下半身の連動とかに、余分な動作が入っちゃってるってこと。ちょっと私がゆっくり大袈裟に、分かりやすく振ってみるね」
そう言って私は、一度目は祐一のスイングの欠点を大袈裟にした振りを、二度目は私なりに無駄のない振りをゆっくりと見せた。
「なるほど……」
「えっ、やっといてなんだけど、一度見ただけで分かった? 直せそう?」
「紗友の再現が分かりやすかったから、意識すれば直せると思うんだ。ちょっと見てて」
祐一はゆっくり身体に馴染ませるように、数回綺麗な無駄のないスイングをすると「うん」と頷いた。そして力を入れてスイングする。バットの軌道は綺麗に最短距離を回っていた。
スポンジもびっくりの吸収力だよ! コーチ、是非祐一をレギュラーにして下さい!
「ちゃんと出来てるよ……! 祐一凄い!」
そんな私の思いと感動を知ってか知らずか、そこからも祐一は、カーブ打ちの時に強い打球を飛ばす方法とか、チェンジアップの上手い打ち方とか、あれこれ私に尋ねてきた。
その飲み込みの良さに、私もついつい指導に熱が入ってしまい、お昼過ぎに始めたのにあっという間に夕方の放送が聞こえてきた。
「もうこんな時間なんだね。帰ろう」
「紗友、色々とありがとう。俺、結果出してレギュラーになるから」
「頼もしいね。打撃も守備も期待してるよ!」
二人でそんな会話を交わしながら家に帰ったのだった。
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