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第026話 お買い物と真美ちゃんのお家

 翌日の決勝戦は、準決勝の武蔵北戦のように投手戦にはならなかった。こちらは二番手投手と四番手投手の継投だから仕方ないだろう。エースの貴大くんが飛び抜けているだけで、彼らが悪い訳ではない。しかしこちらも準決勝で愛梨さんという凄いピッチャーと戦って勝ったおかげか、打線が爆発した。打撃戦で常にリードを守り、結果的には八対四で勝利を収め、私達は東京大会優勝の栄誉に輝いた。


 これで夏休みには全国大会に進出することになった。全国大会で私とチームはどこまで通用するだろう。楽しみだな!


 更には夏合宿もあるし、野球面では充実した夏になることは間違いない。私が頭を抱えているのは由香さんと愛梨さんの二人と遊びに行く際の服装だ。こんな時だけは、豪邸のだだっ広いウォークインクローゼットに大量の有名ブランドの私服とオーダーメイドスーツを持っていた前世が、我が事ながら羨ましい。鳴沢恵吾はストイックではあったが、ファッションを解し、好む人間でもあったのだ。


 しかしそんな私でも小学生女子のファッションはちんぷんかんぷん。まずはお母さんに相談しよう。

 平日、学校から帰ってきた私はお母さんに話し掛ける。


「ただいま、お母さん。ちょっと相談があるんだけど……」


「相談? 珍しいわね。どうしたの?」


「由香さんと愛梨さん――あっ、愛梨さんっていうのは準決勝で戦った相手のエースね――と今度遊びに行くんだけど、その時着られる可愛くて私に似合う服が欲しいの!」


 一気にまくし立てる私に、お母さんはワンテンポ空けて微笑んでくれた。


「なんだ、紗友もお洒落に興味あるのね。安心したわ。実はお父さんと二人で心配してたのよ。そういうことなら、今から買いに行きましょう!」


「えっ、今から? いいの?」


「いいに決まってるじゃない! せっかく紗友が興味を持ってくれたんだから、お母さん張り切っちゃうわよ!」


 そして連れて行ってもらったのは、電車で数駅先の大きな街にある有名百貨店だった。お母さん、ありがたいけど一気に気合い入れすぎじゃ……。


 ああでもないこうでもないとチョイスに気合いを入れるお母さん。一方私は不安で仕方ない。ああは言ったものの、私に似合う可愛い服なんてあるのだろうか。


 そして、色んなブランドのお店を見て回って、最後に辿り着いたのは音楽記号の名前のお店だった。お母さんが「これね!」と言って私に試着を勧めてくる。言われるがまま試着室で着替えて、扉を開ける。


「いいじゃない! 似合ってるわよ」


 そう言われて私も改めて鏡を見る。

 トップスは白をベースに、襟元にネックレスに見えるように可愛い柄があり、その左端にはワンポイントのリボンが付いているTシャツ。下は左右の太もも部分に小さい銀色のリボンが刺繍された、裾がフリルになってやや広がっているデニムのショートパンツ。


「可愛い……! でも本当に似合ってる?」


 それでもまだ確認してしまう私。すると綺麗な大人といった感じの店員さんがやって来て言う。


「流石お母様ですね。お嬢様の健康的な可愛らしさを引き出している、素敵なコーディネイトだと思います。よろしければこちらのトップスも試着してみませんか?」


 差し出してきたのは、ボーダータンクトップとその上に重ね着する、透けてタンクトップが見えるようになっている大きめのドットが沢山あって、左胸の上と、右の胸とお腹の中間くらいの二箇所に大小のリボンが付いたTシャツだった。


 試着室で今度は上だけ着替える。

 扉を開けるとお母さんの第一声は「こっちも似合うわねぇ」だった。

 着る時に気付いたのだが、袖は肩より先で開いた両端を綺麗に結んである。


「これも可愛いなあ! でも私が着て変じゃないかな?」


「大丈夫、どっちも似合ってるわよ!」


「ええ、とても良くお似合いですよ」


 私は試着室で元の服に着替えながら、トップスはどちらを買ってもらうかなあと悩んでいた。しかし、試着室を出てお母さんに試着した服を三点持ってもらうと、お母さんはそのまま店員さんに渡して「この三つ買います」と告げていた。


「ありがとうございます。お包み致しますので少々お待ち下さい」と店員さんが言う。


「お母さん、両方買ってもらっていいの? ありがとう!」


「紗友はどっちも気に入ってたみたいだし、今まで可愛い服なんて買ってこなかったんだからこれくらいいいのよ」


 お会計のレジを見ると、三万円近かった。すぐに成長しちゃう子供の服なのに……。高級子供服、恐るべしだよ!

 更にお母さんは「靴も洋服に合うのを履かないとねえ」と言って、靴も買ってくれた。


 お母さんにはこれらも含めた恩をプロ入りして返すんだ! 改めてそう誓った私だった。


 こうして心配していた服の問題は解決したのだった。ちょっと気合いが入りすぎていると思わなくもないけれど。


 その日の夜にはお母さんに促されて、お父さんへのお披露目が行われた。お父さんはお洒落な服を着た私を見て、とても嬉しそうにしていた。


 翌日、とてもじゃないが、昨日買った洋服は普段着にするには勿体無いので、私はいつも通りの格好で登校した。皆に元気よく挨拶をして、沢山の「おはよう」を返してもらいながら自分の席へ。


 隣の席から真美ちゃんが挨拶してくれる。その服装は普段から、昨日私がお店で見たような凝ったデザインの可愛らしいものだ。


「真美ちゃんは今日も可愛いね」


 私が素直にそう言うと、真美ちゃんは真っ赤になって慌てる。


「えっ、なにっ、急にどうしたの紗友ちゃん?」


 そこで私は昨日洋服を買いに行った話をした。すると真美ちゃんは思わぬ食いつきを見せた。


「今日学校が終わったら、その服に着替えてからうちに遊びに来ない?」


「うん、じゃあお邪魔するね。だけど、真美ちゃんみたいに似合ってはいないよ、私は」


 ごく自然に着こなしている真美ちゃんを見ると、急に自信が無くなってきた私だった。そんな私を励ますように真美ちゃんが言う。


「普段かっこいい紗友ちゃんが、可愛い服を着て恥ずかしそうにしてるのがいいんだよぅ。それに絶対似合ってるって!」


 やっぱり普段の私は可愛くないのか……まあ仕方ないよね、と密かに落ち込むのだった。


 今日の授業が終わり、校門前で真美ちゃんと別れて帰った。早速お母さんに成り行きを伝える。するとお母さんはまた気合いを入れて、私が着替えた後にヘアスタイルをセットしてくれた。普段は寝癖を自分で直しているだけのショートボブは、お母さんの手によって立体感と女の子らしい丸みのある可愛らしい髪型になった。


 買ってもらったばかりの、ベロアの太いシューレースが可愛らしいハイカットスニーカーを履く。


「心配だから車で送っていくわよ」


「え、大丈夫だよそんな。近く……はないけど遠いわけでもないし歩いていけるよ」


「そんな可愛い格好して歩かせたら心配なのよ。乗っていきなさい」


「わかったよ、ありがとう」


 そうして私はお母さんの車で真美ちゃんの家まですぐ辿り着いた。立派な一軒家だ。お母さんがインターホンを押して挨拶をすると、やがて玄関のドアが開けられて、真美ちゃんと真美ちゃんのお母さんが並んで出迎えてくれた。


 大人同士改めて挨拶を交わすのが落ち着いたところで、私は真美ちゃんのお母さんにリトル仕込みの礼儀作法で、だけどいつもよりは大人しめに挨拶をした。


「こんなにきっちり挨拶が出来るなんて、本当にしっかりしてますね紗友ちゃんは。真美にも見習って欲しいくらいです。永嶺さんもよければ上がっていきませんか?」


「いえ、せっかくですが私は家に用事を残してきたので。夕方には紗友を迎えに来ますので、それまですみませんがお願いします」


 そう言ってうちのお母さんが帰ると、真美ちゃんがようやく言葉を発した。


「紗友ちゃんすっごく可愛いよ! 本当に似合ってる!」


「そうかな? でも真美ちゃんに言われると自信になるね。ありがとう」


「あら、普段はそういうお洋服、着てないの?」


 真美ちゃんのお母さんに尋ねられて、私はハキハキと返答する。


「私、リトルリーグで野球をやっているのもあって、普段は動きやすい服ばかりなんです」


「真美から聞いてはいたけど、勿体無いわねえ。さ、どうぞ上がってね」


 その後は真美ちゃんの部屋に通されて、真美ちゃんのお母さんが淹れてくれた優しくて飲みやすい味のハーブティーと、高そうなケーキを頂いた。ケーキは季節のフルーツが沢山使われていて、とても美味しかった。


 私が先日の試合の話をすると、真美ちゃんは食い入るように聞いてくれて、それが終わったら、別の部屋で真美ちゃんとお母さんがピアノとヴァイオリンの共演をしてくれた。私はついつい聴き入ってしまった。それ程に上手いのだ。真美ちゃんってお嬢様っぽいとかじゃなくて、本当のお嬢様だね。私は認識を修正することとなった。


 それからは二人で学校のことなど、お喋りをしていると、楽しい時間はあっという間に過ぎて夕方となり、お母さんが迎えに来てくれた。帰り際、玄関で真美ちゃんが言う。


「また遊びに来てね、紗友ちゃん!」


「うん、ありがとう真美ちゃん。楽しかったよ、またね!」


 そう言って別れたが、後日、夏休みにお誘いの電話を受けて、うっかりいつもの服装で遊びに行ったら、真美ちゃんのお母さんにとても驚かれたのはまた別の話だ。


 でもこれで由香さんと愛梨さんと遊ぶ時も大丈夫だね!

 二人共、可愛い私をご覧あれ!


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