第019話 面談
アクセス、ブクマ、評価、感想などありがとうございます。励みになっております。
本作の登場人物は主人公の紗友を筆頭にプロ志向、硬式志向が強いです。その為軟式野球を軽視しがちな面がありますが、筆者はどちらも大切だと思っています。
日曜日、午後に試合を控えた十時頃。フリーバッティングをしている最中に、若いコーチに呼ばれた。
「紗友、今から相原さんの家に行くよ。準備して」
「はいっ!」
相原とは勿論、祐一とそのお兄さんである宏太くんの苗字だ。コーチについていって、シニアの投手を指導しているコーチと合流して車に乗る。
「はじめまして、おはようございます! リトルの永嶺紗友です。よろしくお願いします!」
シニアのコーチに元気よく挨拶する。
すると笑顔で言われた。
「佐藤だ、よろしく! リトルのマイナーに凄い野球センスの女の子が入ったって聞いてるよ。シニアでも活躍してくれ!」
「はい、頑張ります!」
「では行きましょう、佐藤さん」
「頼むよ。君と紗友まで来てもらって済まないね、西出くん」
運転するのは私達マイナー世代のコーチを務める西出コーチだった。
「祐一のことを西出コーチに相談したのは私ですし、少しでも役に立ちたいです」
「そうかそうか。確かに宏太が怪我したからって、やる気のある弟の祐一くんには軟式を強いるってのも可哀想だしな。無論宏太が怪我をする前に止められなかった俺が悪いんだが」
「佐藤コーチはスライダーを投げるのを止めてたって聞いてます。その後休ませてからフォーム修正をしようとしてたことも。試合で本人が投げてしまうのは、交代以外止めようがないし仕方ないと思います」
「……なんだ、紗友は小三とは思えないな。まるで我々と同じ大人みたいだ。よく言われないか?」
「いえ、そんなことないです」
「いやいや、紗友は学校の成績も良いって聞いてますし、いわゆる野球脳も凄いですし、理解力もあって話もちゃんと出来ます。私なんかは高校生くらいだと思って接してるほどですよ」
西出コーチにそう言われてしまった。でも私、前世では三十路前だったんだけど、高校生くらいかぁ。まあこの姿じゃ仕方ないよね! それに若い方がいいや。
「じゃあ今のも謙遜か! とんでもない子だな。西出くんは将来を楽しみにしてるんじゃないか?」
「ええ、五年生の由香といい紗友といい、あと十年すれば女子プロになっていても驚きませんよ」
「本当ですか、コーチ! 私、プロになりたいんです」
「小三くらいだと、プロになりたいって言う子は結構いるけど、その口振りだと紗友は本物なんだろう、西出くん?」
「ええ、このまま怪我なく元気にやってくれれば、高校での活躍次第では高卒で女子プロのドラフトで指名されますね。それほどの逸材だと思ってますよ。由香も勿論負けてないですが」
「ありがとうございます! これからも怪我に気を付けて頑張ります!」
相原家行きの車中では何故かコーチ二人から私が褒められていた。特に西出コーチの言葉は嬉しい。いつも冷静で丁寧に指導してくれる西出コーチが私のことをそんな風に思ってくれていたなんて。由香さんと私がプロ入りすれば春日野東リトルシニアに更に箔が付くよね!
私が少々うっとりしていると、やがて車が止まり、相原家の前に着いた。
あっ、駄目だ駄目だ。気持ちを引き締めないと。そう思って頬をピシャリと両手で叩いた。
三人で車を降りて、佐藤コーチがインターホンを押して挨拶を交わすと、家に上げてもらえた。
リビングに通されて、祐一のお母さんがよく冷えた麦茶を出してくれた。一口だけ頂いて落ち着く。
「すぐに夫も来ますので」
おばさんがそう言うと、すぐにパタパタと足音が聞こえて、祐一のお父さんもやってきた。
テーブルを挟んで向かい合うと、おじさんが言う。
「紗友ちゃんじゃないか。どうして一緒に来たんだい?」
「祐一くんのことです」
私がそれだけ言うと、コーチが後を引き継いだ。
「まず、宏太くんの怪我の件ですが、改めて謝罪させて頂きます。我々の監督不行き届きでした。誠に申し訳ありません」
佐藤コーチが丁寧な口調で頭を下げる。下げ続けたままだ。
見兼ねたおじさんが慌てて言う。
「佐藤さん、とりあえず顔を上げて下さい。幸い関節ねずみじゃなく、内側でしたから、四週間ノースローで治療をしっかり受ければいいと聞いてます」
「いえ、それでも大事な息子さんに四週間の怪我をさせてしまったことには変わりませんので、こうして改めて伺わせて頂きました。後で宏太くんとも話す時間を頂けませんか?」
「それは構いませんが……」
「では私からのお話を聞いて頂けますでしょうか?」
西出コーチが切り出す。
「はい。一体なんでしょうか、西出さん」
「実は紗友から聞いたのですが、祐一くんは学童野球を続けるよりも硬式野球を早く始めたいと言っているようなんですね。学童野球では三年生ながら三、四年生チームのキャプテンでキャッチャーを務めていると聞きますし、本人が本気でやりたいならば、宏太くんと同様歓迎したいと思いまして」
「西出さん、さっきは佐藤さんにああ言いはしましたがね。私にはやっぱり成長期に硬式球を扱うのは危険が高く思えてきたんですよ。何も指導者の皆さんにケチを付けるわけではないですけど。やはり息子が怪我をしてしまってはね……」
「でもおじさん、私は祐一くんと同い年の女子だけど、低学年のティーボール時代から今まで、怪我は一度もしてないですよ? コーチ達はいつも正しいフォームを教えてくれるし、そもそも指導者の数と体制からして、私は春日野東の方が安全だと思います」
「でもうちの宏太は現に怪我をしてしまったんだよ、紗友ちゃん」
「それは……」
ちょっとその先は切り出し辛い。お宅のお子さんのせいです、とは言い難いよね。
コーチ二人と私がちょっと発言出来ずにいると、リビングのドアが開いて宏太くんが入ってきた。その目はちょっと潤んでいる。どうやらドアの奥で話を聞いていたみたいだ。
「父さん、ごめん! 俺の怪我は自分のせいなんだ。佐藤コーチはずっと、スライダーを投げ始めてフォームが狂い出してるからって止めてくれてたんだ。それで下がった肘のフォーム修正もしてくれるって言ってたのに、俺が試合でまたスライダーを沢山投げて……。それで肘を痛めたんだ」
「宏太……」
おじさんが驚いた様子で宏太くんの話を聞いている。
「だから、祐一がリトルでやりたいならやらせてあげて。俺、学童野球からシニアに入ったけど、最初は周りの皆の方が硬式慣れしてて上手くて、正直かなり苦労した。紗友ちゃんが言ったようにコーチの指導も的確で、そのおかげで俺は二番手とはいえピッチャーになれたし、今回の怪我もコーチの言った通りにしてれば防げたんだ。祐一は俺と違って素直だからちゃんと指導を聞いて、怪我なんてしない良い選手になるよ」
宏太くんはおじさんに涙ながらに思いをぶつけてくれた。
おじさんはしばし考え込んだ末に告げた。
「わかった。私も考えを改めよう。そして宏太、今度からコーチの教えは絶対に守ること。まずは今ここで佐藤さんに謝りなさい」
「うん。佐藤コーチ、すみませんでした! 復帰したらフォームの修正からまたお願いします!」
「そんな、いいんだよ宏太。チームの皆も待ってるから、まずはゆっくり休んで治療を受けることを優先するんだよ」
宏太くんが真相を自ら明らかにしてくれたおかげで、祐一の入団に追い風が吹いたんじゃないかな。
「おじさん、じゃあ祐一くんと一緒のチームで野球出来るかな?」
「そうだね。祐一も控え目ながら何度も私に言ってきていたし、学童野球は辞めて、春日野東リトルでお世話になることにしよう。西出コーチ、祐一をよろしくお願いします」
「勿論歓迎しますよ。責任を持って指導させて頂きます。こちらこそこれからよろしくお願いしますね」
その後すぐに、祐一はお父さんに連れられて学童野球のチームに事情説明と別離の挨拶に行った。新たな挑戦を応援されて、快く送り出されたらしい。これは相原家と我が家の両親同士で情報を共有し合った私のお母さんから、後になって聞いた。
こうして、祐一は来週の土曜日から春日野東リトルに入団することになったのだった。
一緒にプレイするのは六歳の時のキャッチボール以来だね。今からもう楽しみだよ!
お読み頂きありがとうございました。
読者の皆様もご承知かとは思いますが、念の為補足を。
この物語はフィクションである為、春日野東リトルシニアが理想的に描かれていますが、現実は残念ながら結構世知辛いことがままあります。勿論そうではないチームも多くあります。
そういったことはどこでも、なんでも同じですね。




