第40話 対面
「ふぅ……なかなかの出来じゃ」
ようやく満足できる一枚が完成した。
収納内にある額に収めて織物で包む。
少しでも魔王の関心をひければよいのじゃが……
「なんかラオ、目的変ってない?」
「いや、なんかこのまんまじゃとこちらばかりが感心させられて悔しい」
「……やっぱり変わってる……」
「先ほどの書は素晴らしい物でしたから、きっと気に入られますよ」
ちょうど作品が完成したときに部屋の扉がノックされる。
「お待たせいたしました。魔王様がお会いになられます」
「わかりました」
手土産は収納から出すと揉めそうなので、中を改めてもらってそのまま手に持って運ぶことにした。
執事から小さく、ほぉ……と感心したそぶりを得られたので少し気分がいい。
文字自体は分からずとも、ワシの渾身の一筆から何かを感じてもらえたのなら嬉しい。
出来ることなら魔王もそういった感性を持っていてほしいと願う。
執事について少しだけ廊下を歩くと、一段と立派な扉が現れる。
いくつか魔力の揺らぎを感じたので、もしかしたら特別な方法でないとこの場には来られないようになっているのかもしれない。
転移可能であればいいのだが……
「申し訳ございませんが、魔王様が来られる前はこちらにて礼をとってお顔をあげませんようにお願いします。他国の方でも、ここは魔王様の国でございますので重ねてよろしくお願いいたします」
郷に入っては郷に従え、わしはその言葉に従うことにする。
「魔王様、ご入室!」
「!?」
顔は伏せたままだがはっきりとわかる。
圧倒的な魔力量を持つ何かが突然現れた、室内にいるすべての魔人たちがその魔力を受けて我慢はしているが手先などは震えている。
「ほう……少し悪戯をしたのだが……動じんのか……」
その声は、男のようで、女のようで、老人のようで幼児のような、なんともわからない声だった。
背後で3人が冷や汗をかいているのがわかる。
「よい、面を上げよ。許す」
意識してはいなかったが、どうやら体の動きを封じる働きがあったようだ。
急に体が軽くなってわしは顔を上げることが出来た。
そして、その場に佇む魔王の姿に少なからず驚かされた……
「な……神……」
「ふむ、ラオと言ったか。余の姿を見て『神』とは……
そうか、『奴』と面識があるのか……なるほどなるほど……」
魔王の瞳がわしを覗き込むように探っている。
明らかにわしの内面まで見ているなこれは……
抵抗も無意味、キースめ、まさかここまで規格外とは思わなかったぞ、何とかなるなんて思っていた自分を殺してやりたい。
圧倒的、まさにその一言に尽きる。
「そんなに身構えるな、今すぐどうこうすることは無いし、余自身が何かすることは今のところない」
「はっ」
「なるほど、相変わらず奴はめんどくさがりやじゃな……
余と同じように中に入って楽しめばいい物を。
さて、ラオとやら、今日の用向きはなんじゃ?」
「まずはかように素晴らしい物を見せていただいたお礼に、稚拙ながら我が書を魔王様にお見せしたく思っております」
「ほう……暇つぶしに創り描いたものじゃが、解ってもらえるのは嬉しく思う。
見せて見よ」
ワシは書を包む布をほどき作品を魔王へと見せる。
天時不如地利 地利不如人和 (天の時は地の利に如かず 地の利は人の和に如かず)
前の世界の有名な孟子の残した言葉、月影として動くときにいつも心に置いていた言葉じゃ。
「ほう……この世界の文字ではないが……良い物じゃな……
力強く、それでいて柔らかく、真っ白なキャンパスに黒一色で世界を描いている」
想像以上に気に入ってくれたようで賛辞の言葉がこそばゆい、しかし、喜ばしい。
「ラオと言ったな。良き物を得ることは余の喜びの一つじゃ。
神の陣営として我らとの戦いに挑むのであろうが、このような物を創る者を失うことは哀しいな」
背筋が寒くなる。
魔王がわしを害する言葉を放つだけで命を、魔王が息を吹けば簡単に消える命を握られているような気持ちになる。
しかし……
「神の陣営……とは何ですか?」
「おかしなことを申すな、お主は神の送り込んできた『勇者』ではないのか?」
「……いえ……特にそのような役目を負ったつもりは、無いのですが……」
「ん……? なるほど、確かに勇者ではない、転生者ではあるようだし、桁外れな力を持っているが、特にロールを与えられておらぬな……
神は何と言っていたのじゃ?」
「好きに生きよ。ただそれだけです」
「くっ……くくくく……かーーーーっはっはっはっはっは!!
あ奴め、本当に気まぐれだけか! 確かに圧倒的な盤面になりかけておったが、切り札は使わずに乱しに来たのか? いや、ただ何となくやっただけなんじゃろうな!
まったく、本当に奴は悪運が強い!」
訳が分からない。
「いやいや、すまんすまん。こちらが勝手に早とちりしたようじゃ。
そうじゃな、ラオ以外は耳を閉じよ。
これで二人で話せるな」
周囲を見ると、まるで死んでいるかのようにわし以外の全ての物が止まっている。
「これは……」
「ああ、気にするな。余が解けば元通りじゃ。
それよりもラオ、どうせ奴は何も教えておらんのだろうから簡単に説明してやる。
この世界はな、神であるミラと余とのゲーム盤のようなものなのじゃ。
余は魔族を、ミラは人族を使ってこの世界をより面白いものにする。
もちろん相手を滅ぼして早々に終わらせてもいい、最終的に繁栄させて栄華を極めてもいい、何にせよ相手が負けたと思えばそこで終わり。そんなゲームをしておるんじゃ。
余は魔王としてここにいるが、基本的には何もしない。
全て魔人たちが決めている。せっかくだからゲーム盤の中から様子を見ているに過ぎない。
暇なので絵を書いたり像を彫ったりしているが、その程度のことしかしないようにしておるんじゃよ」
「それは……何とも壮大な……」
「そう、時間もかかるし基本的には見ているだけ、そんな中、魔人の中にも変わり者が生まれるようでな人族を飼いならして積極的に勝利へと導く者が出てきてな。またそのやり方がまどろっこしいことこの上ないが、確実に成果を出しておって。死ぬほど退屈だろうが、あと1000年もすれば我らの勝ちは揺るぎないものになっておったはずじゃ。それに気がついたミラが使用したのがラオ、お主じゃ」
「しかし、私は特に使命もなく好き勝手やっただけなんですが……」
「それでいいんじゃよ、飼いならされた人間以外の外の因子が入るなんてイレギュラーは、参謀の奴にとっては考えることも出来ない出来事になる。それだけで結果として目論見を打破され、魔人との対抗意識を人族に植え付けることが出来た。まんまとミラの思惑通りになってしまったんじゃよ。
あいつは言って見れば天才の類でな、理由もわかっていないのに最善の手を打ったりする。
じゃから、面白いんだがな」
「はぁ……」
「それに余は折角用意した盤面の極極一地方だけで終わるのはもったいないと思っている。
お主も見たじゃろ? ダンジョンの地下に住む圧倒的な存在、あんなものがごみに見えるような存在が外の世界にはゴロゴロ転がっておる。余は人族も魔族もそこに挑んで高みに昇っていく姿を見るのが楽しみなのじゃ、そこにはお主のような存在が必要なんじゃ」
「私みたいな存在」
「くくく、隠せていると思っているのか?
お主、笑っておるぞ。外の世界未知なる強敵、そういった言葉に心躍っているんじゃろ?」
「……正直に申して、今すぐにでもその場に行きたいぐらいです」
「カーッカッカッカ! 正直でよろしい。
ふむ、やはりお主は余の想像通りの人間じゃな。
そんな人物が生まれるのを待っておったのじゃが、外から訪れねばならんのか……
余の人形をそなたにつける。せいぜい面白い人生を送れラオよ!
余が許す!!」
その瞬間、王座の間に時間が取り戻される。
そしていつの間にか魔王の隣には人が立っていた。
「ラオよ、余、ヴェラメスの名においてお主の自由を保障する。
さらにこのアンジーをお主に与える。自由にするがよい」
その人物は……アルテス様によく似た女性の魔人……たぶん魔王の娘的な存在なんだろう。
正直、心の臓が高鳴ることを抑えられなかった。
「それでは、一行の旅に幸あれ」
ふっ……と巨大な存在感がその場から消えた。
一人残されたアンジーは、音もなくわしの横に並び立つ。
「アンジーと申します。魔王様の命によりこの命尽きるまでラオ様と共に歩みます」
「ちょ、ちょ、ちょっと、ラオ!! 何が起きたのよ!!」
突然の美女の登場にミカエラも動揺を隠せていない。
周囲の魔人たちも動揺が広がっている。
「とりあえず、落ち着ける場所へといこう。
話さなければならんことが山ほどある」
混乱が収まりそうもない場からわしらは退出させてもらう。
魔王直々に自由を与えられてしまった我々を、どうにもできない魔人たちの混乱した視線に送られて、王座の間を後にした。




