第39話 魔王の趣
魔王城。魔人たちの世界の観光地や美術品には目を見張るものが多く、大変趣深い。
魔王城も例外では無かった。
威厳、清廉、そして魔王の威光を損なうことのない素晴らしい芸術品と言っていい建築物だ。
「……息を飲むな、これは……」
巨大な岩山を背後にその手前には王城を移す美しい湖面、そこに渡された橋や周囲の木々、花々、その全てが計算されており、魔王城をそのまま額縁に嵌めてしまいたくなるほどの美しさだ。
「人間の城がみすぼらしく見えちゃうわね……」
「魔王様の一つの趣味みたいなものですからね、巨大なこの一面が、人で言う盆栽みたいなものなのですよ」
「なるほど……」
強大な魔力を利用すれば地形を変化させたり木々を移植したりもそんなに大変ではないだろう。
……いいことを聞いた。
「さて……それでは向かおうか」
町から続く橋への道を馬車を進ませていく。城へと至る道も魔王の趣向が凝らされているようで、建築様式から全ての配置が計算されている気がする。
馬車を操るガルアも周囲を感心しながらゆっくりと道を進んでいるようだ。
端に差し掛かると衛兵がわしたちを迎えてくれた。
「ようこそ魔王城へ、ここからは我らの用意した馬車でお送りいたします」
対応は丁寧だが、ありありとわし達への警戒心と、なによりキースへの敵対心が隠しきれていない。
主にこめかみ当たりのひくつきで理解できてしまう。
キース自身は何食わぬ顔でそれを受け流しているんだから余計に腹が立つんじゃろう、顔色まで変わってきておる。
それでもプロとして馬車の戸を閉めて送り出す姿勢に変化を出さなかったのは見事の一言だった。
見えなくなってからちょっと気配を探ったらこれでもかというほど地団駄を踏んで悔しがっていた。
キースものぞき見していたようで、人の悪い笑みを浮かべておった。
馬車が王城の前につくと音もなく城門が開かれていく。
王城を守る最後の城壁の内部も、それは見事な庭になっていた。
「綺麗……」
「魔王とやらは良い趣味をしておるな」
「なんていうか、きらびやかな綺麗さだけじゃなくて、落ち着きがあるって言うか……」
「ガルア、こういうのは侘び寂びというのじゃ」
言ってから気がついたが、確かに魔王が手掛けたとされた場所は、なんというか和風な趣を感じる。
こっちの世界に来てから中世ヨーロッパ風の雰囲気以外の気配を感じたのは初めてじゃ。
「キース、魔王とはどんな人物なのじゃ?」
「うーん……魔人の始祖たる存在で、気分屋で姿かたちでさえもコロコロと変えて、気分屋で遊び感覚で部下を半殺しにしたりするけど、急に優しくなったりとにかく気分屋です」
「ああ、うん。気分屋なのは分かった」
よくわからなかった。
王城へと通じる扉が開かれると、見事な赤絨毯、その両側を飾るのは過度に華麗ではなく控えめで、それでいて上品な調度品や絵画の数々、どれも見事の一言に尽きる。
『内心喧嘩腰で来たんじゃが、わしは魔王に興味がわいてきたぞ』
『正直ここまで気を使って歓迎されるとは思いませんでした。
最大限に警戒している現れかもしれませんが……』
『なんにせよ素敵よねー、さっきの絵はぜひ家に飾りたいくらいだったわ』
『たぶんここに飾られているものも絵画も魔王様がお創りになった物ですよ』
「なんじゃと!?」
「……どうかなさいましたか?」
ワシらを案内してくれていた執事がうっかり喋ってしまった声に反応する。
「いや、どれも見たこともない素晴らしい品で驚いておりました」
ミカエラではないが、ワシもかなりここに置いてある作品は気に入っていた。
特に陶器類は、わし自身も陶芸にはなかなか目がないので、もし自作したとしたら陶芸話に花を咲かせたいぐらいじゃった。
「こちらに置かれている作品は全て魔王様がお創りになられて、特別なお客様がいらっしゃる時にだけ並ぶ品々、我々も久方ぶりにお目に出来て嬉しく思っております」
ワシらが特別な客であることは気に入らないみたいで言葉に少しとげがあったが、本当に魔王が作ったり描いたりしているのか……
「申し訳ない。ほんの少しだけ、ほんとうに少しで構わぬから時間をいただけませんか?
出来れば一室もお借りしたい」
「それならば、まずはお待ちいただくためにお部屋にご案内するように言われておりますのでそちらでよろしいですか?」
「ああ、それならば好都合。よろしくお願いいたします」
長い廊下を進み、横道に曲がって最初の部屋に通される。
「謁見の準備が出来ましたらお呼びに上がりますので、どうぞおくつろぎください」
整った礼をしながら執事は室外に出て行く。
「さっきのはどういうことなのラオ?」
「いや、手土産もなく来たことを思い出してな。
それと、わしの書道家として創作意欲にも火がついてな」
「ショドウ? あの黒い奴でうねうねした字を書く奴?」
「そうじゃ、わしも少し覚えがあるでな、見たこともない物を見せて意趣返しをしようかと思ってな」
わしはミカエラの問いに答えながら収納から道具一式を部屋に広げる。
真っ白な半紙に描くものを考えながらゆっくりと墨をすっていく、精神を集中させ、半紙の上に世界を描くイメージを作り上げ、高めていく。
負けたくない。素直にそう思ってしまったのは久しぶりじゃ。
それからしばらく、ワシは一心不乱に筆をとった。




