54話「カフェで」
「ねぇ、ソウ。なんであんなこと聞いたの?」
「別にいいだろ」
「いいけど、ソウ全く関係ないじゃん」
少し前を歩いていたソウの背中が止まる。
おっと、もう少しで激突する寸前で僕も足を止め、三日月形に移動しソウの顔を伺った。
「何、怒ってるの?」
「うざ」
「はぁ?! ソウから関わってきたんじゃん!」
「あぁーくそっ。なんでもねぇよ」
ソウもまた小さな三日月形を描いて僕の横を通り過ぎていく。その歩は先程よりも速い。何かを吹っ切らすためのように顔も足をまっすぐも向いて僕から遠ざかって行く。
何、いきなりキレてんだよ。
ソウと僕は仲が良い方ではなく、よく喧嘩をするほうだ。喧嘩をするほど仲がいいと言うがそれにも基準というものがあって僕らはそれらを超えてもいるしそれ以前な気もする。
互いのことを知っているようで知っていないし、分かりあっていないようで分かりあっていたりする。よく分からない。
正しい人間関係がどんな形なのか僕にはわからないけれど、少なくとも僕の中でこのソウとの関係は世間一般で言う腐れ縁だということは承知しているつもりだ。
「部活行かないからー!」
遠ざかるソウの背に向けて言ったつもりだったのだが何も帰ってこなかった。
ざわざわとザワつく校舎の声に消されたかとも思ったが可能性は低い。なぜなら僕は腐っても剣道部だ。大声でそこら辺の生徒に負ける気はしない。今までで声出しを何時間やってきたと思ってる。恥などこちらは捨ててるとも同じようなものなのだ。
……だからだろうか。
ざわつく校舎と木の葉の奏でる無音の中に無性に胸がざわざわと波を立てていた。
部活には少しだけ顔を出したが、僕に気づいた部員に少し挨拶しただけであとは帰路に着いた。
新しく入ってきたと思っていた1年はいつの間にかメキメキと上達していた。1年に教えているソウも見えて、部活をしている姿を久しぶりに見たなと少しノスタルジックな気持ちになっているとソウと視線があった。
目が合うとなんでこんなに時が止まったような気がするんだろう。僕はぱっとほぼ反射的に視線を外してそのまま逃げるように校舎をあとにした。
そして今に至る。
何ヶ月間かこの帰り道を使っていなかったからとても久しく、風景が懐かしく感じる。
桜丘とそんなに遠くない距離にあるから、家に帰るまでに途中からは同じ道を通ることになる。だからもう少しでいつもの道に戻るのだが、何故だがぱっとしない。まるでいつも行く場所にあるヨーシベニマルではなく違う市にある設計も置いてある商品も同じヨーシベニアルに足を出向いた気分だ。
「一ノ瀬?」
何処かで聞いたことがある声だ。このやる気の無さげな声はあの先生だ。
「宮水先生」
「元気にしてたかー?」
「してましたよ。先生はどうなんですか?」
「俺は、ぼちぼち」
「てか、先生なんでこの時間にいるんですか。学校は?」
「薮用で休み取ったんだよ」
その時の先生の瞳は少し遠くを見ていた。けれど、片方しか見えないその瞳も表情も初めてであった時に比べればとても人間的だ。
初めて宮水先生似合った時は動く高性能な人形か、地獄か天国か死の国から何かの手違えでこの地に降りてきた魂の抜けた人の形をしたものだと思っていたのだが、現実はそうでも無いらしく彼もれっきとした人間だということを後々知った。
それでも僕はきっと初めて先生を見た時の光景は忘れられないと思う。初めて声をかけて先生が動いた時、風が吹いたんだ。
それは先生が外を眺めるためにあけていた窓から流れてきた風なのかもしれないし違うかもしれない。それから何かと関わっていくうちに先生の表情が明るくなっていって嬉しかったのは今でも覚えている。
まるで自己表現が苦手な年下を見ている気分だった。
「そうだ、一ノ瀬。このあと用事あるか?」
「ないですけど、なんでですか?」
「良かったらどこか寄らないか?」
「いいですけど、生徒と教師が一緒にお店はいるのってダメなんじゃないんですか?」
「今は違う学校同士だし大丈夫だろ」
先生があっけらかんとした様子で言うものだからその言葉を鵜呑みにしてしまいそうになるが、相手はあの宮水大地だ。何事にも脱力的で適当さを隠し切れていない彼を信じてはいけないが、僕もそこまでいい子ちゃんではないのでここは先生の言葉に便上しようじゃないか。
それから僕と先生が入ったお店は近くにあったオシャレでレトロな感じの僕一人では絶対はいらないだろうカフェだ。
かっこいい制服を着た店員さんが僕と先生を案内する。
「ご注文がお決まりになりましたら___」
などと決まり文句を言って店員さんは優雅に消えていく。
微かに消えていくその頬が赤色に染っていたのは気の所為ではないのだろう。
他人に向ける優しい瞳でニコニコと対応していた先生は店員さんがいなくなった途端いつもの表情へと戻る。
この態度が去年まで生徒にモテていた理由のひとつだ。
まぁ、1番はその顔だろうが。
「一ノ瀬好きなの選んでいいぞ。今日は俺のおごりだ」
「ほんとですか? じゃあ遠慮なしに頼みますね」
僕がニヤッと笑ってみせると先生は引きつった顔を見せた。
安心してくださいよ、いくら僕でもそこまでしませんって。
……ん。美味しい。
「どうだ?」
先程店員さんが運んできてくれた生クリームとチョコレートがタワーのように盛り付けられているパンケーキを頬張っていると先生が肩肘をついて伺うように聞いてくる。
「……美味しいです」
「そうか」
先生はふっと小さく息を漏らして目を細めた。
そんな彼女に向けるような顔されたら余計に恥ずかしくなるじゃないか。
先生が追加注文してくれたカシスジュースを飲む。色は濃い紫色で果実をふんだんに使ってるんだなと1目見てわかるほどつぶつぶが見えストローを回した途端濃厚だとすぐ分かるこの飲み物はとても美味しい。
だからと言って表情にも言葉にしない。
美味しいものは美味しい。
美味いものは美味い。
それをわざわざなにかで表現するのは照れくさいのだ。
「お前って下手くそだよな」
「……はぃ?」
下手くそって何がだ。食べ方か?
もぐもぐと食べていたパンケーキの皿を見ると貴族が食べているように綺麗に食べれている訳でもないが特別汚くもないし、皿から何かが飛びてている訳でもない。口元を紙ナプキンで拭ってみたが特に付着したものはなかった。
余計にわからなくなってナプキンを見ながら首を傾げているとそうじゃないそうじゃないと笑いながらの声が聞こえてくる。




