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一ノ瀬兄妹(に)は伝えたいことがある  作者: 久川梓紗
僕に与えられた芸名
45/59

45話「淡いピンクの」

 あれから僕はドラマ撮影を3回した。柚樹に言われたことを撮影の度に思い出しては考えてみるけれど答えに辿り着ける気がしない。ただ、何となくわかることは撮影現場がまるで教室みたいだなってこと。

 


「ユハちゃん、今日もよろしく」


「こちらこそよろしくお願いします。田村監督」


「今回は今までと違ってやり取りがあるから頑張ってね」


「はい。ありがとうございます」



 じゃあ、楽しみにしてるよ。と言って監督はまた違う出演者のところへと向かった。その後ろ姿を見ながら前回の撮影の時に柚樹に聞いたことを思い出す。


 どこの現場でも監督は出演者の一人一人に挨拶しなくちゃいけないの?と彼に聞いたら田村監督が特別なだけでそんなことはあまりないと言っていた。それを聞いてすごいと思ったが同時にじゃあなんで一人一人に挨拶をするのだろうと思った。挨拶をするだけならば全体で集まった時にすればいいし、そんなめんどくさいことをして何になるのだろうと。僕ならば絶対しないと思う。一人一人に挨拶だけではなく声がけまでするなんて正直面倒臭いしやりたくもない。


 決められたことならばやるかもしれないけれど柚樹の話しからだとそういう訳でもないのだからやる意味も見つからない。



「ユハ。今日は絡みだけど大丈夫か?」


「大丈夫って?」


「お前、撮影でのまともな絡み初めてだろ。それに桐生とだ。いや、あいつの事だからお前に合わせてくれるかもしれないがリハーサル通りのやり方だと多分、やり直しになる」


「は?それってどういう……」



「皆さん、スタンバイお願いしまーす!」



 僕の声はかき消された。

 前回も撮影で来た桜の木が立ち並ぶ桜道。満開の桜が見られるのはまだ先だけれど緑葉から桜の香りがするのは気のせいだろうか。

 僕はこの場所に来た時早く春になって欲しいと思った。そして空いっぱいに広がる桜が見たい。桜の花びらでできた花川を見たいと。確かに僕は、そう思った。

 

 


 


「___俺は桜が嫌いだ」

 


 緑の葉を空いっぱいに咲かせる花道の下で制服姿の背の高い男子は言った。彼の立ち姿は緑葉を咲かせる桜の木が霞むほどに綺麗だ。それでいて儚く感じる。



「どうして?とても綺麗じゃない。沢山の淡いピンクの花びらが風に踊らされて目の前を通る時、私はとても幸せな気分になるわ」

 


 その彼と歩いていた少女は、足を止めた彼の目の前に立ち自分よりも背が高い彼を見上げ屈託のない明るい表情で言った。少女の視界には緑葉をバックに端整な顔立ちに影を落とし、哀し気な瞳をした彼が少女を見下ろしている。



「知ってるか?桜色や桜の味。それらは花びらなんかではなく樹から抽出されているって」



 彼は少女の視線逃げることなく話した。



「知らない。でも、それがどうしたの?」



 彼を見つめたままの少女が答えると彼はふっと儚い微笑を漏らして、近くにあった太くて大きな桜の木に手を置いた。



「この木は、1番頑張っているところで利用されるだけで評価されないんだ。なのに目に見えるものだけが評価される。この道を通る度俺はあいつらを思い出して桜が嫌いになる」



 桜の木を触っていない手に拳が作り出された。彼らを囲むようにどこまでも伸びる、高く構える太い枝に視線を流す。



「桜と人は全く違うものだよ」



 彼女は桜の木と彼を見ながら言った。彼の姿を見る度に少女は胸が苦しくなる。少女は彼が桜の木に吸い込まれ今にも消えてしまいそうだと思った。



「知ってるさ。それでも大嫌いだ。見ぬ振りをして自分だけが評価される道を選んだ俺に似てるから___」



 そこで少女は知った。彼は桜の木が嫌いなのではなく桜が嫌いなのだと。さらに彼は桜ではなく自分自身が憎いのだと。そしてたまたまその弱った心に自分と桜が重なって見えたのだ。



「そんなことない!貴方はそれでも大輝を守ってくれたじゃない!」



 そこで少女は声を荒らげる。このままではダメだ。彼を救わなければと。それでも彼の表情は曇るばかりだった。彼女を沈めるためだろうか、そんな訳では無いと伝えるためなのか彼は淋しげに微笑んだ。その姿に少女は飲み込まれそうになるが、それでもちゃんと彼に伝えなければと意志を固め彼をまたまっすぐと見た。

 だが、彼に怯む様子はない。



「守れてないよ。あいつを傷つけたことには変わりないんだから……」



 彼の憂う瞳に引き寄せられ見とれていたら彼の背景に桜が斜線を描くように綺麗に舞った。その限られた線の中で淡いピンクの花びらが破天荒に不規則に踊っている。

 少女が目をぱちぱちさせてからもう一度見ているとざわざわと風に吹かれ青い緑色の葉が擦り合わせた音を奏でているだけだった。

 桜の花など、1枚も踊ってはいない。



 ___桜が、嫌い?



 啖呵を切るはずの彼女が、彼に呑まれていた。





「カット!」



 ___あ。僕が気づいた時には遅かった。

 監督が一旦休憩にしようと言ったあとだった。



「___淡い桜が風に呑まれる」



 リハーサルの時とは別物だった桐生が僕の隣を通り過ぎに時にボソリと言った。

 僕は、桐生に圧倒され彼の演技に呑み込まれたのだ。そう、桜の花が風に操られ自分の思い通りの道を通れないように。


 何がいけなかったのかと頭の中でぐちゃぐちゃと乏しい思考力で考えていると先程まで僕が立っていた場所に綺麗な女の人が桐生と共に立っているのが目に入った。

 そう言えば、柚樹は何処だろうと周囲を見渡してみたが彼の姿はなかった。



「それじゃあ、先に撮っちゃうか」


「はい。お願いします」


「よろしくお願いします」



 僕の演技の修正に時間がかかると思ったのか、違うシーンの撮影が始まった。あの綺麗な女の子と桐生の演技が始まる。


 どちらも自然だった。普段の生活のワンシーンを見ているみたいに綺麗な会話のキャチボールが広げられる。それでいてちゃんと一言一言が心にすとんと入ってくる。どちらが上手いとは言えない。多分、どちらも上手いから。言葉と言葉の間にある呼吸感も対話している時のちょっとした動きもスムーズだ。取り繕っていない。


 ドラマなんてただボート眺めているだけで演技側のことなんか考えたこと無かったがわいざ自分がやるとなると奥が深い。そして何が正解なのか全くわからない。僕の苦手分野だ。


 今までの撮影が会話という会話ではなかった。相手の気持ちを考えてから話す台詞ではなかったのだ。どれも自分の気持ちだけを言えば良かったのだ。それに何今回は違った。桐生が演じる役に感情移入してしまった。同情してしまった。


 本当ならば加奈は同情なんてしないで自分の気持ちをぶつけて彼女が彼を呑み込むぐらいの勢いで説得するのにさっきはまるで反対になってしまった。桐生が演じる彼の表情と声音で僕を引き出されてしまったのだ。


 ___柚樹が言っていたことがわかった気がする。


 けれど、1つ間違いがある。それは、桐生は僕に合わせる気が全くないという事だ。それどころか僕に喧嘩をふっかけてきているということ。


 だから負けす嫌いの僕はこのままでは納得いかない。確かに僕は桐生や今演じている女の子には劣るけれどそれでも僕ができる加奈を僕だけが出せる彼女を演じてみせる……!

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