46話「素直ではない」
「お疲れ様ー!じゃあユキくんは休憩してていいよー」
「はい!ありがとうございます」
ユキ、と言われた女の子はスタッフに向けた笑顔のまま僕に近づいてきた。
ユキ?え、もしかして……。
「お前、すっかり桐生に食われてやがるな」
嘲笑うかのような態度で鼻を鳴らす美しい姿をした彼を見て僕は一瞬意識を失うところだった。
「___まじでユキ、オカマの方が食っていけそう」
「は?なんだよそれ。てか、ちゃんと俺らの見てたか?」
「見てたよ。なんか自然だった。怖いぐらいに」
「だろ?それでお前は桐生とやってどうだった?」
「……あいつに感情移入した」
「まぁ、それがわかってれば何とかなるんじゃないか。あとはいかにお前がお前じゃなくなって加奈が台本の思い描く加奈になるかだな」
柚樹は楽しそうに笑った。小学生の時の発表会を思い出す。僕がやりたくもない主人公に選ばれた時、僕がやりたかった時の役を柚樹がやることになってこんな顔をされたっけ。
それから、何とか撮影が終わった。リテイク2。あれからもう一度やり直しをさせてもらって何とか無事撮影をおわることが出来た。スタッフの人たちからも最後のカメラが回されたあと良かったよと言って貰えて安心した。何とか、出来たようだ。
「……お疲れ」
桐生からまたボソリ背後から言われた。また前を通り過ぎようとする彼の腕を反射的に掴む。腕を掴まれた彼は僕のことを眉をひそめながら見てくる。とても嫌そうだ。
「あのさ……ありがとう」
僕がこんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろうか。彼の瞳が大きく見開かれている。眉まで持ち上がっていた。それから数秒して僕を白々しく見たあと先程まで僕の目の前にいた男の顔になった。
「少しは成長したんじゃない?偉い偉い」
桐生だけれども桐生では無い彼が優しい微笑みを浮かべながら僕の頭を撫でた。
自分が彼の腕を掴んでいるから逃げようにも逃げられない。自ら虎の縄張りに飛び込んだ気分だ。これをあれだ。身から出た錆って言うんだよな。四字熟語だと自業自得。
「子供扱いするなっ」
「してるつもりは無いけど、そういう所が子供っぽいんじゃない」
先程までとは打って変わって桐生に戻った彼はゆったりとした口調で最もなことを言うものだから何も言い返せない。今度は僕が言葉の代わりに彼の瞳をじっと見ていると頭に乗せていた手を退けて顔をそっぽに向けた。
なんだ。目にゴミでも入ったのか?
「おい、2人で何してるんだよ」
ユキ、と後ろを振り向くと同時に桐生の腕を離した。離すタイミングはここだと思ったのだ。僕から腕をやっと解放されて逃げるかと思いきやそのまま佇んでいた。
柚樹から桐生に視線を戻すと彼は初めて橋川とあった時の瞳をしていた。あぁ、こいつも柚樹のことが好きなんだとわかる。
「何もしてないよ」
「そうか。あと桐生、監督がお前のこと呼んでたぞ」
「俺を? ……分かった。ありがとう」
桐生が一瞬悲しそうな顔をした気がする。そんなに柚樹と離れるのが嫌なのか?
「あいつも相変わらずだなー」
「何が?」
「ユハに似てあいつも素直じゃないとこ」
嬉しそうに言うものだから僕は顔を顰めているとまぁ、そのうち分かるさと言い残して柚樹もどこかへ消えていった。
柚樹から言われた課題。あれにたどり着くには何かが足りない気がする。それに演技を少し成功したからと言って芸能人のことがわかるとは思わない。あと何か、あと少しのアクセントがあればなにか閃くような気がするのだけれど……。
「ユハさん、少しいいですか?」
「お久しぶりです。鷹山さん」
「はい。お久しぶりです」
人懐っこい笑顔で微笑まれる。彼と会うのは柚樹が家に忘れ物をしてスタジオまで届けに行った時ぶりだ。
鷹山さんは或哉のマネージャーをしていて会った回数はそこまで多くはないが人当たりの良いお兄さんみたいな優しい笑顔が印象的で覚えている。初めてあった時も彼の朗らかの笑顔に目を奪われた。
「それで、僕に何か用ですか?」
「ユハさんにテレビの出演を依頼したく、僕が言付けを」
「テレビ出演?何故僕が」
「今回のドラマの告知です。ユハさんは事務所に所属していないので連絡先がわからないためテレビ側の代わりに伝えに来ました」
「テレビ業界と言うのは大変ですね」
「そんな人事みたいに言わないでください。それでどうですか? ユハさんに出て貰えるとこちら側としても嬉しいですし、ドラマ側にとってもとてもいい告知になると思うのですが。詳しい詳細はユキくんにも伝えておきましたのでお二人でお話ください。いいお返事をお待ちしております」
鷹山さんはぺこりと綺麗なお辞儀をして姿を後にした。綺麗に仕立てあげられたスーツを着ているからか少し昔の貴族の紳士を思わされる。
あれから一週間が経った。




