44話「芸能人とは」
「柚希、柚葉お帰りー!」
珍しく鍵が空いていたドアを開けるとお母さんが僕達を出迎えた。柚樹が部屋を開けてからそんなに日数はたっていないと思うが、お母さん的には寂しかったのだろう。柚樹がいない家は確かに静かであった。
「ただいま」
柚樹の声の後に小さく僕も続ける。それから夜ご飯を3人で食べ、お母さんはお店で柚樹が帰ってくるということを話したところ「さぁ、早く帰った」と促され、店終いを千春さんがして下さるということで今日は甘えたという話しを聞いてから食卓での話題は先程まで行われていたドラマ撮影の話しになった。
「え!?じゃあ、お母さん知ってたの?!」
「え、うん。柚葉、知らなかったの?」
「なにそれ……、当の本人無視してなんで周りは知ってるのさ」
「俺はてっきり、桐生か母さんから聞いてると思ってたから」
「全く持って聞いてませんけど」
どうやら、未成年が出演するにあたってお金のことかもろもろで保護者の許可が必要だったらしく僕の周りの人間は知っていたらしい。いや、保護者の許可よりも前に、本人の許可が必要じゃないのかなとは1人も思わなかったのか。
「それで?柚葉初めての演技は緊張した?」
「してない」
「お前、昔からそうだよな」
「緊張とかよくわからかいし、とりあえず加奈になりきればいいんでしょ」
「そういうの天才型っていうんだけど、知ってるか?スタッフの人達なんてお前が緊張して無さすぎて反対に疑ってたぞ」
「疑う?何にさ」
「柚葉と俺は本当に現場でも入れ替えしてるんじゃないかってさ」
柚樹って本当は印象薄いんじゃないのと僕は白い目を向けながら彼に言うといやー実はそんなんだよ。ってそんな悲しいこと言うなよ!とひとりボケにひとりツッコミをした。こんなあからさまな冗談にのってくれるのだから、流石としか言うようがない。その様子にお母さんは朗らかに笑みを作る。
「確かに柚葉が男装すると柚樹に似てるわよね」
「じゃあ、俺が女装したらこいつに似るのか……」
「僕より可愛いかもよ」
「それは女子としてどうなんだ」
「そういうのどうでもいい主義なんで」
僕が切り捨てるように言うと柚樹がわざとらしくため息をつく。はぁという言葉にされた息は何も無く消えていく。
「あ、そうだ。柚葉、これドラマの台本な」
「僕はあと何回撮影するわけ?」
「そんなに台詞は多くないけど多分全話じゃないか」
僕は台本を受け取ってから魔法をかけられたかのように固まった。口をあんぐりとだらしなく開けて固まっているのが自分でもわかる。数秒してからやっと魔法が溶けた。僕はあと撮影するとしても一二回だと思っていたのだ。なのに全話?意味がわからない。僕は素人なんだぞ?いや、引き受けたからには全部やるがそんな主要人物ではないにしろサブキャラみたいな役はもっと適した人がやるべきだとは思う。モデルの子とか若くて可愛いタレントの子とか、そうした方が多少似てなくても視聴率は上がるんじゃないだろうか。
「まー、これで柚葉の芸能人の1人ってことで」
「……嬉しくない」
「そんな事言うなよ。それにどんな選ばれ方をされたにしろ喉が出るほどでたいと思ってる奴は沢山いるんだ。その中で自分が選ばれたって自覚はもてよ」
「今回みたいな出演の仕方って普通ないよね?」
「まぁ、似たようなやつだとスカウトとかじゃないか」
僕は柚樹を見る。地毛とは違った明るい髪に座る姿はデビュー前と比べてすっと背中を伸ばしている。肌も仕事で忙しい割に僕よりもキメ細かくなった気がする。
芸能人の自覚とはなんだろう。テレビに映るのだから人の思うことをすれば良いのだろうか。けれど僕はファンが欲しいわけでも売れたい訳でもない。僕が今の素のままのキャラクターでどんな番組に出ようと僕には何も支障もない。それで批判を浴びようが浴びないかで、もし傷を覆うとしても僕だけだと思う。そんなことで心を痛めるほど僕の精神はやわでないとは思うけれど、きっとそうなるだけだ。そして一発芸人のようにいつの間にかドラマの話しと共に消えていく。
「なぁ、柚葉。芸能人ってなんだと思う?」
「テレビに出でる人じゃないの?」
「本当にそれだけか?」
「え?」
柚樹が僕を有無を言わさない迫力で見つめる。僕の答えを求めていることは分かるのだが、真剣な瞳かつ試すような視線を受け思いの言葉が出てこない。
芸能人とは何か。そんなこと深く考えたことがない。柚樹は、その答えを知っているというのか?
「じゃあヒント。芸能人は、俳優、歌手、芸人、ミュージシャン、声優、俺たちみたいなアイドルなどを総称する」
「何が、ヒントなの?」
「まぁ、このドラマの最終話の撮影までの宿題な。“芸能人とか何か”“芸能人の自覚とは何か”をちゃんと考えろよ」
そう言うと柚樹は「ご馳走様でした」と手を合わせて食器を片付けて食卓をあとにした。なぜか彼の横顔が中学校の新任教師みたいに見えた。




