43「芸名」
「いやぁ、初めてで初見だって言うからどんなものかと思いましたがなかなか」
「そうですね。まだ1回目なのでブレがあるかは分かりませんが」
「それにしても緊張しているだろうに自然だ」
「まぁ、ユキくんの妹さんですから」
「彼を初めて見た時は驚いた」
わっはは。と豪快に監督の田村さんは笑った。その話を僕と一緒に近くで聞いていた柚樹はその輪の中へと入り込む。
「田村さん、俺の何に驚いたんですか?」
「君の実力にだよ」
「またそんなこと言って。でも、ありがとうございます」
素直でよろしい。と田村さんはまた豪快に笑う。柚樹は、テレビでよく観る時の顔になっていて別人に見えてくる。ライブとかコンサートの時の顔とは違う。バライティー番組とかに出演する時の顔だ。
「そうだ。ユキくん」
「はい」
「君の妹さんは本名でいいのかい?」
「あー、考えてなかったです。柚葉、それでいいのか?」
飲み物を飲みながら軽く聞いていた話しにいきなり僕に話しかけてきたものだから一瞬飲み物が喉に詰まった錯覚を起こす。僕は少し咳き込んでから柚樹もとに近づいて周りにいる人達に会釈をしてから答えた。
「芸名なんて、簡単に決められるものなの?」
「君の場合、事務所に所属しているわけでもないから簡単だよ」
柚樹ではなく、田村さんと話していたスタッフの方が答えてくれる。なんか、申し訳ない。
「そうなんですか」
「まぁ、お前次第だな」
「僕は、ユキの双子の妹として知れ渡る前提?それとも他人の前提?」
「どっちがいいんだろうな?」
「僕に聞かれても困るんだけど……」
僕はどこにでも居る一般人で柚樹の双子の妹としてドラマに出ようが他人として出ようが正直どちらでも良い。何も困らないと思う。日常生活で柚樹の双子の妹というレッテルが貼られていない場所の方が少ないわけで何も変わらないと思うからだ。それにどちらかと言うと僕の問題はドラマに出演することになったということだ。しかし、撮影が終わってしまった以上後悔あとに立たずだ。僕の大根芝居でこのドラマの評価が下がらなければいい。けれど先程の話しを聞いていた限り何とかやりこなせていたようで良かった。勝負は2回目からだと柚樹も言っていた。それで本題は柚樹の方だ。彼は現役のアイドルグループ“或哉”のユキだ。僕が原因でユキの評価が下がるかもしれない。こんな妹がいるんだ、とか。芸能人に疎いので批判の言葉はなかなか浮かばないが僕が原因でユキに迷惑がかかるのは嫌だ。
柚樹には迷惑をかけられまくるが、僕はユキには1人でも多くの人に笑顔を届けて欲しいと純粋に思っている。だから、彼の夢を少しでも遮ってしまうようなことはしたくない。なんて自意識過剰だろうか。ユキを低評価し過ぎか。彼にこんなことを言ったら馬鹿か。と言われるかもしれない。
「彼女は、ユハとしてデビューしてもらうよ」
後ろから桐生の声が聞こえて振り返る。彼は僕には目もくれないで柚樹に笑顔で続ける。
「社長からそう言われたんだけど、大丈夫?」
「俺は構わないけど、柚葉いいか?」
「うん」
僕に断る理由なんてない。ユハ、という名前にはしっくりこないけれどきっとユキの名前に合わせたのだろう。ということは、僕は……。
「もちろん双子の兄妹ってことも公開するよ」
桐生が言い放つ。それを聞いてスタッフの人達がそうかそうか。それは良かった。と嬉しそうに感想を漏らす。きっと僕と柚樹が兄妹だと発表することで告知などがしやすいのかもしれない。
「公開して、ユキも或哉も来事務所も後悔しないか?」
「しない。君は事務所の人間でもないし彼らの実力をあまり甘く見ないで欲しいな」
一言目は迫力があった。そんな物あるはずがないと伝わってくる。僕はこの顔をしている桐生の方が好きだ。なのに彼の表情は直ぐに優しいものへと変わった。けれどその裏側にあるものは何となくわかる。彼の口調は穏やかで優しいものだったけれど僕へ咎められたものだった。
「甘く見てなんかない。言いたくはなかったけれど僕は或哉が大好きだから」
こんな告白したくなった。本当は誰にも言うつもりはなかった。だってこんなこと恥ずかしいじゃないか。兄妹が所属しているグループが好きだなんて。僕は、他のグループのことは知らないけれど柚樹がいるからかもだけれど或哉のことだけは知っている。多分、そこらのファンにも負けない。ユキに関しては橋川に、負けるかもしれないけれど。
僕らの様子を見守っているかのように穏やかな目で見ていた田村さんが僕向けて言った。「君にとっては望んでいないことかもしれないけれど今日から芸能人の仲間入りだ」と。それが先程の会話と何に関係しているのかよく分からない。けれどそれを言うと今度の撮影楽しみにしているよ、と言葉を残してスタッフの人たちを連れて何処かへと行ってしまった。
「なんか、大変な事になったな」
柚樹が僕の隣を歩いて呟く。あれからスタジオを出て、家に帰ることになった。
彼は帽子を深くかぶって相変わらず伊達メガネでマスクまでしている。それとわざとだろうか、ユキのイメージを壊すことの無い在り来りな服装をしている。
「一気に起こりすぎて分からなくなってきた」
このまま、頭が爆発するじゃないかと思うぐらい色々なものがこんがらがっている。本当はこの状況を全く持って整理出来ていない。僕がドラマに出ることも、このスタジオに来たことも、その経緯も。何かも分からないことだらけだ。こんなことになること目に見えるだろ。断ればよかっただろ。と他の人は言うのかもしれない。けれど、僕は、断ることが出来ない太刀なのだ。お人好しだと笑えばいい。自業自得だと罵ってもらっても構わないがそんなことより整理させてくれ。先程までの環境に比べて息がしやすいここで考えさせてくれ。風が心地よい。頬に当たる度頭の整理を手伝ってくれているような気がする。
「……断るのなら今のうちだぞ」
「1度引き受けたことを断りはしないよ」
「だと思った」
柚樹の声がマスクを通して聞こえてくる。そのマスクの下は柚樹だろうか。ユキなのだろうか。芸能人がなんなのか分からない。彼ら彼女は偽りを作ってテレビに出ているのだろうか。……けれどそれは学校だって会社だってどこの社会だって変わらないのではないだろうか___。




