41「場違い」
「……帰りたい」
桐生から呼びたされたスタジオは1度柚樹の忘れ物を取りに届けに行ったことがあったから迷うことなく来れたけれど、やはり僕にはこの雰囲気は馴染めそうにない。
とりあえず、中に入るか。
あれから桐生からいくつかの写真とメッセージが送られてきた。この写真を見せれば中に入れるからとか、その番号の撮影場に来て、とか。あと最後に男装しないで着て言われた。
その指示通りこなして、僕は今桐生を探している。
「桐生のやつ、どこにいるんだ……?」
指名された撮影場で桐生を探していると髭を生やして帽子をかぶったおじさんに声をかけられた。
「もしかして君がユキくんの双子の妹さん?」
「え、あ、はい。そうですけど……」
「そっか。君か。うんうん。確かにそっくりだ」
「あの……?」
僕が話の意味がわからず問いかけるように尋ねるとあぁ、ごめんね。と言って僕に名刺を渡してきた。
「僕は田村昌義。このドラマの監督をしているんだ」
「ドラマの監督さん?」
「あれ、桐生くんから話し聞いてない?」
はい。全く。と言おうとしたが、それを言う前に事の発端となった本人が登場してきた。
「おはようございます。本日もよろしくお願いします」
昨日見た彼はどこへやら。元気でハキハキとした好青年がスタジオに入ってきた。
「おはよう。いいところに来た。桐生くん、彼女に今日のこと話してないのかい?」
「あ、すみません。実は内容話すのを忘れてしまって……」
「そういうことか。けれどぶつけ本番で彼女大丈夫?」
「大丈夫です。彼女、兄弟のユキに似て器用ですから」
「そうかそうか。それなら良かった。急遽の役替わりで顔合わせや読み合わせだけならまだマシだけどリハーサルまで飛ばして申し訳ないけど、よろしく」
「……分かりました」
そう言うと監督さんは違う人の所へ話かけに行った。
ドラマ?内容?流し?タイミング?なんの事だ。全然話が読めてこない。
「これ、今日の台本ね」
さっきより低くなった声で桐生に白くて薄めのA4サイズのものが渡される。は?こいつさっきなんて言った。
「今日の君の台詞は一言だから。何とかなるでしょ」
「は?待て待て。意味がわからないんだけど」
「……君はドラマに出演する。それだけ」
桐生がいかにも面倒くさそうに僕に説明する。ドラマ?出演?僕が?何故。
「全くもって理解できない」
「理解出来なくてももう君が出演することは決まってるから。君はユキが演じる大輝の従姉妹で名前は加奈。軽く説明すると大輝と加奈はすごく似ていて興味本位でたまに環境を逆転するという君たち兄弟にとっては全く同じ境遇の登場人物達だから、こんなに君たちにとってぴったりな役はいないだろ?」
そんなものを発想する人が柚樹以外にもいたことに驚きだ。それに柚樹がドラマに出演することは芸能人だからわかるが何故、僕なんだ。僕は演劇経験もないし素人だ。ましてや芸能人でも無い。
「何故僕なんだ?」
「理由は簡単だよ。ユキに似てるから」
桐生はあっけらかんと答える。ほかの人たちに比べたら似てるだろうな。だって双子の兄妹なんだから。それにしても他に方法があるだろ。大根芝居がいるとネットで大惨事になっても僕は知らないぞ。進めた桐生も悪いし、監督も監督だ。それに前日に言われ内容を当日言われる身にもなってくれよ。ドラマの撮影っていつもこんな感じなのか?……なわけないよな。
「桐生が推薦したんだ」
「へー、察しがいいんだね」
「なんとなくだけど……」
「加奈役の子が色々トラブルあってね。それで急遽代役を探すことになってユキに似てる君になったってわけ」
「ドラマの出演がなくなるトラブルって」
「芸能界は色々あるからね」
その時、何日か前に見たニュースを思い出した。確か人気アイドルグループの一人が自殺したとか、なんとか。そこまで興味がなかったから詳しくは見なかったけれど、もしかしてその子なんじゃないだろうか。
それに先程の発言した桐生が気になる。飽きられたような冷たい瞳をしていたから。芸能界なんて僕には関係の無い業界だと思ってきた。それに今も思っている。こんなドラマ話しなんかは嘘で、ドッキリかなんかで柚樹が僕を驚かすためにしている何かだと思いたい。けれどこの現場を見る限りそうではないのだろう。何十人という人達が本気の目をしている。今から行われるであろうことを目の前にして。こんな目で一般女子高校生を騙そうとしているとは考えられない。
僕には、逃げ道がきっと無い。
「僕はどうすればいいの?」
「とりあえず、佳奈の台詞と流れを覚えて。それから佳奈の役をしっかり理解して加奈になりきればいい」
「それ、素人にはキツめだけど」
「そうなのか?俺にはよくわからない」
……そう言えばこいつ、小さい頃から役者やってたんだっけ。だから、もう染み付いているから初心の頃の気持ちとか分からないのかもしれない。初めての演技なんてこいつにとっては何千回前の記憶を掘り下げるものなのだろう。
とりあえず今の僕に出来ることはこの初見の台本を読み込んで、加奈という役を理解すること。あと、この現場になれる事か。
テレビで見たことがある芸能人が何人もいる。そしてカメラマンさんやスタッフと思わしき人達が何十人もいる。人々が生み出す音がこの環境を際立せる。僕には異世界の場所だと言われている気がする。今更ながらやっと周りを見ることが出来た。スタジオは思ったより大きくない。箱のように設置された部屋が幾つかある。台本と睨めっこしている若い男性と、イヤフォンをして目を閉じている人やたわいの無い話で盛り上がっている人達もいる。桐生はと言うと台本を読み込んでいた。
「……あ、いた!一ノ瀬さんこちらに来てください!」
慌てた様子で僕に近づいてきた女性が僕の腕を引っ張る。そして僕はそのまま女性に従ってスタジオを後にした。




