十六.温もりの正体
(どう……して……?)
「蓮瓔?」
突如顔色を悪くした蓮瓔を、崇義は戸惑ったように見下ろしてくる。彼女は咄嗟に身体を仰け反らせ、彼から距離を取った。
困惑を隠せない様子の義兄が、蓮瓔の顔を覗き込む。
「どうしたんだい? 何か……」
「──どうして……?」
震える声でそう返した蓮瓔に、義兄は不思議そうに首を傾げている。蓮瓔はきつく拳を握り、崇義を真っ直ぐに見据えた。
「どうして、お義兄様が、刀の毒のことを知っているの……?」
崇義は二、三度瞬きをし、おっとりと微笑んで答える。
「それはもちろん、父皇の通達を聞いたからだよ」
(……嘘よ)
蓮瓔はその答えを、絶望と共に受け取った。寝台の隅で身体を縮こまらせ、震える眼差しを義兄に向ける。
「……確かに、姚妃が私を襲わせた刀には、神経毒が塗られていたわ。──でも、父皇様はあの場にいた者たちに、そのことを内密にするようお命じになった。それなのに、お義兄様が何故……」
父帝は、姚妃の自供を疑っていた。まるで彼女一人で仕組んだことのような物言いだったが、果たしてそれが真実なのか。
いくら調べても、彼女の実家が今回のことに関与していないことは明らかなようだった。
それならば、姚妃はどうやって毒を手に入れたのか。
(姚妃本人も周囲も含めて、医官や宦官に接触した様子がなかった。……だから父皇様は、彼女に毒を渡した第三者の存在を疑っていた)
父は毒のことは表沙汰にせず、裏で密かに調べを進めていたはずだ。同じ毒を入手していたものがいれば、それが共犯者だと。
怯えた目で凝視する蓮瓔を、崇義は無言で見下ろしている。だが、やがて得心がいったように一つ頷き、義兄はゆっくりと微笑んだ。
「……なるほど。やっぱり、父皇の目は誤魔化せないか」
父の動向を探ることより、一刻も早く君を殺す方を優先してしまった。
そう独りごちた崇義は、懐から小さな刀を取り出す。息を飲む蓮瓔に、彼は穏やかにすら聞こえる声で囁いた。
「あれだけ姚忍妃に言われて、君は本当に懲りないね。自分が信じる者、懐に入れた者は、相手もそうだと信じて疑わない。──その純粋なまでの傲慢さが、ずっとずっと、憎くて堪らなかった」
義兄を見上げる蓮瓔の瞳が、音を立ててひび割れる。彼はうっとりと目を細め、すらりと短刀を鞘から抜いた。そのまま寝台に乗り上げ、蓮瓔を背後から抱きかかえるように腕を回す。優しい手つきに、蓮瓔の瞳には知らずうちに涙が浮かんでいた。
「……大丈夫、苦しまないようにしてあげる」
言葉さえ違っていれば、それは愛の告白か、可愛い我が子をあやすような声に聞こえただろう。
崇義は蓮瓔の右手に刀を握らせ、持ち上げた彼女の手を首筋に這わせた。喉元に当たる冷たい刃の感触が、蓮瓔を絶望の奈落に突き落とす。
(……いや、)
震え始めた蓮瓔の身体を強く抱き、崇義は密やかに囁いた。
普段とまるで変わらない、柔らかな声で。
「さようなら、蓮瓔」
覚悟した痛みは、いつまで経っても訪れなかった。
蓮瓔は恐る恐る目を開き、自分の左肩が鮮血に染まっていることに気付いて息を飲む。次の瞬間、背後にいた義兄が横様に倒れ込み、激しく咳き込み始めた。
「お、お義兄様……!?」
何が起こったのか分からず、蓮瓔は激しく狼狽える。胸を掻きむしるようにして咳を続ける崇義の口から血が溢れ、蓮瓔は悲鳴を上げた。
義兄の崇義は生まれつき病弱で、特に重いのは肺の病だった。季節の変わり目には度々発作を起こし、それは年々ひどくなっていた。
「お義兄様、お義兄様! ……誰か、誰か来て!」
苦しげに喉を鳴らす義兄の背を撫で、蓮瓔は必死に助けを呼んだ。相手が、今にも自分を殺そうとしていた人物だということは、完全に頭から抜け落ちている。
慌てた様子で駆け込んできた侍女が驚きの声を上げるまで、蓮瓔は崇義の身体に縋り付いていた。




