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四度目

 七回表。


 先頭は六番の右翼手だった。


 一点を追う。


 まだ、三回ある。


 相手投手は六回まで投げても、球威を大きく落としていなかった。


 初球。


 外角への真っすぐ。


 右翼手が振る。


 打球は中堅へ上がった。


 悪くない当たりだったが、少し高い。


 中堅手が数歩下がり、正面で捕った。


「アウト!」


 一死。


 後輩が打席へ入る。


 二回には犠牲フライで一点を取っている。


 相手投手は、低めを中心に投げてきた。


 後輩は無理に手を出さない。


 二球続けて見送り、一ボール一ストライク。


 三球目の変化球をファウル。


 追い込まれた。


 そこから、外への球を二つ見送った。


 三ボール二ストライク。


 最後は低めへ落ちる球だった。


 後輩のバットは動かなかった。


「ボール、フォア!」


 一死一塁。


 後輩は一塁へ向かう。


「よく見た!」


 肉屋が声を上げる。


 後輩は振り返らず、小さく手だけ上げた。


 八番の同期が打席へ入る。


 初球。


 外角の真っすぐを打ち返した。


 打球は遊撃方向へ転がる。


 銀髪の遊撃手が前へ出た。


 二塁へ送る。


「アウト!」


 一塁走者の後輩が封じられる。


 同期は一塁へ残った。


 二死一塁。


 次は僕だった。


「つないでくださいよ、先輩」


 後輩がベンチへ戻りながら言う。


「できるだけな」


「できるだけじゃ困ります」


「じゃあ期待しないでくれ」


「それはもう聞きました」


 バットを持って打席へ向かう。


 相手投手がこちらを見る。


 僕が打者として怖くないことくらい、向こうも分かっている。


 初球は真っすぐ。


 見送ってストライク。


 二球目。


 外角への変化球。


 バットを出したが、先に当たる。


 ファウル。


 二球で追い込まれた。


 三球目。


 低めの変化球。


 振らない。


「ボール!」


 四球目は、内角への真っすぐだった。


 詰まりながら打ち返す。


 弱いゴロが投手の正面へ転がった。


 相手投手が捕り、一塁へ送る。


「アウト!」


 三アウト。


 点は入らなかった。


 それでも、まだ二回ある。


 七回裏。


 相手は八番からだった。


 後輩が低めへミットを構える。


 初球のチェンジアップ。


 八番打者が引っかけた。


 打球は二塁方向へ転がる。


 同期が前へ出て捕り、一塁へ送る。


「アウト!」


 一つ。


 九番打者が右打席へ入る。


 五回には、バントを仕掛けてきた打者だった。


 初球は外角への真っすぐ。


 見送られる。


「ストライク!」


 二球目。


 少し遅いチェンジアップ。


 打者が踏み込む。


 強く引っ張った。


 打球が三塁線へ飛ぶ。


 元四番が反応する。


 身体を横へ倒しながら、グラブを伸ばした。


 打球が収まる。


 すぐに立ち上がった。


 一塁へ投げる。


 肉屋がベースを踏んだまま捕った。


「アウト!」


 二つ。


「ナイス!」


 遊撃手が声をかける。


 元四番はグラブを上げた。


「今日は守備もいいですね」


「今日は、って何だよ!」


「最近よく聞くから」


「お前まで言うな!」


 一番打者。


 初球の真っすぐを見送る。


 二球目のチェンジアップを打ち上げた。


 中堅へ高く上がる。


 外野手が落下点へ入り、両手で捕った。


「アウト!」


 三アウト。


 七回も、ゼロ。


 ベンチへ戻ると、肉屋が僕へペットボトルを渡した。


「このまま止めろ。あとはこっちで何とかする」


「お願いします」


「おう」


 八回表。


 先頭は遊撃手だった。


 相手投手が初球を投げる。


 外角の変化球。


 遊撃手は見送った。


 ストライク。


 二球目。


 高めの真っすぐを振る。


 打球は左翼へ上がった。


 左翼手が前へ出る。


「アウト!」


 一死。


 遊撃手が戻ってくる。


「一日一回しか出られないのかな」


「六回に出ただろ」


 元四番が言う。


「もう一回くらい欲しいんだよ」


「じゃあ次、打てよ」


「言われなくても」


 布団屋が打席へ入る。


 六回には、一、二塁間を抜いて好機を広げた。


 相手投手も、その打席を覚えているのだろう。


 内角を続けてきた。


 布団屋は二球とも見送る。


 一球はストライク。


 一球はボール。


 三球目。


 外へ逃げる変化球。


 振らない。


 四球目も低い。


 三ボール一ストライク。


 相手投手が真っすぐを投げる。


 外角いっぱい。


 布団屋は見送った。


「ボール、フォア!」


 一死一塁。


 布団屋は静かに一塁へ向かった。


「また見てましたね」


 後輩が言う。


「眠そうなのにね」


 遊撃手が続ける。


 布団屋が一塁からこちらを見た。


「聞こえてますよ」


「起きてた」


「起きてます」


 三番の外野手が打席へ入る。


 初球は外角の真っすぐ。


 ファウル。


 二球目。


 低めへの変化球。


 外野手が拾った。


 打球は二遊間を抜ける。


 中堅手が前へ出る。


 布団屋は二塁で止まった。


 一死一、二塁。


 ベンチの声が大きくなる。


 元四番が、ゆっくり打席へ向かう。


「ここだぞ!」


 肉屋が声を飛ばす。


「分かってますよ!」


 一点。


 それだけで追いつく。


 初球。


 真っすぐ。


 元四番が振った。


 鋭い打球が右翼へ飛ぶ。


 一瞬、抜けると思った。


 けれど、右翼手が前へ踏み出す。


 地面へ落ちる直前で、グラブに収めた。


「アウト!」


 元四番が一塁へ向かいかけた足を止める。


 悔しそうに空を見上げた。


「悪い!」


 二死一、二塁。


 肉屋が打席へ入る。


「一本お願いします!」


 元四番がベンチから言う。


「分かってる!」


「長打じゃなくていいですからね!」


「それも聞いた!」


 肉屋が構える。


 初球。


 内角の真っすぐ。


 見送る。


 ストライク。


 二球目の変化球をファウル。


 追い込まれた。


 三球目。


 外角への真っすぐ。


 肉屋が踏み込む。


 芯に近いところで捉えた。


 打球は中堅へ伸びる。


「行け!」


 遊撃手が声を上げた。


 中堅手が背走する。


 まだ伸びる。


 フェンス際まで下がった。


 抜ければ、試合が動く。


 中堅手が振り返りながら、最後にグラブを伸ばした。


 打球が、その先へ収まる。


 ほとんど同時に、背中がフェンスへぶつかった。


 鈍い音が響く。


 中堅手の身体が前へ戻される。


 それでも、グラブは閉じたままだった。


「アウト!」


 三アウト。


 肉屋は一塁の手前で足を止めた。


 しばらく中堅を見たまま、息を吐く。


「……あとちょっとだったな」


 元四番が言う。


「次は越す」


「じゃあ、もう一回回しますよ」


「頼む!」


 二人の声を聞きながら、僕は立ち上がった。


 あと一本だった。


 けれど、その一本が出ない。


 なら、僕ができることは変わらない。


 これ以上、離されないこと。


 九回に、もう一度追いつく機会を残すこと。


 八回裏。


 後輩が防具をつけ終え、僕のところへ来た。


「先輩」


「何?」


「痛みは?」


「ない」


「張りは?」


「少し。投げられないほどじゃない」


 後輩は僕の顔をしばらく見た。


「分かりました」


 それだけだった。


「止めないのか」


「嘘はついてないみたいなので」


「信用されてるんだか、されてないんだか」


「両方です」


 後輩は先にグラウンドへ出た。


 僕も続く。


 相手は二番打者からだった。


 初球。


 外角への真っすぐ。


 二番打者が見送る。


「ストライク!」


 二球目。


 一番遅いチェンジアップ。


 打者の身体が前へ出る。


 ファウル。


 二球で追い込んだ。


 そこから粘られた。


 外角の球を二つ続けて見送られる。


 二ボール二ストライク。


 五球目。


 内角の真っすぐ。


 打者は何とかバットに当てる。


 後ろへ飛んだ。


 ファウル。


 六球目。


 低めのチェンジアップ。


 今度は振らない。


「ボール!」


 三ボール二ストライク。


 後輩が外角へ構えた。


 七球目。


 真っすぐ。


 わずかに外れた。


「ボール、フォア!」


 無死一塁。


 僕は息を吐いた。


 簡単には終わらせてくれない。


 そして。


 三番打者が打席へ向かってくる。


 銀髪の遊撃手。


 四度目の対戦だった。


 三回目には、僕たちの狙った球を左中間へ運ばれた。


 あの一打から、試合はひっくり返った。


 三対二。


 ここでもう一点を渡せば、九回の攻撃はさらに苦しくなる。


 だから、今考えることは一つだけだった。


 このまま、一点差でつなぐ。


 後輩はマウンドへ来なかった。


 僕も呼ばなかった。


 銀髪の遊撃手が右打席へ入る。


 一塁走者がリードを取る。


 初球。


 内角への真っすぐ。


 振ってくる。


 バットに当たり、三塁側へ切れた。


 ファウル。


 二球目。


 一番遅いチェンジアップ。


 低く外す。


 打者は動かなかった。


「ボール!」


 一ボール一ストライク。


 銀髪の遊撃手は、三打席目と同じように軸足へ体重を残している。


 遅い球にも対応できる。


 後輩がサインを出した。


 真っすぐに近い速さのチェンジアップ。


 内角低め。


 僕はうなずいた。


 三打席目に捉えられた球種だった。


 それでも、使わない理由にはならない。


 見せ方を変える。


 速さを変える。


 同じ球でも、同じ勝負にはしない。


 三球目。


 腕を振る。


 銀髪の遊撃手が踏み込んだ。


 バットが出る。


 低い打球が、遊撃手の正面へ飛んだ。


 速い。


 遊撃手が一歩だけ二塁側へ寄って捕る。


「二つ!」


 後輩の声が飛ぶ。


 遊撃手は捕った勢いのまま二塁へ送った。


 同期がベースを踏みながら受け、そのまま一塁へ投げる。


 肉屋が身体を伸ばした。


 銀髪の遊撃手が一塁へ飛び込むように駆ける。


 速い。


 送球と足音が、ほとんど同時に一塁へ届く。


 肉屋のミットにボールが収まった。


 一瞬遅れて、銀髪の遊撃手がベースを駆け抜ける。


「アウト!」


 ぎりぎりだった。


 六、四、三。


 二つのアウトが一度に灯る。


 僕は息を吐いた。


 遊撃手が同期と軽くグラブを合わせる。


 肉屋も一塁からグラブを上げた。


 一人では取れないアウトだった。


 銀髪の遊撃手は一塁を過ぎたところで足を止めた。


 遊撃手を見る。


 同期を見る。


 最後に、僕へ視線を向けた。


 ほんの少しだけ笑ったように見えた。


 二死走者なし。


 四番打者。


 ここまで来たら、この回を終わらせる。


 後輩が外角へ構える。


 初球。


 真っすぐ。


 打者が振る。


 打球は中堅へ上がった。


 外野手が数歩下がる。


 落下点へ入った。


 グラブを上げる。


「アウト!」


 三アウト。


 三対二。


 一点差のまま、九回へつないだ。


 マウンドを降りる。


 遊撃手が僕の横まで来る。


「今の、俺でよかったでしょ」


「ああ」


「普通のプレーだけどね」


「それでいい」


 遊撃手は少し笑った。


「じゃあ、最後に一本打ってくるよ」


「そこまで回す」


「頼んだよ」


 ベンチでは、もう右翼手がバットを持っていた。


 後輩も防具を外し始めている。


 まだ終わっていない。


 あと一点。


 まず、追いつく。

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