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河原の決起会

 翌日の夕方。


 僕たちは、河原に集まっていた。


 山岸さんが事前に利用条件を確認した場所で、地面から少し離して二台のコンロを並べる。


 火のそばには水を入れたバケツが置かれ、持ち帰るための炭入れとごみ袋も用意されていた。


「お前ら、勝手に肉へ触るなよ!」


 肉屋の声が、川の流れる音を押しのける。


 足元には、大きな保冷箱が三つ並んでいた。


「肉を焼くために集まったんじゃないんですか?」


 元四番が尋ねる。


「焼けばいいってもんじゃねえ! 肉ごとに順番があるんだよ!」


「決起会なのに、肉屋さんの講習会が始まりそうですね」


「黙って聞けば、今後の人生で役に立つぞ!」


「焼肉屋でも始める予定はないです」


「野球だけじゃなく、人生の選択肢を広げてやってるんだ!」


「頼んでないですよ」


 元四番が呆れた顔で返す。


 その横で、遊撃手が網の端に置かれた肉へ箸を伸ばした。


「それ、もう焼けてます?」


「まだだ! 俺が育ててる途中だ!」


 肉屋が素早くその手を止める。


「育てたのは肉屋さんじゃなくて、牛でしょう」


「今、この網の上で育ててるのは俺だ!」


「じゃあ、立派に育ったら呼んでください」


「お前は自分で焼け!」


「触るなって言ったじゃないですか」


「面倒なやつだな!」


 試合後、相手の映像を見て黙り込んでいた遊撃手は、いつもの調子に戻っていた。


 完全に気にしていないわけではないと思う。


 それでも、今は肉屋を困らせる方を選んだらしい。


 少し離れた場所では、布団屋と同期の二塁手が紙皿や箸を並べていた。


「布団屋さん、箸はこれで全部ですか?」


「もう一袋ありますよ。飲み物の箱の中です」


「取ってきます」


「お願いします」


 同期の二塁手は箱へ向かい、すぐに新しい箸の袋を持って戻ってきた。


 昨日、勝負どころで交代したことを引きずっている様子はなかった。


 布団屋も、特別に気を遣っているようには見えない。


 二人とも、次に必要なものを当たり前のように用意していた。


「これ、もう食べられるかな」


 外野手が、網の上の肉を見ながら言った。


「肉屋さんに聞いた方がいいですよ」


 後輩が答える。


「聞いたら怒られそうなんだけど」


「勝手に食べても怒られると思います」


「どっちにしても怒られるのか」


 外野手が迷った末、肉屋へ顔を向ける。


「肉屋さん、これ焼けてますか?」


「どれだ!」


「この少し厚いやつです」


「まだだ! ひっくり返すなよ!」


「触ってないです」


「触りそうな顔してた!」


「顔で怒られるのは納得できないんだけど」


 布団屋が小さく笑い、焼けた野菜を外野手の皿へ載せた。


「待っている間、こちらをどうぞ」


「ありがとうございます。でも、焼肉に来て最初が野菜なんですね」


「後輩は喜ぶと思いますよ」


「肉だけでは駄目です」


 すぐに後輩が言った。


「やっぱり聞こえてた」


 僕も紙皿を受け取り、網の近くへ移動した。


 肉屋が焼き上がった肉を次々に配っている。


「お前はこれだ!」


 僕の皿へ、赤身の肉が二枚載せられた。


「ありがとうございます」


「ちゃんと食え! 投手は体が資本だ!」


「食べすぎないようにしてください」


 後輩が横から口を挟む。


「決起会で食わせないつもりか!」


「食べるなとは言っていません。肉屋さんが載せすぎるから言ってるんです」


「二枚だぞ!」


「今は、です」


「信用がねえな!」


 肉屋が不満そうに言いながら、三枚目を元四番の皿へ載せた。


「どうして俺の方へ増やすんですか」


「お前は打て!」


「雑な理由ですね」


「四番の後ろなんだから、それくらい食え!」


「肉屋さん、四番はまだ二試合目でしょう」


「二試合連続で四番だ! もう立派な定位置だろ!」


「二試合で定位置を名乗らないでくださいよ」


「元四番のお前より、今の四番の俺が偉い!」


「打順で上下関係を作るな!」


 元四番の反射的なツッコミに、周囲から笑いが起きた。


 父は少し離れた椅子に腰を下ろし、そのやり取りを眺めながら飲み物を口へ運んでいる。


 山岸さんは二つ目のコンロの火を調整していた。


「肉ばかり焼いてないで、野菜も載せろ」


「山岸さん、今日は肉が主役ですよ!」


「主役しかいなかったら、試合にならんだろ」


「野菜は控え選手ですか?」


「そういう意味じゃない」


 山岸さんが呆れたように返し、空いた場所へ野菜を並べる。


 肉屋は何か言いたそうにしていたが、最年長には逆らわず、その隣へ肉を追加した。


 日が傾き始める頃には、用意された椅子も敷物も、ほとんど埋まっていた。


 全員の皿に料理が行き渡ったところで、肉屋が飲み物の入った紙コップを持ち上げる。


「よし!」


 騒がしかった声が、少しずつ静かになった。


「三回戦は勝った!」


「知ってます」


 遊撃手が言った。


「最後まで聞け!」


「前置きが長そうだったので」


「まだ一言だろ!」


 また笑いが起きる。


 肉屋は咳払いをして、仕切り直すように胸を張った。


「次の相手は、たしかに強い」


 さっきまでとは少し違う声だった。


「俺たちが今までやった中で、一番強いかもしれねえ」


 誰も否定しなかった。


「でも、試合をする前から負ける理由にはならねえだろ」


 肉屋が僕たちを見回す。


「だから今日は食え! 明日から考えろ! そして次も勝つぞ!」


「最後だけ急に雑ですね」


 元四番が言う。


「分かりやすくていいだろ!」


「まあ、それはそうですけど」


 元四番も紙コップを持ち上げた。


 遊撃手、外野手、後輩、布団屋、同期の二塁手。


 山岸さんと父も続く。


「四回戦、勝つぞ!」


 肉屋の声に、全員の声が重なった。


 紙コップ同士が、あちこちで軽く触れ合う。


 相手が強いことは変わらない。


 僕たちが急に、同じだけの才能を持てるわけでもない。


 それでも、昨日の試合を一人で勝った選手はいなかった。


 遊撃手が試合を作った。


 外野手が七つのアウトを取った。


 布団屋と遊撃手と肉屋が、満塁を併殺で切り抜けた。


 後輩は三人の投手を、それぞれ違う方法でリードした。


 ほかの選手たちも、打ち、走り、守った。


 同じものを持っていなくても、一つの試合を勝つことはできた。


「先輩」


 隣から後輩が呼んだ。


「何?」


「肉、焦げますよ」


 網を見ると、僕の前に置かれていた肉の端が黒くなり始めていた。


 慌てて箸を伸ばす。


「俺が育ててた肉を焦がすな!」


 肉屋が叫ぶ。


「これは僕の皿の分ですよ」


「網の上では俺の管理下だ!」


「肉屋さん、こっちも焦げてます」


 外野手が別の肉を指差す。


「何だと!」


 肉屋が慌てて振り返る。


 その隙に、遊撃手がきれいに焼けた一枚を自分の皿へ移した。


「それ、俺が見てたやつだぞ!」


「育て上がってましたよ」


「返せ!」


「もう食べました」


「早いな!」


 河原に、また笑い声が広がった。


 暗くなり始めるまで、僕たちは肉を焼いた。


 四回戦の細かな作戦は、ほとんど話さなかった。


 相手の投手がどうだとか。


 どの打者を警戒するとか。


 そういう話は、明日からすればいい。


 今日ここで確かめたかったのは、もっと単純なことだった。


 僕たちは次も、このメンバーで戦う。


 そのことだけだった。


 日が落ちると、山岸さんが片づけを始めるよう声をかけた。


 火を落とし、網を外す。


 使った皿や箸を袋へまとめ、空になった箱をたたんでいく。


 全員で動けば、広げるときよりも早く片づいた。


 布団屋と同期の二塁手が、残った飲み物を箱へ戻す。


 後輩は周囲にごみが落ちていないか確かめ、外野手もその後ろをついて歩いた。


 遊撃手と元四番は、折り畳み椅子を車へ運んでいる。


 父と山岸さんも、最後まで火の状態を確認してから帰り支度を始めた。


「炭は俺が持ち帰る」


 肉屋が言った。


「店で捨てるんですか?」


 元四番が尋ねる。


「決められた方法で処分するんだよ。そこに置いて帰れるわけねえだろ」


「そこはちゃんとしてるんですね」


「そこ“は”って何だ!」


「肉屋さん、声が響きますよ」


「お前が余計なことを言うからだ!」


 最後まで騒がしいまま、一人ずつ帰っていった。


 僕も父と一緒に帰るつもりだった。


 けれど、大きな保冷箱とコンロが、まだ一つずつ残っている。


「僕も手伝うよ」


「肩は使うなよ」


 父が言った。


「軽いものだけにする」


「無理はするな」


「分かってる」


 父は一度だけ僕と肉屋を見てから、先に車へ戻っていった。


 僕はごみ袋をまとめ、肉屋は火の消えた炭を容器へ移す。


 さっきまで聞こえていた声は、もうなかった。


 川の流れる音だけが、暗くなった河原に残っている。


「悪いな」


 肉屋が言った。


「これくらいなら」


「試合の次の日まで働かせちまって」


「肉はたくさん食べさせてもらいましたから」


「なら、もう少し働いてもらうか」


「そうなるんですか」


 肉屋が笑った。


 けれど、その声は決起会の間よりも小さかった。


 最後のごみ袋の口を結ぶ。


 火は消え、仲間たちは帰った。


 暗くなった河原に残っていたのは、僕と肉屋の二人だけだった。

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