理由の分からない凡打
六回表。
遊撃手が本来の位置へ戻り、布団屋は左翼へ入った。
それまで左翼を守っていた控え選手が中堅へ回る。
そして、外野手がマウンドへ上がった。
投球練習の一球目は、後輩が構えた場所より外へ大きく外れた。
二球目は低い。
三球目は、真ん中付近から右打者の内側へ少し動いた。
後輩が捕ったあと、ミットを見つめる。
「どう?」
外野手が聞いた。
「いつもどおりです」
「それはいい意味?」
「今のところは」
「不安になる答え方だな」
後輩はボールを返さず、そのままマウンドへ向かった。
「細かい場所は狙わなくていいです」
「それで抑えられる?」
「真ん中だけ避けてください」
「ずいぶん大ざっぱだね」
「細かく要求して、真ん中へ行く方が困ります」
「それは確かに」
外野手は素直にうなずいた。
狙った場所へ投げることよりも、狙ってはいけない場所を一つだけ決める。
後輩は、それで十分だと考えているらしい。
六回の先頭、二番打者が右打席へ入った。
初球。
外野手の真っすぐは、外角の低いところへ外れた。
二球目も低い。
ツーボール。
「大丈夫か?」
遊撃の位置から、遊撃手の声が飛んだ。
「まだ二球だよ」
外野手がマウンドから答えた。
「俺のときは一球目から心配してただろ」
「今は投げてるから、それどころじゃない」
三球目。
後輩は真ん中より少し内側へ構えた。
外野手が投げる。
球は構えた場所より外へ流れ、打者のバットの先に当たった。
力のない打球が、二塁手の前へ転がる。
同期の二塁手が前に出て捕り、一塁へ送った。
ワンアウト。
「今のは狙いどおり?」
遊撃手が聞いた。
「そんなわけないだろ」
「だよな」
外野手は自分でも首をかしげていた。
三番打者への初球は、高めのボール。
二球目は、外角いっぱいに決まった。
三球目。
後輩が低めへ構える。
投じられた球は少し浮いた。
打者が振り抜く。
捉えられたように見えた。
けれど、打球は思ったほど伸びなかった。
中堅手が数歩前へ出て捕球する。
ツーアウト。
「芯を外してますね」
僕が言うと、山岸さんが腕を組んだ。
「狙って外してるようには見えないけどな」
「本人も狙ってないと思います」
マウンドの外野手は、今度は自分の指先を見ていた。
四番打者への一球目。
真っすぐが内側へ入った。
打者は体を開きながら振り、三塁側へファウルにする。
二球目は外。
三球目は低い。
ワンボール、ツーストライク。
追い込んだが、後輩は大きく外す球を要求しなかった。
ミットを真ん中より少し低い位置へ置く。
外野手が投げた。
真っすぐが打者の手元でわずかに沈む。
バットが球の上を叩いた。
打球は元四番の前へ転がる。
元四番が正面で捕り、一塁へ送った。
スリーアウト。
外野手はマウンドの上で、しばらく動かなかった。
「終わりましたよ」
後輩に言われ、ようやくベンチへ戻ってくる。
「三人で終わった?」
「終わりました」
「どうして?」
「僕に聞かれても困ります」
「配球したのは君じゃないか」
「打たせようとはしました。でも、あそこまで全部ずれるとは思っていませんでした」
「それ、褒めてないよね」
「無失点です」
「その言い方、遊撃手のときにも聞いたな」
外野手がベンチへ腰を下ろすと、肉屋が大きな手で背中を叩いた。
「いいじゃねえか! 抑えたんだから!」
「痛いです」
「気にするな!」
「そこじゃなくて、背中が痛いです」
「肉屋さん、それ以上やると次の回に投げられなくなりますよ」
元四番が止める。
「激励だ!」
「加減してください」
七回表。
こちらも追加点を取れないまま、外野手が再びマウンドへ上がった。
相手は五番打者からだった。
初球は内角へ外れる。
二球目は真ん中より低い位置へ入った。
打者が振る。
強い打球だったが、少し詰まっていた。
遊撃手が一歩下がって捕り、一塁へ送る。
ワンアウト。
六番打者は、外角へ流れた球を逆方向へ運んだ。
打球は一、二塁間を抜ける。
一死一塁。
外野手が初めて走者を背負った。
後輩はマウンドへ行かなかった。
七番打者への初球も、低めを要求する。
投じられた球は内側へ寄った。
打者が振った。
バットの根元に当たり、弱いフライが上がる。
同期の二塁手が後ろへ下がり、両手で捕球した。
ツーアウト。
「また詰まったな」
遊撃手が、定位置へ戻りながら声をかけた。
「球威があるんじゃないか?」
同期の二塁手が答える。
「それなりにはあるけど、あんなに差し込まれるほどか?」
外野手の球は、速さだけなら遊撃手と大きく変わらない。
ただ、同じ軌道で来る球がほとんどなかった。
少し沈む。
内側へ動く。
そのまま来ると思えば、わずかに外へ流れる。
どれも大きな変化ではない。
打者が振る直前に、芯から少しだけずれる。
それだけで、強い打球にならなかった。
八番打者は、初球を見送った。
ボール。
二球目も見送る。
今度はストライク。
三球目は外角へ外れた。
ツーボール、ワンストライク。
外野手が後輩を見る。
後輩は、最初と同じようにミットを低く構えた。
四球目。
打者が振る。
打球は高く上がり、左翼方向へ飛んだ。
布団屋が数歩前へ出る。
落下点へ入り、危なげなく捕球した。
スリーアウト。
七回も無失点。
外野手は二回を投げ、許した走者は単打の一人だけだった。
「やっぱり分からないな」
ベンチへ戻った外野手が言った。
「何が?」
遊撃手が聞く。
「どうして打たれないのか」
「打たれてるだろ。一人」
遊撃手が言った。
「そういう話じゃなくて」
「考えない方がいいんじゃないか?」
「先発をやった人は言うことが違うね」
遊撃手が口元を上げた。
「もっと褒めてもいいぞ」
外野手は遊撃手を無視して、後輩を見た。
「次も同じでいい?」
「はい。真ん中だけ避けてください」
「本当に、それだけ?」
「今は、それで抑えていますから」
後輩はそう答えた。
けれど、視線は相手ベンチへ向いていた。
次の九番打者が、監督らしき男のそばで話を聞いている。
監督はバットを振る仕草をせず、片手を胸の前で止めていた。
打者が短くうなずく。
七回まで通用したものが、八回も同じように通用するとは限らない。
外野手の球が変わらなくても。
相手の打ち方は、変わることができる。
スコアは四対二。
こちらが二点、前にいた。
けれど、相手はもう、外野手の球を無理に打とうとしていなかった。




