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試合を作る

 二回表。


 三点の援護をもらった遊撃手は、初回よりも落ち着いて見えた。


 先頭の五番打者への初球は、緩いカーブ。


 高めから落ちて、ストライクになった。


 二球目は外角への真っすぐ。


 打者が振り遅れ、打球は一塁側へ転がる。


 肉屋が正面で捕り、自分でベースを踏んだ。


「いいぞ! どんどん打たせろ!」


 アウトを取った肉屋の方が、マウンドの遊撃手より大きな声を出していた。


「まだ一人ですよ」


 元四番が三塁から声を返す。


「一人ずつ取れば三人で終わるだろ!」


「それはそうですけど!」


 六番打者には、初球からスライダーを続けた。


 一球目は外れたが、二球目は外角いっぱいに決まる。


 三球目の真っすぐを打者が振り抜いた。


 打球は遊撃の左へ転がった。


 布団屋が回り込み、正面に入る。


 捕ってから一塁へ投げるまで、動きに引っかかるところがなかった。


 ツーアウト。


 七番打者は、遊撃手のチェンジアップを引っかけた。


 今度は同期の二塁手が捕り、一塁へ送る。


 三者凡退。


 遊撃手は小さく右手を握ってから、後輩と並んでベンチへ戻ってきた。


「今の回、完璧じゃない?」


「三人で終わりましたね」


 後輩が答える。


「もう少し喜んでくれてもいいだろ」


「次は八番からです」


「まだ終わった回の余韻に浸ってるところなんだけど」


 後輩は構わず、遊撃手の隣に腰を下ろした。


「上位まで回れば、初回より真っすぐを待ってくると思います」


「じゃあ、変化球から?」


「それも考えます」


「考えるだけ?」


「相手の反応を見て決めます」


 遊撃手が僕を見る。


「捕手って、投手より忙しくない?」


「今ごろ気づいたのか」


「今日は気づくことが多いな」


 二回裏は、こちらも三人で攻撃を終えた。


 三対〇のまま、三回へ入る。


 三回表。


 先頭の八番打者が、初球からバントの構えを見せた。


 遊撃手が投じた球は外角へ外れる。


 打者はバットを引いた。


 次の球も、同じ構えだった。


 今度は内角への真っすぐ。


 打者は引かず、一塁側へ転がした。


 肉屋が前へ出る。


「俺だ!」


 声を上げながら打球をつかみ、一塁へ送った。


 ワンアウト。


 走者はいなかった。


 それでも、相手は遊撃手の投球を打席の中から確かめるように、簡単には振ってこなくなっていた。


 九番打者は、初球のカーブを見送った。


 ストライク。


 二球目のスライダーには、バットが動かない。


 ボール。


 三球目。


 外角への真っすぐを、逆方向へ打ち返した。


 打球は左翼手の前に落ちる。


 一死一塁。


 続く一番打者は、初球からバットを横に構えた。


 後輩が立ち上がり、内角へ要求する。


 遊撃手の球は少し高かった。


 打者はうまく勢いを殺し、三塁線へ転がす。


 元四番が前へ出て、一塁へ送った。


 ツーアウト二塁。


「きっちり進めてくるな」


 隣に座っていた山岸さんが言った。


 大きな当たりを狙っているわけではない。


 走者が出れば進め、二死でも得点圏へ置く。


 二番打者が打席へ入った。


 後輩は、最初の打席とは違い、内角から入った。


 真っすぐ。


 打者は振らない。


 ストライク。


 二球目は外へ逃げるスライダー。


 これも見送った。


 ボール。


 三球目のカーブに、打者の体が前へ動く。


 バットは止まった。


 ツーボール、ワンストライク。


 遊撃手は一度、二塁走者を見た。


 後輩が出した次のサインに、短くうなずく。


 低めのチェンジアップ。


 打者が拾った。


 打球は二遊間を抜け、中前へ転がっていく。


 二塁走者が三塁を回った。


 中堅手から本塁へ返球される。


 後輩が捕って、走者へタッチする。


 わずかに遅い。


 三対一。


 相手のベンチから、揃った声が上がった。


 打った二番打者は、一塁上で大きく喜ぶこともなく、ベンチの指示を確認している。


 遊撃手はマウンドの上で息を吐いた。


 失投ではなかった。


 低いところへ投げられていた。


 それでも、打者は無理に引っ張らず、空いている場所へ運んだ。


 三番打者への初球は、高めの真っすぐだった。


 初回に右翼前へ運んだ打者だった。


 打者が振る。


 打球は高く上がり、右翼手のグラブへ収まった。


 スリーアウト。


 遊撃手は一点を失った。


 それでも、続く三番打者を打ち取り、追加点は許さなかった。


「悪い」


 ベンチへ戻るなり、遊撃手が言った。


「一点は取られることもあります」


 後輩はすぐに答えた。


「冷静だな」


「まだ勝っていますから」


「三点取ってもらっててよかった」


「二点です」


「減らすなよ」


「今の点で、リードが二点になったという話です」


「分かってるよ」


 遊撃手は水を一口飲むと、スコアボードを見上げた。


 三対一。


 圧倒しているわけではない。


 それでも、まだこちらが前にいた。


 三回裏。


 先頭の布団屋が、外角の真っすぐを右前へ運んだ。


 強い当たりではなかった。


 けれど、二塁手の届かない場所へ、きれいに転がっていった。


「ナイスバッティング!」


 肉屋の声が飛ぶ。


 布団屋は一塁上で軽く手を上げた。


 続く外野手の打球は、一塁手の正面へ転がった。


 一塁手がベースを踏み、二塁へ送ろうとする。


 布団屋はすでにベースへ滑り込んでいた。


 送球はできない。


 一死二塁。


「一つ進めておきました」


 ベンチへ戻った外野手が言う。


「さっきのお返しですか」


「そういうことにしておこうかな」


 布団屋が二塁上から、二人の会話を聞いて笑っていた。


 肉屋が打席へ入る。


「今度も返してくださいよ!」


 元四番が声をかける。


「言われなくても分かってる!」


 初球は内角への変化球。


 肉屋は大きく振ったが、バットの下を通った。


「力みすぎです!」


「まだ一球だ!」


 二球目は外角へ外れる。


 三球目も外角。


 肉屋は踏み込んだが、バットを止めた。


 ツーボール、ワンストライク。


 相手投手は、内角を見せたあと、外へ逃げる球を続けている。


 四球目も外角だった。


 肉屋のバットが出る。


 引っ張った打球ではなかった。


 右中間へ落ちる。


 布団屋が三塁を回った。


 中堅手が前へ出て捕り、本塁へ返す。


 布団屋は滑り込まず、立ったままホームを踏んだ。


 四対一。


 肉屋は一塁上から、ベンチへ向かって胸を張った。


「引っ張るだけが俺じゃないぞ!」


「最初からそれやってくださいよ」


 元四番が言う。


「内角が来たら引っ張る!」


「結局いつもどおりじゃないですか」


「外角も打っただろ!」


 元四番は呆れた顔のまま打席へ向かった。


 けれど、肉屋とすれ違うときには、右手を軽く上げた。


 肉屋も、その手へ自分の右手を合わせる。


 四対一。


 こちらも、相手のように大きな一打だけを待っていたわけではない。


 布団屋が出て、外野手が進め、肉屋が返した。


 初回とは違う形で、もう一点を加えた。


 その後は後続が倒れ、追加点は入らなかった。


 四回表。


 遊撃手は、初回に安打を許した三番打者から始まる打線を無失点で切り抜けた。


 こちらも四回裏は得点できない。


 四対一のまま、五回へ入った。


 五回表。


 相手の先頭打者が、遊撃手のカーブを左中間へ運んだ。


 打球は外野の間を抜け、二塁打になる。


 遊撃手は腰に手を当て、一度だけ息を吐いた。


 初回から数えれば、球数も増えている。


 それでも、後輩がマウンドへ向かおうとすると、遊撃手は首を横に振った。


 後輩は一度止まり、そのまま本塁へ戻った。


 次の打者は、右方向へのゴロを打った。


 同期の二塁手が捕り、一塁へ送る。


 その間に、走者は三塁へ進んだ。


 一死三塁。


 続く打者は、初球の真っすぐを右方向へ打ち上げた。


 右翼手が捕球する。


 三塁走者がタッチアップした。


 送球は返ってきたが、間に合わない。


 四対二。


 相手は二つのアウトを使って、一人の走者を本塁まで進めた。


 派手さはない。


 けれど、こちらが少しでも隙を見せれば、確実に一点へ変えてくる。


 遊撃手は、最後の打者をスライダーで二塁ゴロに打ち取った。


 同期の二塁手から、肉屋へ。


 スリーアウト。


 五回を投げて、二失点。


 ベンチへ戻ってきた遊撃手を、山岸さんが呼び止めた。


「ここまでだ」


「もう一回くらい行けますよ」


「行けるのは分かってる」


 山岸さんは、遊撃手の肩を軽く叩いた。


「十分に試合を作ってくれた」


 遊撃手は何か言いかけたが、口を閉じた。


 それからスコアボードを見上げる。


 四対二。


 自分が降りても、チームはまだ勝っている。


「先発としては、合格?」


 遊撃手が後輩に聞いた。


「五回二失点です」


「だから、それは結果だろ」


「十分です」


 後輩が答える。


 遊撃手は少しだけ笑った。


「それを先に言ってくれよ」


 グラブを外し、ベンチへ腰を下ろす。


 一人で最後まで投げたわけではない。


 相手を寄せつけなかったわけでもない。


 それでも、五回までマウンドに立ち、リードを残した。


 遊撃手は、自分にできるやり方で試合を作った。


 山岸さんが、ベンチの奥へ声をかける。


「次、行けるか」


 呼ばれた外野手は、自分の胸を指差した。


「僕ですか?」


「お前だ」


 外野手は、少し困ったように笑った。


「どうして抑えられてるのか、僕にも分からないんですけど」


「今まで抑えてるなら十分だ!」


 肉屋が言った。


「その言い方、余計に不安になるんだけど」


 外野手はそう答えながらも、グラブを持って立ち上がった。


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