もう一度、同じグラウンドで
スマートフォンの画面には、大会の特設ページが表示されていた。
赤と白を使った派手な見出しの下に、硬式野球オープントーナメントと書かれている。
僕は画面を指で送った。
参加資格。
大会形式。
登録人数。
試合会場。
高校、大学、企業、クラブチーム。社会人を中心に活動する硬式の草野球チームも、条件を満たせば参加できるらしい。
「こんな大会、前からあったか」
「企画自体は少し前から出てた。正式な規定と日程が発表されたのは最近だけどな」
元相方が画面の上部を指す。
「現役のプロは参加不可」
「当たり前だろ」
「でも、最後まで読め」
僕はもう一度画面を送った。
優勝チームには賞金と記念品が贈られる。
その下に、特別試合についての説明があった。
大会終了後、優勝チームは現役プロ選手による選抜チームと対戦する。
僕の指が止まる。
「これ」
「俺も出る予定」
元相方が言った。
「まだ正式発表前だけど、話は来てる」
「お前、怪我したらどうするんだよ」
「本大会じゃないし、出場時間は調整される。投手も野手も、何人か入れ替えながら使うらしい」
「そういう話じゃなくて」
「球団も了承してる」
先回りして答えられる。
僕は画面へ視線を戻した。
優勝チームと、プロ選抜。
同じグラウンド。
同じ試合。
ただし、同じチームではない。
「だから、チームを作って出ろ」
元相方は簡単に言った。
「無理に決まってるだろ」
「何が」
「チームなんてない」
「作ればいい」
「人もいない」
「集めろ」
「硬式だぞ」
「読んだ」
「エントリー締切、二週間後じゃないか」
「それも読んだ」
僕はスマートフォンをテーブルへ戻した。
「人を集めて、登録して、ユニフォームも用意して、一か月後には試合。そんな簡単にできるわけない」
「簡単だとは言ってない」
「それ以前に、優勝なんて」
「誰が優勝しろって言った?」
「優勝しないと、お前とは試合できないだろ」
「できないな」
元相方は平然と答えた。
「じゃあ同じだ」
「何が同じなんだよ」
「出ても、お前のところまで行けない」
「まだ一試合もしてないだろ」
「チームすらない」
「だから作れって言ってる」
話が戻る。
こいつは昔から、僕が逃げ道として出した言葉を一つずつ潰してくる。
勝てない。
間に合わない。
人がいない。
投げられない。
どれも間違ってはいないはずなのに、こいつの前で口にすると、ただの言い訳に聞こえた。
「高校も大学も企業も出るんだろ」
「出る」
「強いところばかりじゃないか」
「草野球のチームも出る」
「だからって勝てるとは限らない」
「負けるとも限らない」
「お前、プロに入ってから雑になったな」
「高校のときからこうだろ」
元相方が笑う。
僕は大会のページをもう一度見た。
予選開始は、エントリー締切から約一か月後。
一か月。
二年間まともに投げていない人間が、試合のマウンドに立つには短すぎる。
けれど、考える時間としては長すぎた。
一か月あれば、何もできないと言い続けることもできる。
少しくらい投げてみることもできる。
「俺に勝ちたいと思わないのか」
元相方が言った。
「別に」
「即答するなよ」
「高校のとき、何度も盗塁刺されたし」
「お前は投手だろ」
「牽制で刺したこともある」
「あれは俺のサインが良かった」
「投げたのは僕だ」
「じゃあ、勝ちたいんじゃないか」
僕は答えなかった。
勝ちたいのかは分からない。
もう一度同じグラウンドに立ちたいのかも、正直には分からなかった。
ただ、想像はしてしまった。
マウンドに立つ僕。
向こう側にいる元相方。
捕手ではなく、打者として打席に入るあいつ。
高校時代には一度もなかった形で、向かい合う。
胸の奥に、忘れていたはずの感覚がわずかに動いた。
「なあ」
元相方の声が低くなる。
笑っていなかった。
「優勝できるかなんて聞いてない」
僕は顔を上げる。
元相方は椅子の背から身体を離し、少し前へ乗り出していた。
「投げられるか?」
肩は治っている。
痛みもない。
医者からも止められていない。
それでも、二年間投げていない。
昔と同じ球は投げられないかもしれない。
何も残っていないかもしれない。
だから、その質問は肩のことではないのだと思った。
投手だった自分を、まだ自分の中に置いておけるか。
もう一度マウンドへ向かう人間として、自分を認められるか。
そう聞かれている気がした。
僕はすぐには答えなかった。
カウンターの向こうで、山岸さんが新聞をめくる音がする。
窓の外を、買い物袋を下げた人が通り過ぎる。
店の中は何も変わらず、時間だけが流れている。
元相方は急かさなかった。
ただ、僕の答えを待っていた。
「投げられる」
声に出した瞬間、自分の言葉ではないように聞こえた。
元相方は目を細める。
「本当に?」
「聞いといて疑うなよ」
「いや。思ったより早かったから」
「取り消すぞ」
「それは困る」
元相方は笑った。
さっきまでの真剣な顔が嘘のように崩れる。
僕は視線をそらし、大会のページへ戻した。
まだ出場すると決めたわけではない。
チームを作るとも言っていない。
ただ、投げられると答えただけだ。
それだけなのに、画面に並んだ参加条件が、さっきまでとは少し違って見えた。
登録人数。
守備位置。
試合形式。
必要になる捕手。
そこまで考えたところで、一人の顔が浮かんだ。




