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一人では取れないアウト

 四回裏。


 先頭の四番打者が、外角の真っすぐを中前へ弾き返した。


 無死一塁。


 次の五番打者は、一打席目に右中間へ安打を打っている。


 後輩が、低い位置へミットを構えた。


 内角の真っすぐ。


 打者が振り抜く。


 強い打球が、三塁線寄りへ転がった。


 元四番が横へ動き、逆シングルで捕る。


 二塁へ送球。


 二塁手がベースを踏みながら受け取り、そのまま一塁へ投げた。


 肉屋が体を伸ばして捕る。


「アウト!」


 二つのアウトが、一度に増えた。


 僕が投げた球だけでは取れなかった。


 元四番が捕り、二塁手がつなぎ、肉屋が最後を収めた。


 誰か一人でも遅れていたら、完成しなかったアウトだった。


「今のは四番の守備だな」


 肉屋が一塁から声を上げる。


「捕ったのは僕です」


 元四番が返した。


「最後に捕ったのは俺だ」


「普通の送球でしたよ」


「普通の送球を普通に捕るのが難しいんだ」


「急に深いこと言わないでください」


 六番打者を、外角のチェンジアップで左飛に打ち取る。


 布団屋がほとんど音を立てずに落下地点へ入り、胸の前で捕った。


 四回裏も、無失点。


 僕がベンチへ戻ると、後輩が隣を歩きながら言った。


「守備が安定していますね」


「一回戦より動きがいい」


「試合に慣れてきたんでしょうか」


「僕たちも、野球をしてた人間だからな」


 二年間離れていた僕とは違い、全員が完全に野球をやめていたわけではない。


 それでも、初めから今のように動けたわけではなかった。


 一緒に練習し、一つの試合を経験した。


 誰がどこまで届き、誰の送球がどれくらい強く、どこへ投げれば次につながるのか。


 少しずつ、互いの動きが分かり始めていた。


     *


 五回表。


 六番の外野手は、高めの真っすぐに振り遅れて空振り三振。


 七番の後輩は、外角低めのスライダーを二球見送り、フルカウントまで粘った。


 最後は真っすぐに詰まり、遊撃へのゴロ。


 八番の二塁手も、緩いカーブを打ち上げた。


 三者凡退。


 簡単に見える三つのアウトだった。


 それでも、相手エースは二十球近くを使っていた。


 初回より、マウンドを降りる足取りが少しだけ速い。


 息が上がっているわけではない。


 ただ、思いどおりに進まないことへ、少しずつ気づき始めているように見えた。


 五回裏は、先頭の七番打者を二塁ゴロ。


 八番打者には四球を与えた。


 九番打者が送りバントを試みる。


 打球は捕手の前へ転がった。


 後輩が素早く前へ出る。


「二つ!」


 二塁へ投げる。


 遊撃手がベースに入り、一塁走者を封じた。


 遊撃手はそのまま一塁へ送ろうとしたが、打者走者の足が速い。


 無理には投げなかった。


 二死一塁。


 次の一番打者が、初球を中堅へ打ち上げる。


 外野手が数歩下がり、捕球した。


 四球は出した。


 それでも、後輩の判断と遊撃手の動きで、走者を得点圏へ進ませなかった。


 アウトは、投手の記録になるものばかりではない。


 むしろ、僕一人で取れるアウトのほうが少なかった。


 ベンチへ戻ると、遊撃手が僕を見た。


「今日、俺けっこう働いてない?」


「言わなければ格好よかったのに」


「じゃあ今のなしで」


     *


 六回表。


 先頭は、九番の僕だった。


「今度は振ってくださいね」


 打席へ向かう前、遊撃手が言った。


「球が来たらな」


「全部球だろ」


「打てる球が来たら」


「最初からそう言えよ」


 初球は真っすぐ。


 振り遅れて、ファウル。


 二球目のスライダーは低く外れた。


 三球目。


 緩いカーブを引っかけ、打球が一塁側へ転がる。


 相手エースがマウンドを降り、自分で処理した。


 そのまま一塁へ送球。


 一つ目のアウト。


 すれ違うとき、相手エースが小さく笑った。


「振りましたね」


「言われたから」


「誰にですか?」


「味方に」


 それ以上話す時間はなく、僕はベンチへ戻った。


 一番の遊撃手は、外角の真っすぐを中前へ弾き返した。


 今日、商栄スターズで二人目の安打だった。


「やっと打ったな」


 肉屋が言う。


「打ってない四番に言われたくない」


「俺は打点がある」


「便利だな、それ」


 一死一塁。


 二番の布団屋が打席へ入る。


 初球から、バントの構えを見せた。


 相手の三塁手が前へ出る。


 二球目。


 布団屋は真っすぐを一塁側へ転がした。


 一塁手が捕り、打者走者へタッチする。


 遊撃手は二塁へ進んだ。


 二死二塁。


 布団屋はベンチへ戻ると、遊撃手へ向かって小さく手を上げた。


 二塁上の遊撃手も、片手を上げて返す。


 三番の外野手が打席へ入った。


 相手エースは、初球から一四一キロの真っすぐを投げ込んだ。


 外野手が振る。


 鋭い打球が、中堅方向へ飛んだ。


 一瞬、抜けるように見えた。


 けれど、中堅手が前へ走り、地面すれすれで捕る。


 三つ目のアウト。


 遊撃手は二塁に残された。


 打球は悪くなかった。


 布団屋の送りバントも、無駄ではなかった。


 ただ、あと一歩届かなかった。


     *


 六回裏。


 先頭の二番打者を、外角のチェンジアップで二塁ゴロに打ち取った。


 一死走者なし。


 短い金髪が、左の打席へ向かう。


 相手エースの三打席目だった。


 一打席目は右前打。


 二打席目は、元四番の守備で三塁ゴロ。


 後輩が最初に選んだのは、外角の真っすぐだった。


 ボール一つ分、低く外れる。


 相手エースは動かなかった。


 二球目。


 内角へ、速いチェンジアップ。


 バットが出る。


 タイミングは少し早かったが、打球は一塁側の観客席まで飛んだ。


 ファウル。


 三球目は、さらに遅いチェンジアップ。


 相手エースは途中で気づき、バットを止める。


「ボール」


 二ボール、一ストライク。


 後輩が外角低めへミットを構えた。


 真っすぐ。


 狙った場所へ投げた。


 相手エースの前足が、迷わず踏み込まれる。


 金属音が響いた。


 打球は高く上がり、右翼方向へ伸びていく。


 右翼手が後ろへ走る。


 フェンスの手前で足を止め、上を向いた。


 打球は、その頭上を越えた。


 観客席から大きな歓声が上がる。


 相手エースは走り出しながら、白い歯を見せていた。


 一人で投げて、一人で打つ。


 一人で点を取る方法があるとすれば、あれだった。


 一対二。


 新しい球を受け取る。


 次の四番打者への初球は、少し高く入った。


 真っすぐを左前へ運ばれる。


 一死一塁。


 続く五番打者には、外角を狙ったチェンジアップが真ん中へ寄った。


 打球は一、二塁間を抜けた。


 一死一、二塁。


 本塁打を打たれたことが、まだ頭のどこかに残っていた。


 次の一球へ切り替えたつもりでも、指先がわずかに遅れる。


 後輩が立ち上がり、僕のところへ来た。


「一点です」


「分かってる」


「分かっていない顔をしています」


 言い返せなかった。


「打たれた球は、もう戻りません。今いる走者だけ見てください」


 後輩は僕の返事を待たず、元の位置へ戻った。


 六番打者への初球。


 内角の真っすぐを詰まらせる。


 打球は三塁側へ転がった。


 元四番が前へ出て捕り、三塁を踏む。


 先頭走者を封じ、二つ目のアウト。


 二死一、二塁。


 七番打者には、外角のチェンジアップを続けた。


 二球目を打ち上げる。


 布団屋が前へ出て、胸の前で捕った。


 三つ目のアウト。


 本塁打のあと、二本の安打を許した。


 それでも、追加点は渡さなかった。


 ベンチへ戻る途中、後輩が隣へ並ぶ。


「次が最後です」


「分かってる」


「今度は、本当に分かっていますね」


 七回裏は、八番打者から始まる。


 その先に、もう一度あの打者がいた。

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