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第四章 初公演に向けて

 ダンザの連中と一悶着を起こしたあと、俺たちは窓口に向かい、次こそ劇場の予約を行った。

 初公演の日程は、今からおよそ三か月後。稽古や道具作りをする猶予はあるものの、のんびりはできない期間である。


 予約を終えたあと、ローラから舞台の下見をさせてほしいと願い出る。無名の連中に長く構いたくないのか、スタッフには難色を示されてしまう。しかしながら、「深夜なら誰もいないから好きにすればいい」としぶしぶ了承してくれた。

 外に出てみると、空は夕暮れを迎えていたが、深夜までにはまだ時間がある。俺たちはそれまでの間、道具作りに必要な材料を買ったり、台本の印刷を業者に依頼したりした。


 空がすっかり暗くなったところで、俺たちはジオカーレ劇場に引き返す。公演はすでに一通り終了しており、中には警備に当たる夜勤スタッフたちしかいなかった。そのうち一人に声をかけたあと、俺たちは裏口の廊下を進み、奥にある舞台へと向かう。

 ここがどのような所か想像は付いていたが、こうして舞台に立つと実に壮観だった。二階まで続く六百以上もの観客席が所狭しと並び、そのすべてが舞台に向けられている。ここで観衆の視線を一身に受けることを想像し、俺は思わず唾を呑み込んだ。


「いずれはここでリハーサルをするつもりだから、その時には慣れてもらわないとね」


 俺の不安を察してか、ローラがにこりと笑いながら言う。俺は気恥ずかしくなりながらも、返事とともにうなずいた。


 早速、舞台の下見を開始する。まず、舞台幕については必要な物が一通り揃っているようだ。

 舞台の最前部にある、開演と終演を示す緞帳どんちょう。そのすぐ後ろにある、舞台の場面転換を示す暗転幕。そして舞台の真ん中にある、舞台後方の場面転換に用いる引割ひきわり幕。これだけ備わっていれば、問題なく演劇を行えるだろうと感じた。

 舞台寸法の確認も終わり、ほかに何か活用できる物がないかを最後に探してみた。そして、舞台の端に置かれたグランドピアノを発見する。演劇をするうえで、これも演出に活用できるかもしれないと考えた。


 舞台の下見を終え、俺たちはスタッフに礼を言って劇場を後にする。その後、適当に宿屋を見つけて一泊した。夜が明け、外の吹雪が落ち着き始めたころを見計らい、俺たちは宿屋を出て城下町から離れた。

 村に戻ってみると、マスコロさんたちは仕事に勤しんでいる真っ最中。遅くなったことを詫びると、みんなは「演劇のために頑張ってくれているんだろう?」と快く許してくれた。


 仕事と昼食を終えたところで、俺たちは村のみんなを外に招集する。みんなが地べたに腰かける中、ローラが一歩躍り出て話を始めた。


「ジオカーレ劇場の予約が取れたわ。公演は今から三か月後よ。それまでの間、みんなには毎日の稽古に付き合ってもらうわ」


 村のみんなは、待ってましたと言わんばかりに歓声を上げた。


 最初に行うのはチーム分けだ。主に舞台監督、舞台演出家、舞台俳優、音響、美術、そして衣装の六チームに分かれる。

 舞台監督は劇の進行管理を、舞台演出家は演出に関する指示を行うスタッフだ。これらの重要な役割は、ローラが両方とも請け負うと宣言してくれた。だが残り四チームについては、みんなに担ってもらう必要がある。


 まずは、演奏などで演出を行う音響チームだ。これについては、話し合うまでもなく決まっている。バトラーさんだ。

 王城でのバトラーさんは、ピアノの腕を買われ、よく社交ダンスの場で演奏を行っていた。バトラーさんが舞台でもグランドピアノを弾けば、上質な演出を期待できることだろう。バトラーさんもそのつもりだったようで、二つ返事で了承してくれた。


 次に、花形である舞台俳優だが、主役に関しては満場一致で決まってしまった。ローラである。

 宴のときに見せたローラの演技は、村のみんなをすっかり虜にしてしまったようだ。みんなの期待を背負い、ローラはドンと胸を叩いて「任せなさい!」と言ってのけた。


「でもその代わり、裏で行う舞台監督の仕事をしきれなくなっちゃうわ。だから、舞台監督助手としてヘルプをお願いしたいんだけど、誰かいないかしら?」


 ローラの願い出に、マスコロさんが率先して挙手してくれる。確かに、普段から村長としてみんなを仕切っているマスコロさんなら適任だと感じた。


 舞台俳優のメンバー決めを再開したとき、突然パグが俺に向かって声を上げた。


「アスームも昔から、ローラお嬢ちゃんと一緒に稽古をしていたんだろ? なら、おめえも役者をやるべきだ」


 みんなもパグに賛同し、次々に拍手をし始める。俺はもちろんとばかりにうなずいてみせた。観客たちをわからせる戦略のためにも、なおさら断るわけにはいかない。


 エキストラも十余名ほど決めたところで、次は道具で演出を行う美術チームだ。ここでマスコロさんから、具体的にどういう物を作ればいいのかと質問を受ける。

 ローラは、シーンを演出するために必要なものと答えた。具体的に、今回の劇では戦場、森、町と場面が変わっていく。それらの場面を表現するために、木などのオブジェクトを作る必要がある。


「ねえねえ、木は森にある物を使って作ればいいんじゃない? 枝をちぎってくっつけたりしてさ」


 子どもたちが出してくれたナイスアイデアを、俺とローラは目を輝かせながら採用した。製作にも興味があるようだったので、子どもたちには木のオブジェクト作りを任せることにした。

 ほかにも、絵に少しでも自信のある人たちを、美術チームに起用している。彼らには、つなぎ合わせた板に民家を描き、オブジェクトを作ってもらうことにした。


 残るは衣装チームだ。衣装チームには、俺たちが考えたイメージのとおりに衣装を作ってもらう必要がある。

 ここで名乗り出てくれたのが、裁縫に自信があるというモグリーさんだった。曰く、普段からみんなの服を新調してあげているとのことだ。モグリーさん以外にも、手先が器用な人たちを中心に起用していった。


 美術や衣装はただ製作するだけでなく、本番での裏方作業も必要となってくる。特に、木や民家のオブジェクトは大きいので、力のある者に運ぶのを任せなければならない。

 よって、俺からはその役目にパグを推薦した。この村で誰よりも力持ちなのがパグだからだ。

 俺から頼み込むと、パグは「しゃーねえなあ」とまんざらでもなさそうに聞き入れてくれた。まだ役割を決めかねていた人たちも、ここで次々に名乗りを上げ、各チームに加わっていった。


 チーム分けが終わったところで、俺たちは稽古を行うために、早速村の稽古場へ向かう。

 稽古場とは言ったものの、実際は畑近くの空いたスペースに、杭と紐で仕切りを作っただけにすぎない。粗悪な出来の稽古場を見て、子どもたちやパグが大きく落胆したのは言うまでもない。


「もし俺たちが演劇で成功したら、いつかはこの稽古場だってまともな建物に新調できるんだ。ご飯だってたらふく食べられるだろうしな」


 俺の言葉を聞き、パグたちは一転してやる気に満ちあふれるようになった。


 ローラの号令に応じ、俺たちはローラの周りに集まって腰を下ろす。先に台本と羽ペンをみんなに配ってから、ローラは声を張った。


「それじゃあ、記念すべき一回目の稽古を始めるわよ。まずは全員に、演劇をするうえで最低限覚えるべき知識について説明するわね。今配った台本を、メモ代わりに活用してちょうだい」


 そう言って、ローラは淡々と舞台用語の説明を始めた。

 観客席から見て右側を上手かみて、左側を下手しもてと呼ぶこと。舞台の最前面をかまちと呼び、ここに許可なく印を付けたりしてはいけないこと。天井には照明や美術道具を吊るすための棒があり、これをバトンと呼ぶこと。道具や人の高さをタッパと呼び、バトンまでの高さは飛びタッパと呼ぶこと……。

 山ほどある用語の数々に、村のみんなが次々と難しい顔になっていく。それでも誰一人として弱音は吐かず、羽ペンで熱心にメモをしてくれていた。


 用語のほかに、演劇の基本的な流れについても説明がなされた。

 ただ舞台上で劇を披露して終わりというわけではない。道具などをセッティングしたり片づけたりするのも、演劇をするうえで必要となってくるのだ。

 それぞれの作業を仕込み、ばらしと呼び、本番ではこれらも迅速にこなさなければならない。当然、劇場でリハーサルを行うときには通しで練習すると、ローラは最後に付け加えた。


「各自、私がここまで言った話は頭に叩き込んでもらうから、ちゃんと覚えておくようにね。じゃあいよいよ、稽古を始めるわよ」


 ローラの呼びかけを聞き、特に俳優チームの面々は待ってましたと言わんばかりに意気込んだ。

 とはいえ、演技の稽古をする前に、基礎的な技術を身に付けてもらわなければならない。まず始めに、ローラは俳優チームに発声訓練を行った。主に、腹から声を出すこと、母音まで正しく発音すること、この二つの練習である。

 一部の人はつまらなさそうにしていたが、いざ実践してみると、思うように声を出せない様子だ。発声ですらローラに及んでいないと自覚してか、以降は真面目に取り組むようになった。俺も俺で、指導者の立場になったときを想定し、ローラの指導をそばで観察してメモした。


 美術と衣装のチームは、しばらく道具や衣装の製作に取り組んでもらうこととなる。演劇の稽古が始まらない間、音響のバトラーさんと舞台監督助手のマスコロさんは手すきとなってしまう。


 ここで、俺はローラから出動を命じられた。台本は俺も作成に携わったので、全く指示できないわけではない。

 俺はバトラーさんとマスコロさんを個別に呼び出し、台本を用いてシーンごとの説明を行った。舞台監督については、行ってもらう指示の内容が多岐にわたるので、それなりに時間を要した。


 演奏のほうは、中盤と終盤の二シーンに挿入するのみではあったが、結果的にこちらも長く話し込むこととなる。どういった楽曲を採用するかをまだ決めかねていたからだ。

 『敗走』の中盤は、友が主人公を生かすために自ら命を絶ち、それを見た主人公が嘆き悲しむシーン。そして終盤は、主人公が祖国の市民を救うために身を挺し、敵兵たちに銃殺されるシーン。どちらも重い内容であるために、慎重に楽曲を選ぶ必要がある。


 しばらく悩んだ末、バトラーさんが良案を出してくれた。讃美歌の採用である。

 『敗走』は人の生死を色濃く描いており、作中でも神に祈るシーンがあるほどだ。主が導いてくれることを祈り、主が手を差し伸べてくれたことに感謝する。讃美歌ならばそういったメッセージを込めやすいと思い、俺は快く賛同した。


 二人への説明を終えたところで、俺はローラのもとへ戻る。ちょうどローラも手が空いているようだったので、俺は小声で尋ねた。


「三か月の稽古期間で、どうにかなりそうか?」


 くすっと笑い、ローラは答える。


「劇の稽古を始めるのに、あと一か月はかかるかしらね。でもまだ初日だし、焦る必要はないわ。特に俳優チームに関しては、私たちでみっちり指導するから、心配はいらないでしょう?」

「おまえに比べたらまだ未熟だよ、俺は」


 謙遜のつもりで言ったが、ローラはそれを聞いて少しばかりしょげてしまう。


「今は私が一番上手いだろうけど、いつかはあなたにも、私と同等以上の演者になってほしいわ。舞台監督も含めて、すべてを任せられるくらいにあなたが上達してくれたら、これほど心強いことはないもの」


 空を見上げながら言うローラの姿は、何だか、何年も先の未来を見据えているように思えた。




 稽古が始まってから、二週間の時が流れる。たくさんの人たちが事をなすので、多くの進展があり、状況が目まぐるしく変わっていった。


 まず、音響のバトラーさんだが、何度か検討を重ねた末に讃美歌の選曲を終えた。裏方たちが舞台の下見に向かう際も、バトラーさんを同行させて演奏の練習をしてもらっている。


 しばらく伐採を担っていたパグたちには、次にチケット販売を依頼している。公演のタイトルと日程を筆記体で記し、観客席の数だけ印刷。それらを劇場前に持ち込んで、パグたちに売り子をしてもらった。

 チケットは意外にもそこそこ売れたらしい。だが、それは期待ではなく、侮蔑によるものがほとんどだったそうだ。一部からは、「ドブネズミがどのような演技をするのか観てやろう」とまで言われてしまったらしい。


「散々嘲笑われて、ほんっとにむかついたからな。おめえらの演技でしっかりわからせてくれよな、アスーム、ローラお嬢ちゃん!」


 歯軋りしながら言うパグに対し、俺とローラは苦笑いしながらもうなずいてみせた。


 次に、衣装や大道具の製作チームだが、いくつか完成品を披露してくれた。

 衣装のほうは、複数の布を縫い合わせ、俺たちがオーダーしたとおりの軍服に仕上げてくれている。サイズも役者それぞれ採寸したとおりに作ってあげると、モグリーさんはウィンクとともに約束してくれた。


 大道具のほうも上々だった。舞台に収まる大きさ、持ち運びやすさ、立てたときの安定感、どれを取っても文句なしの出来である。ローラが初めて見たときなんかは、うれしさのあまり小躍りしてしまったほどだ。

 子どもたちが提案した木のデザインも、本物そっくりで違和感がない。民家のオブジェクトも、つなぎ合わせた板に染料で上手く描いてくれている。大道具の準備が大きな気がかりとなっていたが、どうにか間に合わせてくれてありがたい限りだった。


 俳優チームはというと、まだ基礎訓練の最中だ。発声練習ばかりだと喉が潰れかねないので、ほかの練習も挟むことにしている。

 例えば、すり足での移動だ。舞台裏から足音が聞こえてしまうだけでも、劇というのは一瞬で台無しになってしまう。当然、これはスタッフ全員に言えることなので、ほかのチームにも手が空いたときに練習してもらった。


 ローラ自身はというと、初日よりさらに忙しさが増している。発声のコツ、道具や衣装の評価など、大勢から矢継ぎ早に相談を受けていた。

 みんなを監督する立場で多忙を極めるというのに、ローラが弱音を吐くことはなかった。右も左もわからないみんなのために、自分が先導しなければならないと張りきっていたのかもしれない。毅然とした態度で応対するローラの姿に、俺は思わず見入ってしまう。


「……あんまりじろじろ見られると恥ずかしいんだけど」

「感心していただけだよ」


 ローラが気まずそうに言ってきたので、俺は素直に思ったことを伝える。「なら良いんだけど」と、ローラはまんざらでもなさそうに顔を綻ばせていた。




 さらに二週間が経過した。みんなの稽古や作業も、心なしか板に付いてきたように感じる。


 俳優チームは、練習のかいあって、発声やすり足を問題なくこなせるようになっていた。劇に必要な道具や衣装も、この頃にはすべての製作を終えてくれていた。


 同時に、城下町の鍛冶屋で前もって注文していた品が完成する。役者たちに持たせる銃のレプリカだ。

 俺とパグの二人で受け取って持ち帰ると、みんなはレプリカの精巧さに目を輝かせた。ようやく必要な物が揃ったところで、待望だった劇の稽古がついに始まった。


 稽古場に集まり、俺たちは入退場、演技、場面転換などを一から練習していく。バトラーさんや裏方たちは、村に楽器や幕がないので、代わりに歌ったりジェスチャーをしたりしてもらう。

 ローラは主演も務めるが、みんなの指導を優先し、観客席側に立ってみんなの動きを念入りにチェックした。移動が遅い、物音が目立つ、感情の表現が乏しいなど、その指導は細部にまで及ぶ。そして、ローラが納得できるまで、俺たちは同じシーンを何度も反復して練習した。


 ローラの指導は相当ハードだったため、みんなが不満を覚えるかもしれないと、俺は不安に感じた。ローラ自身も、「私のことをどれだけ嫌ってくれてもいい」と、みんなに宣言していたほどだ。

 しかし、みんなが悪態をつくことは一切なかった。おそらくは、ローラの真摯な姿勢にちゃんと気づいてくれていたからだろう。遠慮はいらないとみんなに励まされ、ローラもそれ以降自信を持って指導するようになった。


 日中指導に明け暮れているローラが、自分の稽古を行える時間は夜しかない。夕食を終えてから、俺と二人で稽古場へ向かい、各々の役になりきってエチュードを行う。

 ローラはエチュードに一切妥協しなかった。相手役との関係性や距離感は適切か。感情的になりすぎるあまり、言葉遣いがぶれていないか。感情に強弱を付けてみて、役の新たな解釈が得られないか。何度も繰り返していくうちに、無意識に演技が型にはまっていないか……。それらの調整を重ね、ローラは演技を覚えるのでなく、役になりきる自分を徹底的に作り込んでいた。


 また、長い間一緒に稽古をしてきたからか、ローラは俺を信頼し、何度か演技のアドバイスを求めてきた。なので、信頼に応えるために厳しく評価しようとするが、いかんせんこのお嬢さまの演技は完璧すぎる。むしろ俺のほうが勉強させられるばかりで、アドバイスがろくに浮かばずに困ってしまった。

 それでもなお、ローラのストイックな姿勢は変わらない。「何か思いつきでもいいから言ってみて」と促されたので、俺はその言葉どおりに喋ってみた。俺が演じるならこうしていたと思うとか、何を思ってこの演技をしたのかとか、そんなところだ。


 ローラは、俺の些細な質問にもすべて答えてくれたし、どれだけ抽象的な意見もすべて真摯に受け止めてくれた。時に、私はこう思ってこの演技をしたと、俺の意見に真っ向からぶつかったりもした。

 こうしたローラとの意見のすり合わせは、俺にとってとても有意義なものになってくれたと感じる。とはいえ、ローラの貴重な時間を奪ってしまっているのは確かだろう。


「ごめんな、ローラ。俺なんかのために時間を割いてくれて」


 ある日の稽古が終わったあとに、俺はローラにそう詫びた。


「ううん。むしろ、いつも真剣に付き合ってくれてありがと」


 ローラは不機嫌になるどころか、笑って感謝を述べてくれた。ローラもまた有意義に思ってくれているのかもしれないし、俺との稽古を楽しんでくれているのかもしれない。俺も感謝の代わりに笑みを返し、虫がさざめく月夜の中、二人で帰路に就いた。




 稽古を重ねていくうちに、公演日まで二週間を切る。俺たちは大きなミスをすることなく、劇の練習を通しでできるまでになっていた。


 稽古も終盤に差しかかったところで、俺たちは夜に劇場を借りて、本格的にリハーサルを行った。子どもたちには夜更かしをさせるわけにはいかないので、留守番役の大人と村に残ってもらっている。

 リハーサルでは、劇だけでなく仕込みとばらしも合わせて練習した。村の稽古場では問題なくできていたことも、本物の舞台に立って行うと、勝手がまるで違う。本番を想像してか、みんなはぎこちない動きになったりミスを多発したりしていた。


「ここが正念場よ、みんな! この緊張さえ乗り越えられたら、私たちの劇は完成するわ!」


 観客席から見下ろすローラの指導にも、心なしか熱が入っている。緊張を克服できれば、今後劇をするうえでも大きな糧になると判断してのものだろう。


 俺も、俺なりにみんなを牽引しようと奮闘した。俺までもがここでしくじれば、みんなの不安をさらに募らせてしまうと考えたからだ。

 みんなはまた自信をなくし始めていたが、村でリハーサルをしたときの出来は本当にすばらしいものだった。俺は自らの演技で、そのことをみんなに示そうとする。何度も繰り返していく中で、俺はふと、稽古以外の時間に書いたメモの内容を思い出した。


 そのメモとは、自分が演じる役の人物像について書き留めたものだ。想いや苦悩、人生や過去の経験などを、台本から読み解いて理解する。これを始めたのも、ローラが家で黙々と書いているのを見かけたのがきっかけだった。

 ローラが手にしていた数枚の板には、両面とも隙間なく文字が埋め尽くされていた。ローラの演技が一流の努力によるものでもあると、俺はそれを見て改めて思い知らされたのだ。そして、少しでもローラに追いつこうと、俺も同じ習慣を付けるようになった。


 ただ人物像を理解するのみで終わってはならない。その人物像を基に、各シーンにおける言動や所作をどのように演じるかが、今の俺の課題だ。その答えを追い求めるべく、俺はローラの演技を思い浮かべた。

 ローラの演技は大小かかわらず、登場人物の感情に従い、ダイレクトに表現する。動作のみならず、語気や息遣い、間の取りかたに至るまで――。それらすべての要素を余さず使いこなすのが、彼女の演技なのだ。


 俺はまだ、あれほどの領域には至れていない。だが、登場人物の想いについては細かに考察してきた。せめてその想いだけでも、演技に強く込めようと考えた。この人物なら何をするか、何を思うかを考察して煮詰め、自分の演技に取り入れていく。

 心と体を連結させる演技を意識するようになったのは、この瞬間からだ。もしかすると、これこそが登場人物が目の前に現れたかのような演技なのかもしれないと感じた。


 やりきった思いとともに演技を終えると、みんなは突然俺に拍手をし始めた。俺が唖然としていたところ、そばまで来たバトラーさんがポンと肩を叩いて言う。


「すばらしい演技でした、アスームくん。ローラさんもたいそう喜んでおられますよ」


 俺が注目すると、ローラは俺の上達を心から喜び、「よっしゃよっしゃ!」と何度もガッツポーズをしていた。


 俺の想いが通じたのか、それからはみんなの表情からも不安の色が消えていった。リハーサルのほうも、ミスなく劇を終えることに成功する。あと三回ほど通しでリハーサルを行ったところで、ローラは観客席から立ち上がり、声を張った。


「上出来! ここまでできればもう言うことはないわ。みんな、本当にお疲れさま!」


 パグの口笛を皮切りに、村のみんなはわあっと歓声を上げた。そして、三か月もの長く厳しい稽古を乗り越えたことを称え合った。

 俺もみんなに労いの言葉をかけていたところ、ローラに背中をつんつんとつつかれて呼ばれる。振り返ると、ローラは期待を込めた目を俺に向けながら言った。


「公演の成功は、私とあなたの演技にかかっていると言ってもいいわ。でも、あなたがあれだけ良い演技をできるのなら、何も怖いものはないわね。絶対に成功させてみせるわよ、アスーム」

「ああ」

 俺は力強くうなずき、ローラの差し出された拳にこつんと拳を合わせた。




 残りの二週間も過ぎ去り、ついに迎えた本番当日。俺たちは役の衣装や黒衣に着替え、早朝から村を出発した。

 移動中のアクシデントもなく、開演の一時間前にはジオカーレ劇場に到着する。まずは裏口に入り、劇の道具一式を楽屋まで運んでいった。その後、俺たちも楽屋に入り、中に設置してあったホールクロックに目をやりながら出番を待った。


 公演に魅了された観衆の歓声が聞こえてくる。俺がみんなの顔色を窺ってみると、また不安の色が表れていることに気づいた。

 何か気の利いた言葉をかけなければと思っていたところ、突然ローラがすっくと立ち上がる。ローラもまた、みんなの不安げな表情に気づいたに違いない。手を叩いて注目させ、ローラはみんなに言った。


「みんな、これまでやってきた稽古や作業を思い出してみて」


 みんなは目を閉じ、言われるがままに回顧を始める。そして、みんなの顔がみるみるうちに青ざめていった。不安が募ったのではなく、きつかった稽古の日々に戦慄してのものだろう。

 くすっと笑い、ローラは言葉を続ける。


「それだけぞっとするってことは、十分に稽古を積んできたって証拠よ。大丈夫、リハーサルでみんなが見せてくれた劇は、本当にすばらしいものだったわ。どうしても不安なら、私とアスームの二人でみんなを引っ張ってあげる。だから、大船に乗ったつもりでいなさい」


 ローラに続き、俺もみんなに対してうなずいてみせる。俺たちの励ましを受け、みんなは徐々に血色を取り戻していった。


「ローリエ劇団のみなさん、準備をお願いいたします」


 劇場スタッフが部屋の扉を開け、俺たちに通知する。「さあ、行くわよ!」というローラの呼びかけとともに、俺たちは楽屋を出て、舞台へと歩んでいった。

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