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第十二章 第十公演『ローリエを捧ぐ』

 アカンサス王国に流れ着いてから、半年近くが経過する。俺たちは今、王城を離れてとある場所を訪れていた。

 眩いばかりの装飾と照明の数々。そして、数千近くもある観客席を埋め尽くすほどの観衆。この熱気に満ちあふれた会場は、アカンサス城下町にある、モンディアル劇場のメインホールだ。ここで今、芸術家にとって特別な公演が開かれようとしている。


 期待の眼差しが注がれる中、俺はほかの芸術家たちと共に、舞台の上に立っていた。彼らはただの芸術家ではない。今日という日のために、フローラ大陸の各国から集まってきた、一流の芸術家たちである。

 司会が俺たちの前に立ち、観衆に向けてアナウンスを始めた。


「レディース・アンド・ジェントルメン。みなさま、本日は遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます。ただいまより、第三十二回アテナ国際芸術祭を開催いたします!」


 観衆から拍手が湧き起こる。俺は二か月前のオーディションを勝ち抜き、アカンサス王国代表としてこの場にいた。

 ほかの面々を見てみると、面識こそないものの、俺でも知っているほどの有名人ばかりが出揃っている。そして、あのダンザの団長も、やはりブライダル王国代表として出場していた。


 司会が次々に出演者たちの紹介を行っていく。拍手に包まれる中、俺の番が回ると、何人かの大きな声援が一斉に飛んできた。


「よくここまで這い上がってきた、ローリエ劇団!」

「暗殺者なんかに負けないで! ローラ団長のためにも頑張って!」


 先ほどの出演者たちに負けず劣らずの拍手と声援が、ローリエ劇団に送られる。俺は頭を下げて感謝の意を示した。


 紹介を終えて下がったとき、不意に後ろから声をかけられる。振り向くと、俺に話しかけてきたのはダンザの団長だった。

 怪訝に思っていたところ、ダンザの団長が突然頭を下げ、口を開く。


「チーノと揉めた件について、すでに話を聞いていることだろう。本当にすまないことをした。チーノにもそう伝えてほしい。ローラは生意気だが、それでも芸術文化になくてはならない存在だった」


 まさか彼が謝罪してくるとは思わず、俺は唖然としてしまう。柄でもないと思ったのか、ダンザの団長はこほんと咳払いし、またいつもの調子に戻って言った。


「ローラの件は残念だったが、それとこれとは話が別だ。最優秀賞を勝ち取るために、われわれは一切手加減せんからな!」


 俺は失笑しながらもうなずき、互いの健闘を祈って握手を交わした。


 開会式が終わるなり、俺はまずバトラーさんと合流する。そして、観客席の最前列にある貴賓席へと向かった。王城からの逃亡に助力したことと、ローラを死なせてしまったことを、リシャール王に謝罪するためだ。

 隣に座っていたベルティーナ嬢が、すぐにでも打ち首にすべきだと喚きだす。しかし、リシャール王はそんな彼女を宥め、次に優しい口調で俺に仰った。


「ロリアーナの芸術家になりたい本心と、君への恋心には薄々気づいていた。最期に君と結ばれて、そして君たちがアテナの舞台に立てて、ロリアーナは心から喜んでいることだろう。どうか、ロリアーナの夢を叶えてやっておくれ」


 俺はすすり泣くリシャール王の手を握り、力強くうなずいてみせた。


 リシャール王と別れ、奥の観客席に座る仲間たちとも合流する。開会式で行われた抽選の結果、俺たちローリエ劇団はトリを務めることとなった。なのでそれまでの間、ほかの公演を鑑賞することに決める。

 各国の代表たちが披露する公演は、どれも魅力的だった。演奏にコーラス、手品に曲芸、漫才に人形劇など、色とりどりだ。


 そんな中、ライバルであるダンザの公演も行われる。エースが不在であるからか、いつもの華やかさが少しばかり失われている印象を受けた。

 ダンザの団長も、本当は自分たちが最優秀賞を取れないことを覚悟していたのかもしれない。それでも公演を最後までやり遂げた彼らに、俺は心から拍手を送った。


 正午を跨ぎ、いよいよ俺たちの出番が間近となる。俺たちは鑑賞を止め、楽屋へと向かっていった。

 荷運びと着替えまで済ませたところで、俺はみんなを呼んで集合させる。緊張で顔が強張っているみんなに対し、俺はおもむろに口を開いた。


「みんな、俺はローラのことが好きだ。俺はローラの夢を叶えるために、ここまでがむしゃらに闘ってきた」


 呆然とするみんなに対し、俺は言葉を続ける。


「みんなも、それぞれの想いを抱えていることだと思う。たとえそれらの想いが違っても、みんなの演劇に込めてきた情熱は確かなものだ。これまで積み重ねてきた練習、経験、そして想い。すべてをこの舞台に置いてこよう」


 俺の呼びかけを聞き、みんなの顔つきも決然たるものに変わってくれる。その頼もしさに笑みを浮かべながら、俺は声を張った。


「絶対に最優秀賞を勝ち取るぞ、みんな!」

「オー!」


 みんなも拳を掲げ、鬨の声を上げた。程なくして、劇場スタッフがやって来て、俺たちに告げ知らせる。


「そろそろお時間です。ローリエ劇団のみなさまは準備をお願いいたします」


 俺はうなずいて返事し、みんなを引き連れて舞台へと向かっていった。

 いったん緞帳を閉め、速やかに仕込みを行っていく。その間、司会が観衆に向けて案内をしてくれた。


「最後のプログラムとなります。アカンサス王国代表、ローリエ劇団です。本日は演出のために、コンチェルト交響楽団にもご協力を頂いているとのこと。この神聖なアテナの舞台でも、われわれにすばらしいドラマを見せてくれることでしょう!」


 観衆は拍手とともに期待を募らせた。中には、コンチェルト交響楽団が加勢していることに驚いている人たちもいるようだ。

 コンチェルト交響楽団は、アカンサス王国の代表として、長年アテナに出場していた団体。先日のオーディションでの対決後、楽団長が俺たちの演劇に感動し、協力を志願してくれた経緯がある。


 仕込みを終えたところで、俺から司会に合図を送った。司会がうなずき、観衆に向けてアナウンスを始める。


「長らくお待たせいたしました。ただいまより、ローリエ劇団による『ローリエを捧ぐ』を上演いたします」


 パグの手によって、緞帳が静かに開かれた。まずは俺が、スーツ姿で舞台中央に立ち、スピーチを行う。


「今から半年前、われらが団長であるローラ・ヴェラミンテが凶弾に倒れました」


 最初の一言を聞き、観衆の顔にも悲愴の色が表れる。アカンサス城での出来事を思い出しながら、俺はスピーチを続けた。


「彼女を失い、絶望や無力感に打ちひしがれていたところ、とある夢を見ました。彼女の夢です。夢の中で彼女は、遠慮しないで頼ってほしい、みんなが力になりたいと願っていると、私に言ってくれました。それが、『ローリエを捧ぐ』の脚本を執筆したきっかけです」


 こぼれそうになる涙を辛うじて堪え、再び口を開く。


「彼女をこの最高の舞台に存在させること。そして、彼女の悲願をわれわれの手で叶えること。それが、われわれに課せられた使命です。アテナの舞台に立てた栄光を、彼女に捧げます」


 スピーチを終えてお辞儀をすると、観衆はあふれんばかりの拍手を送ってくれた。

 暗転幕を挟み、俺たちは満を持して公演を開始する。劇の物語は、俺の経験を基に、王城での出来事から展開していった。


 ローラを演じるのは、率先して主演を志願してくれたチーノだ。そして、相棒のアスームを演じるのは、ほかでもない自分自身。

 半年もない期間で、チーノは一流の演技力を身に付けてくれた。本人曰く、ローラの演技を幾度となく目に焼きつけたのが大きかったとのことだ。それに加え、俺を信じて熱心に指導を受けてくれたから、ありがたい限りだった。


「今から近衛兵たちの目を盗んで、王城から抜け出して逃亡する。それにあなたも付いてきてほしいの」

「あなたには、次期国王となる責務があるはずです。リシャール王があなたに裏切られたらどれほど悲しまれるか、お考えになりましたか?」

「わかってる。お父さまには本当に申し訳ないことをしていると思う。それでも、どうしても諦めきれないの。アテナの舞台に立つのを夢見ながら、あなたと稽古に励んだ日々を、無駄にしたくないの」


 ローラの寝室にて、王城からの逃亡を決意するシーン。観衆は初めて知る事実に息を呑むばかりだ。リシャール王だけは、逃亡の理由をついに知れたからか、うなずきながら涙を流されていた。

 俺がローラの頼みを聞き入れ、次のシーンに移ろうとしたとき。突然、貴賓席のほうから、耳をつんざくような叫び声が響く。


「止めろ!」


 チーノが跳び上がるほど驚愕したので、俺はやむなく演技を中断する。声のしたほうを注目すると、やはりベルティーナ嬢の仕業だった。

 事実に基づいた物語を見て、この先どうなるのか想像が付いたのだろう。ベルティーナ嬢は息を荒らげ、顔を真っ青にしながらこちらを睨んでいる。


 もう遠慮はいらない――俺は毅然とした態度でやつを睨み返し、叫んだ。


「邪魔をするな。俺たちは、ローラの夢を叶えるためにここにいるんだ!」


 ベルティーナ嬢は一瞬たじろいだが、すぐに怒りでわなわなと震えた。醜く歪んだ顔を俺に向け、ベルティーナ嬢は呟く。


「なめた口を……忠犬風情が……」


 火花を散らし合っていたところ、主催であるクレーデル王が起立なさる。そして、厳格にベルティーナ嬢に仰った。


「ベルティーナ殿。いかなる理由があろうと、この神聖な祭典を妨げることは許さぬ。静粛に願おう」


 観衆の怪訝そうな視線が、一斉にベルティーナ嬢に注がれる。ベルティーナ嬢は焦りの表情を浮かべたまま、抵抗を止めて言った。


「おほほ、癇癪を起こしてしまいごめんあそばせ。どうも気分が優れないようですわ。今から外の空気でも吸ってこようかしら」


 隙を見て逃げる気だ――そう直感し、俺はクレーデル王に目配せする。クレーデル王はうなずき、近くに座る兵士たちに告げられた。


「衛兵、彼女に同行を。体調が戻るまでの間、彼女を護衛するのだ」


 兵士たちが勇ましく返事し、数人がかりでベルティーナ嬢の護衛に当たる。やつは引きつった笑みを浮かべながら、そそくさとその場を去っていった。


 クレーデル王の合図に応じ、公演を再開する。しばらく逃亡を続け、城の裏口前まで辿り着く俺たち。ここで、バトラーさんが舞台に上がり、背後から俺たちを呼び止めた。


 今回、実話をできるだけ再現するために、俳優チームでない人たちにも出演してもらっている。とはいえ、何から何まで忠実に再現するわけではない。その最たる例が、このバトラーさんに見つかってしまったシーンにおける演技だ。

 当時は必死に説得していたが、劇中では慌てふためくことで、コミカルな演出を行っている。シリアスな展開が続く中、観衆に一息つかせるためのアイデアだ。チーノが俺を盾にし始めたところ、観衆から笑いが起こったので、内心ほっとした。


 バトラーさんの理解も得て、三人で城から逃亡。ブライダル王国から離れた村に到着し、パグたちと出会う。そして、ローリエ劇団の結成。できるだけ物語のテンポを損なわないよう、脚本を構成した。

 最初の公演を計画し、それに向けての準備を開始する。作業や稽古の内容は多岐にわたったが、ローラの手腕がそれらを可能なものとしてくれた。


 ここで、俺が意図的に組み込んだ台詞がある。かつて、何気ない会話の中で、ローラが俺にかけた言葉だ。思えば、俺に寄せていたあれらの期待は、彼女の死と因果で結びついていたのかもしれない。


「今は私が一番上手いだろうけど、いつかはあなたにも、私と同等以上の演者になってほしいわ。舞台監督も含めて、すべてを任せられるくらいにあなたが上達してくれたら、これほど心強いことはないもの」


 場面が変わり、リハーサルを終えて公演当日を迎えた。ローラの励ましを受けながら、俺たちはジオカーレ劇場の舞台へと上がっていく。


 ここからは、『敗走』のシナリオを要約して再現した。サリアがウィリアムの飢餓を見抜き、ウィリアムはサリアに負担をかけまいと命を絶つ。敵兵に襲われる町の住民を庇い、その代償としてサリアも銃殺される。そして、ピアノで讃美歌を奏でながらの、物語の閉幕。

 暗転幕を閉じると、観衆は劇の一員であるかのように、たくさんの拍手を送ってくれた。演劇の苦労と達成感を、観衆もこの公演を通して感じ取ってくれたのかもしれない。


 また暗転幕を開ける前に、俺からナレーションを挟む。


「俺たちの初公演は成功した。その後も、『ストレイ』を始めとするさまざまな劇を披露し、いずれも称賛を受けることができた。そして二年後、アテナ国際芸術祭の選考が迫る。俺とローラは、アテナ出場を懸けた最後の公演に向けて、劇場の予約を取りに行った」


 暗転幕を開き、次のシーンに移行する。舞台に立っている俺とチーノに挨拶しながら、ドレス姿の女性が登場した。言わずもがな、ベルティーナ嬢の役である。

 俺は脚本を通して、ベルティーナ嬢の悪事を洗いざらい告発した。王位継承の座を掴めずに、姉のロリアーナを憎悪していたこと。そして、ローリエ劇団を解散しなければ、団員たちをみな殺しにすると脅迫してきたこと――。


 それらの明かされた真実に、ここまで静かに鑑賞を続けていた観衆から、大きなどよめきが起こる。その中でも、特に動揺を隠せなかったのはリシャール王だった。

 みんなが真相を確かめようとするも、ベルティーナ嬢が座っていた席はいまだ空いたまま。みるみるうちに青ざめるリシャール王を、隣にいるクレーデル王がお宥めになられた。


「リシャール殿のお心は察するに余りあるが、すべてを暴くのは劇を終えたあとだ。まずは、ローラ団長の最期を見届けてあげてほしい」


 リシャール王は弱々しくうなずき、驚愕の表情をそのままに着席なさった。

 劇を続行する。劇団を解散するしかないと諦め、やつれたまま劇場を後にする俺たち。その後、路上にてファンに見つかり、一斉に取り囲まれてしまう。


「私たちはずっとあなたたちを応援しているわ! だから元気出して!」


 俺たちの顔色を見かねて、ファンたちが次々に励ましの言葉をかける。チーノはそれを受けて感涙し、何としてでも公演を行うと宣言した。

 そして、帰り道にて、彼女の口から計画が明かされる。脚本を自分だけが残るように作り、囮となって仲間を逃がすというものだ。


 俺は、ローラの勇気にあふれた決断を止められなかった。だが、何でも一人で抱え込もうとするローラを見過ごすこともできなかった。

 すべては忠義を尽くすため。そして、愛する人の支えとなるため。涙ながらに決意を述べる彼女を抱き留めながら、俺は言う。


「どんな結末を迎えようと、俺は最後までおまえを支える。初めておまえと会ったときから、おまえにこの身を捧げるって誓ったんだ」


 チーノの号泣とともに、暗転幕が閉じられる。観衆もすすり泣いているのを聞くに、次の公演に臨む俺たちの心境を理解してくれたようだ。


 暗転幕が開かれるとともに、運命の日が訪れる。ホービットへの恋心がばれ、解雇を言い渡されるディアナ。お互いに別れたくないと嘆き悲しむ中、ディアナがホービットにお願いする。


「ご主人さまを裏切った私は、いずれ処刑される。その前に、あなたとの思い出を作りたいの」


 ホービットを演じる俺は、こくりとうなずいてみせた。そして、二人でのワルツ。バトラーさんによる『白鳥』の演奏に乗せて、俺たちは踊り始める。


 あの時の俺は、演技を忘れてまで、ローラとの一時を噛み締めていたように思う。二人で過ごした特別な時間、そして多幸感は、今も俺の心に残り続けている。

 演奏が終わり、ローラとのキスシーン。無論、演者はチーノなので、実際は顔を近づけてそう見せかけるだけだ。本当にキスをしようものなら、パグに一生恨まれることになる。


 劇中劇がフィナーレを迎えてもなお、今度は観衆から拍手が湧かなかった。みんな、ローラの結末を見届けようと、目が釘づけになっている。


 暗転幕ではなく大黒幕を閉じ、舞台裏の暗闇を演出。キスの演技を止めて俺から離れ、チーノが別れの言葉を告げる。

 俺はバトラーさんに腕を引っ張られ、逃亡を余儀なくされた。チーノとの距離が遠のくにつれ、引割幕が閉じられる。チーノの姿が見えなくなるのと同時に、響き渡る一発の銃声音。


 この時、俺は初めてリハーサルを行ったときの感覚を思い出していた。心と体を連結させる演技。登場人物が目の前に現れたかのような演技。当時に抱いた強烈な感情を、動作、語気、息遣い、間の取りかたといった、演技のあらゆる要素に注ぎ込む。

 ローラを失ってからの慟哭。森で飢え死にしかけたときの、生への渇望。俺は、もう二度とできないであろう演技を、どうか見届けてほしいと切に願った。観衆にではなく、天から見てくれているはずのローラに対してだ。

 見せ場の演技を終えて暗転幕が閉じられてもなお、俺はなぜだか涙が止まらなかった。そして、『敗走』の公演でローラが熱演したあと、同じようになっていたのを思い出す。バトラーさんやマスコロさんたちに慰められながら、俺は次の準備を始めた。


 場面が変わり、とある豪華な大部屋の一室。ベッドで寝ていた俺は、勢いよく体を起こし、何が何だかわからないとばかりに呆然とする。

 間もなくして、劇団のみんなが俺のもとへ押し寄せてきた。脚色を加え、この時点でマスコロさんから事の経緯を説明してもらう。


 そして、ここからがサプライズ。クレーデル王が、自らを演じるために舞台へ上がられる。まさか国王も加勢なさるとは思わず、観衆から驚きと感動の入り混じった声が上がった。

 気恥ずかしさからか咳払いを挟んだあと、クレーデル王は俺に告げられる。


「アテナの出場権を懸けたオーディションに参加せよ。ローリエ劇団の演劇が世界一であると、わしに証明してみせるのだ」


 俺はベッドから降りて跪き、力強く応えてみせた。


「必ず、アテナの出場権を勝ち取ってみせます。亡き彼女の悲願を、われわれの手で叶えてみせます」


 クレーデル王が頬を緩ませてうなずかれる。暗転幕が閉じられるとともに、ここで『白鳥』の演奏が再び始まった。

 だが、ただの演奏ではない。今度はコンチェルト交響楽団による、クライマックスを盛り上げるための壮大な演奏だ。


 最初に、グランドピアノとアコーディオンが主旋律となって牽引し、フルートが雛鳥の未熟さを補完する。後半ではヴァイオリン、クラリネット、チューバ、ティンパニなどが加わり、音色に情熱と深みをもたらしていく。

 その間、俺たちは台詞を発することなく、稽古のシーンを次々に演じていった。先ほどと違い、今度は俺が新たな団長となって、みんなの指揮を執っていく。


 そうして、俺たちの演劇『ローリエを捧ぐ』は完成した。オーディション後も、クレーデル王やコンチェルト交響楽団の助力を受け、演劇の質はさらに向上した。

 そして今、俺たちはアテナの舞台に立っている。それこそが『ローリエを捧ぐ』の結末だ。


 演奏が終盤に差しかかったところで、俺たちは暗転幕を挟み、舞台上で整列する。そして、応援してくれたことに心からの感謝を込め、一斉に頭を下げた。

 会場全体を呑み込むほどの、スタンディングオベーション。緞帳が閉じられて終演してもなお、それは数分近くまで続いていた。

 このまたとない大喝采を、ぜひローラにも浴びてもらいたかった。この場にいる誰よりも称賛されるべき人物だったというのに――。そう思うと、また涙があふれて止まらなくなってしまう。


「最後まで堂々としていようぜ。あいつが安心して向こうに旅立てるようによ」


 背中を叩いて鼓舞するパグ。俺はこくりとうなずき、みんなの励ましも受けながら胸を張った。


 ばらしを終えて退場しようとしたところ、すでに貴賓席へ戻っていたクレーデル王が命じられる。


「アスームよ、こちらへ。われわれの手で決着を付けるときだ」


 俺は閉じられた緞帳の隙間を潜り抜け、観衆の前に姿を見せた。クレーデル王が腰を上げ、大声で観衆に告げられる。


「これにてすべての公演が終了した。だが、最優秀賞を決める前に、一つ明らかにせねばならんことがある。ローラ団長、もといロリアーナ殿を暗殺した首謀者が、ベルティーナ殿であるか否かだ」


 観衆がどよめく中、クレーデル王が片手で合図をなさる。すると、会場の出入り口から、アカンサス王国の兵士たちがベルティーナ嬢を引き連れてやってきた。ベルティーナ嬢は歯を小刻みに震わせ、自らの行く末に恐怖しているようだ。


「まずは衛兵、公演の間に何か問題が起こらなかったか述べよ」


 クレーデル王が問われる。ベルティーナ嬢はみっともなく懇願を始めたが、兵士たちはそれを無視して答えた。


「ベルティーナ殿がお花を摘みに行くと仰り、われわれの目を盗んで逃亡を図られました」


 その言葉を聞き、観衆から今度は怒号が飛んだ。全員の鋭い目が一斉にベルティーナ嬢に向けられる。

 ベルティーナ嬢は慌てふためきながら、薄っぺらい言い訳を始めた。


「ち、違う。私はお姉さまを殺してない。すべてはあいつらのでたらめですわ……」


 呆れたように肩を竦め、クレーデル王はさらに問われる。


「もしそうなら、堂々と反論すればよいであろう。なぜそこまでうろたえ、逃亡までなさろうとしたのですかな?」

「そ、それは……」


 もうお手上げのようだった。ベルティーナ嬢は目がぐるぐると泳ぎ、一言も発することができない。

 畳みかけるように、クレーデル王が告げられる。


「反論がないのであれば、暗殺の首謀者はベルティーナ殿ということでよろしいですかな。衛兵、彼の者を縄にかけよ――」

「お、お止めください!」


 叫び声とともに、ベルティーナ嬢は兵士たちの手を振り払い、どたばたと観客席の階段を転げ落ちた。立ち上がることすらままならず、犬のように這いつくばりながら、クレーデル王に駆け寄ってすがりつく。


「どうかお許しくださいませ。私には、次期国王となる責務があるのでございます! ここで終わるわけには――」


 まだそんなことをのたまうのか。これ以上ないほどの嫌悪感が込み上げてきたが、俺は深呼吸をしてそれを押し殺した。俺はクレーデル王を信じ、やつが裁かれるのを見届けるだけだ。


 命乞いを続けていたベルティーナ嬢が、近くにおられるリシャール王の存在に気づく。ベルティーナ嬢を見下ろすその目は、哀れみの色を帯びていた。


「そ、そうだわ……。お父さま、私をお助けくださいませ! 私は――」

「もうよい」


 懇願を始めるベルティーナ嬢に手の平を突きつけ、リシャール王は制止をなさる。呆然とするベルティーナ嬢から宝石だらけのティアラを取り上げ、リシャール王は仰った。


「もしロリアーナが本心を打ち明けていたなら、私はおぬしに王位を継承するつもりだった。だが、おぬしが悪魔であるとわかった以上、その決断をするわけにはいかん」

「お、お父さま――」

「喋るな。ただいまより、おぬしをブライダル王国から追放する。おぬしはもう私の娘ではない」


 下される判決。ベルティーナ嬢――いや、ベルティーナの権威がついに崩壊した。

 突然、ベルティーナは背筋が凍るような、狂気に満ちた笑い声を上げた。そして、白目を剥き、泡を吹いて失神する。動かなくなったやつの体を、兵士たちが縄で縛って担ぎ上げ、連行していった。


「よくぞ決断をなさってくれた、リシャール殿」


 クレーデル王がリシャール王の肩に手を置き、お宥めになる。どれほどの悪女だろうと、実の娘を裁かなければならないのは、相当にお辛かったことだろう。リシャール王はとめどなく涙を流しながらも、クレーデル王に感謝を告げておられた。


 いまだにどよめく観衆に向かって、クレーデル王が声を張られる。


「みなの者、アテナはまだ終わっておらん。これより、此度の最優秀賞を選出する」


 クレーデル王のお言葉を皮切りに、伝統に従った選出が始まった。司会が出場順に団体名を読み上げ、観衆が評価に応じて拍手する。その拍手が一番大きかった団体が、最優秀賞に選ばれるというものだ。

 俺は舞台から退場し、みんなと合流して観客席に腰かける。そして、固唾を呑んで事の成り行きを見守った。


 どの団体も、割れるような拍手が湧き起こった。エースがいない中で公演をやり遂げた、ダンザの面々も同様だ。やはり、一流の芸術家たちが集うだけあり、どうしても拮抗した評価になるのだろう。

 そして、最後であるローリエ劇団の番が回る。司会が読み上げた途端、観衆が待ちわびていたと言わんばかりに立ち上がった。スタンディングオベーションだ。


 会場が震えるほどの、嵐のような拍手と歓声。そのすべてがローリエ劇団に向けられていると知り、俺は胸が熱くなり、涙があふれた。

 司会が授与式のアナウンスを行う。クレーデル王が金色に光り輝くトロフィーを抱え、俺が来るのを待ち構えておられる。みんなに背中を押されながら、俺は胸を張り、駆け足でまた舞台へと上がった。

 喜びを噛み締めながら、差し出されたトロフィーを受け取る。さらに湧き上がる拍手を受けながら、俺は心の中で、この場にいない最愛の人に語りかけた。


 ――見ているか、ローラ。おまえが信じてきた俺たちの演劇が、今、アテナで最高の評価を頂いているぞ。


 もし隣に彼女がいたら、跳び上がるほど喜んでいたに違いない。二人で抱き合って感動を分かち合うことだってできただろう。それらが叶わないことだと再認識し、また悲痛の感情が込み上げてくる。


 だが、俺はもううつむかないと決めた。彼女が笑っていられるように。そして、安心して旅立てるように。

 そのためにも、俺は彼女が生きた証を、これからも守り抜こうと思う。熱意と勇気を絶やさないよう、団長としての務めを全うするのだ。惜しみない拍手に手を振って応えながら、俺はさらなる栄光のため、心に固く誓った。

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