終章 受け継がれる意志
アテナが終わってから、しばらくが経過した。
あれ以降、俺たちはブライダル王国に戻り、ジオカーレ劇場でまた公演を行うようになった。リシャール王のご厚意で、城下町に宿舎も兼ねた稽古場を建設していただいたりもしている。
また、俺たちは世界各国から公演の招待を頂くようにもなった。ほかにも、多く現れた入団志願者の育成にも追われ、俺たちは多忙を極めるようになる。
そんな中でも、劇団のみんなは各々の務めを果たしてくれた。衣装製作はモグリーさんが、大道具製作はパグや子どもたちが中心となって教授している。音響はバトラーさんが取り仕切り、裏方や舞台監督助手の指導はマスコロさんが担ってくれた。
新入団員の育成だけでなく、自己研鑽も精力的に取り組んでくれている。その中でも、特に努力を重ねていたのがフトゥーロくんだ。
彼は「団長に取って代われる存在になるんだ」と意気込み、今も俺と二人で特訓を行っている。「もしアスームが死んじまったらよろしくな」と、パグが冗談を言ったところ、モグリーさんに思いきり頭をぶたれていた。
熱心に励むみんなを支えるべく、俺も二代目団長として尽力している。劇団の各チームを統括し、足りない知識や技術は事細かにレクチャーをして補った。前にローラが指揮を執っていたのを、そばで観察した経験が活きているように感じる。
ちなみに、アテナの公演で一時的に加入していたチーノは、もうここにはいない。今はダンザの団長と仲直りし、再びダンザのエースとして返り咲いている。
また、パグとは引退後に結婚しようと婚約したほどの仲になっているらしい。お互いに暇を見つけては、ダンザの団長の目を盗んでデートをしているとのことだ。
稽古場の一室にて、脚本の執筆に勤しんでいたある日のこと。突然、玄関のほうからカランカランとドアベルが鳴った。誰だろうと思い向かってみると、郵便配達人の来訪だった。
一通の手紙を差し出され、俺はそれを受け取る。差出人を確認し、俺は思わず唖然とした。それはほかでもない、リシャール王からのお手紙だったのだ。
「娘のロリアーナが死してから、もうすぐ一年が経つ。久方ぶりに、娘に顔を見せてあげてほしい」
王の手紙には、そう書き綴られている。俺は快諾の返事をすぐさま手紙にし、郵便配達人に託した。
一週間後、俺は劇団のみんなを連れて、ブライダル城近くの墓地を訪れる。せっかくなのでチーノを誘ってみたところ、意外なことにダンザの団長も一緒に来てくれた。
雲一つない中、墓地の前では、リシャール王が衛兵やメイドを連れてお待ちになっていた。早足で向かい、跪いて遅れたことをお詫びする。
よく見ると、一緒にいるメイドは家令のオルガ婦人だった。無断で逃げだしたからか、彼女は俺やバトラーさんを快く思っていない様子。俺が気まずく思う一方で、バトラーさんはちろっと舌を出していたずらっぽく笑っていた。
「お変わりありませんか、リシャール王」
俺の問いに対し、リシャール王は大丈夫とばかりに柔和な笑みを浮かべられる。そして、直近の出来事を話してくださった。
二人の娘を失ったあと、リシャール王は貴族を対象に、新たな王位継承者を探しておられるとのことだ。残念ながら、ローラに代われるほどの人材がなかなか見つからず、一年経った今も進展がないらしい。
公表せずにいたという、ベルティーナのその後についても教えてくださった。監禁されてから三か月後、ベルティーナは食事中にナイフを喉に突き刺して自殺したらしい。俺はリシャール王を心配したが、顔色を見るに、すでに気持ちを切り替えておられるようだった。
「正直なところ、君が王になってくれたらと思うときもあるのだ」
なかば冗談に仰るリシャール王に対し、俺は首を振ってお断りした。
「申し訳ありません。私は死ぬまで彼女に身を捧げると誓いましたので」
リシャール王が納得したようにうなずかれる。
「そう言うと思っていたよ。ありがとう、ロリアーナのために尽くしてくれて」
「身に余るお言葉です」
俺は深々と頭を下げて恐縮した。
リシャール王との立ち話を終え、俺たちはローラの墓へと向かう。墓には、月桂冠を被るローラの横顔が彫刻されていた。そして、その下には二つの名前が刻まれている。
一つは、ロリアーナ・リシャール・ブライダル。もう一つは、ローラ・ヴェラミンテ。どちらも彼女の象徴として大切に扱ってくれていることに、俺は感謝の念が込み上げた。
墓の周りには、彼女の死を悼み、花束と月桂樹の枝葉が多く供えられている。中にはアザミを交えたものもあり、俺はクスリと笑った。
持ってきた花束をそっと置き、俺は彼女に告げる。
「俺もおまえに会えて、共に演劇の道を歩めて、幸せだったよ。これからは、俺がおまえの代わりとなって、みんなを牽引していく。だから、安心して向こうへ旅立ってほしい。ありがとう――どうか安らかに眠ってくれ」
追悼を終えて踵を返したとき、俺はふと、背後から誰かの気配を感じた。すぐに振り返り、俺は思わず目を丸くする。視線の先には、なんと死んだはずのローラの姿があったのだ。
俺が息を呑む一方で、ほかのみんなは一切反応を示さない。この瞬間において、俺しかローラの姿が見えていないのだと理解する。
墓の上に腰かけながら、ローラはこちらを見上げてにこりと笑う。だが、俺が瞬きをしたときには、風で舞い散った花弁と共に姿を消してしまっていた。
去りゆく花弁たちを目で追いかける。そして、胸中で強く誓った。――俺はこれからも、演劇の道を歩み続ける。ローリエ劇団がさらなる成長と飛躍を遂げ、この先もずっと栄光を掴めるように――。
花弁たちは青天に溶け込み、次第に見えなくなっていった。




