第十一章 夢に現れた彼女
長く続いた絶望と錯乱から、俺は辛うじて正気を取り戻した。
どうやら俺は、みんなと一緒に森の中をさまよっていたようだ。だがこの森は、俺たちが見慣れた森とは似ても似つかない。
鬱蒼とした木々の下には、枯れ枝や動物の骸骨ばかりが転がっている。肌を刺すような風は、幽霊の吐息を連想させた。子どもたちは恐怖のあまり泣き喚き、宥めようとする大人たちもやつれきった顔をしていた。
そんな中、率先してみんなを牽引してくれていた人たちがいる。バトラーさん、マスコロさん、パグ、そしてフトゥーロくんの四人だ。特にパグとフトゥーロくんは、ここで終わってたまるもんかと奮起し、懸命に励まし続けていた。バトラーさんとマスコロさんも、年長者として弱音は吐けないと考えたのかもしれない。
これ以上迷惑はかけられないと思い、俺もパグたちに加勢しようとする。しかし、いまだに心はとめどなく渦巻き、口を開こうとするたびに吐き気が催した。俺にとってローラがどれほど大事な存在だったか、あらためて痛感させられる。
そんな俺を見かねて介抱してくれたのが、意外にもチーノだった。なぜここにいるんだと俺が訊く前に、チーノが自ら経緯を説明してくれた。
ベルティーナ嬢の脅迫があったあと、チーノはダンザの団長と揉めたらしい。原因は、「敵が消えてくれるならむしろありがたい」という、ダンザの団長の失言である。その言葉にチーノは憤慨し、長年身を置いていたダンザから脱退する決心をしたのだという。
その後、チーノは俺たちが公演を開いている噂を聞きつけ、急いでジオカーレ劇場へ駆けつけた。その時には、ローラの射殺による騒動が起こっていたとのことだ。
阿鼻叫喚の中、チーノは劇場から逃げようとする俺たちを、追っ手より先に見つけ出した。そして、自身の事情を話したうえでローリエ劇団に加入し、一緒にここまで来たのだという。
ブライダル王国から離れたあとのことも、チーノは話してくれた。すぐに村へ戻ったが、ベルティーナ嬢の従者たちがすでに張り込んでおり、逃亡を余儀なくされる。貯蓄も村に置いたままなので、今や俺たちは無一文であり、寝床も食料もない状況だという。
おおよその状況を聞き、俺は雪原の道を外れた理由を何となく察した。雪原の道をそのまま進んでいけば、いずれ関所に差しかかる。ベルティーナ嬢のことだから、俺たちを捕らえるよう、各関所にも根回しをしているに違いない。それならば、どれだけ悪環境であろうと、身を隠しやすい森の中を進んだほうが賢明だ。
だが、たとえ正しい選択であろうと、何日も森の中をさまようのには限界がある。三日後には、数人の子どもたちが高熱でうなされるようになってしまった。
やはり無事では済まなかったかと、マスコロさんは頭を抱える。追っ手から逃げるためとはいえ、このまま野垂れ死んでしまっては本末転倒だ。そうなったら、身を挺して俺たちを庇ったローラに顔向けができない。
俺はマスコロさんに、よろよろと歩み寄って提案した。
「すぐにでも森を抜けて、助けを呼びましょう。これ以上はみんなの身がもたない」
マスコロさんは難色を示したが、命を守るのが最優先だという俺の説得を聞き、受け入れてくれた。
飢餓に耐えながら必死に声を上げ、助けを求める。だが、鬱蒼とした森に足を踏み入れるような人間は、やはりそうそういないらしい。
進展が得られないまま、さらに三日が経過した。大人までもが病気を患い始め、鼓舞を続けていたパグとフトゥーロくんも、ついに気力を失ってしまう。
とうとう歩くことすらままならない状況が、逆に俺の心に火を点けた。最後までローラに尽くすと約束したからだ。みんなまでもが野垂れ死に、ローラの犠牲が無駄になるようなことは、絶対にあってはならない。
「誰か、助けてくれ! 誰か!」
辺りを走り回りながら、諦めずに声を上げ続ける。しかし、なおも誰かが来てくれる気配はない。次第に喉が潰れ、俺は疲弊と空腹のあまり地面に頭から倒れてしまう。
『敗走』の主人公たちも、きっと同じようにひもじく、心細く感じていたに違いない。万事休すの状況で、俺がすがる思いで行ったのは祈りだった。
――神さま、どうか俺たちを見捨てないでください。ローラの夢を叶えるために、俺たちに奇跡を与えてください。
指先の感覚が徐々に失われていく。朦朧とする意識の中、突然誰かに腕を引っ張り上げられたような気がした。
マスコロさんやパグあたりが、倒れている俺に気づいたのかもしれない。天国へ連れる天使であれば振り払わなければならないが、もはやその力も残っていない。
抵抗できず、俺はされるがままに体を担ぎ上げられ、ずるずるとどこかへ引きずられていく。俺の意識がぷつりと途絶えたのは、その直後のことだった。
死んでたまるかという一心で、俺は意識を取り戻す。すぐに目を覚ましたつもりだったが、気づけば俺は、ふかふかなベッドの上で仰向けになっていた。
途端、聞き慣れたやかましい声が耳をつんざく。
「おい、アスームが目を覚ましたぞ!」
すぐに、近くから大勢の歓声も聞こえてくる。大声にうなされながら身を起こすと、そばにいたのはやはりパグだった。
周りには、安堵の表情で見つめるみんなの姿もある。一体ここはどこなのだろうと思い、俺は辺りを見渡した。
みんなが入ってもなお余裕があるほどの大部屋。シャンデリアや燭台、姿見や絵画といった、豪華絢爛な装飾の数々。一瞬ブライダル城かと錯覚したが、壁や床の材質はあちらと異なるものだ。まさか天国なのではないかと思い、俺は焦りを募らせた。
「俺たちはまだ死んでいないから、安心しろよ」
青ざめる俺を見かねてか、マスコロさんが笑みをそのままに言う。
「今すぐに説明してもいいが、先におまえさんも腹ごしらえをしてもらわないとな。食事が済んでいないのはもうおまえさんだけなんだ」
状況が理解できないままだったが、俺は言われるがままにこくりとうなずいた。
間髪を入れず、兵士の男が二人ほど部屋の中に入ってくる。やはり、ブライダル城の衛兵が着用していた甲冑とはデザインが異なっていた。
かしこまった挨拶をすることなく、兵士たちは付いてくるよう俺に手招きをする。俺はベッドから起き上がり、みんなを置いて兵士たちと部屋を出た。
兵士たちに付いていきながら、レッドカーペットが敷かれた廊下を進んでいく。窓の外は雲一つない晴天で、眩い日光が廊下を力強く照らしていた。
ブライダル王国であれば、今の時期はまだ吹雪に見舞われているはずだ。ここがブライダル城でないと確信するとともに、どこなのかという疑問がさらに深まっていく。その答えを知ったのは、俺たちがルーフバルコニーの前を横切ったときのことだった。
窓越しに外を見て、俺は象徴とも言うべき建造物を目撃する。この城や城下町を囲う、民家よりも遥かに高く堅牢な要塞だ。
要塞を構えられるほどの兵力を有している王国は、フローラ大陸において一国しかない。ここはアカンサス王国――芸術の文化を大陸全土に広め、今ではアテナ国際芸術祭を主催している国だ。
思いがけず憧れの国に足を踏み入れていた驚きで、俺はしばらく立ち尽くしてしまう。兵士の一人に背中を肘で小突かれ、俺はわれに返って再び歩きだした。
入り組んだ廊下を進んでいき、やがて大きな樫の扉の前に辿り着く。中に入ると、そこは長テーブルが何台も並んだ広い食堂だった。奥には厨房があり、何人かのメイドがせっせと料理をこなしているのが見える。
「適当に座って待っているといい。じきに料理が運ばれてくるだろう」
そう告げると、兵士たちは扉の両脇に立って警備を始めた。
まだめまいがするほどに腹を空かせていたので、俺は言われたとおり席に腰かける。間もなくして、メイドの一人が料理の大皿二枚を抱えてやってきた。
目の前に置かれた料理に注目する。一方は、スライスされた数枚のライ麦パン。もう一方は、トマトと穀物を煮込んだスープ。しばらく何も食べられなかった俺にとって、ありがたい限りのごちそうだった。
食欲に抗えず、掻き込むほどの勢いで食事を平らげていく。あと一枚のパンを口に運ぼうとしたとき、ふと、俺の脳裏にローラの顔が浮かんだ。
俺たちはこうして生き延びられたが、囮となったローラはもう戻ってこない。もしローラが生きていたら、今頃どうしていただろうか。共に食事を楽しみながら、アカンサス王国に来られた喜びを分かち合っていたに違いない――。
もう起こりえない想像をしてしまい、俺は悄然とした。それにより、無意識に食事の手も止まってしまう。
「ゆっくり食べるとよい」
不意に、すぐそばから男の声が聞こえてくる。驚いて顔を向けると、隣の席に声の主が座っていた。
不死鳥の紋章が描かれた真紅のマントに、ルビーの宝石がきらめく王冠。凛々しく伸びた白髭に、厳かな顔つき。アカンサス王国を統べる人物――クレーデル王のご登場に、俺は開いた口が塞がらなくなる。
慌てて口を拭い、椅子から降りて跪こうとしたところ、クレーデル王が手の平を向けて遮られた。
「そなたはまだ食事の最中であろう。座ったままでよい。そなたが目を覚ました暁には、こうして二人で話をしたいと思っていた」
俺は恐る恐る席に戻り、クレーデル王に見守られながら食事を再開した。
どうしてクレーデル王が直々に来られたのだろうか。先ほどの兵士たちも、クレーデル王が来られたことに驚きを隠せない様子だ。
いくら考えても答えがわからなかったので、ひとまず急いで料理を食べ終える。空になった皿を見るなり、クレーデル王は待ちわびていたとばかりに口を開かれた。
「さて、まずはそなたらがここまで運ばれた経緯を話そう」
俺はお辞儀をし、クレーデル王のお言葉に耳を傾け続けた。
曰く、別の事件で捜査をしていた兵士たちが、偶然にもあの森に居合わせていたらしい。兵士たちは捜査を一時中断し、餓死しかけていた俺たちの救助に当たってくれた。そして、迅速に王城の客間まで運び、介抱したのだという。
俺は、自分たちの命を救ってくださったことに感謝を述べた。それに対し、クレーデル王は必要ないと首を振る。謙遜しておられるのかと思ったが、気の毒そうなお顔を見るに、どうやらそうではないらしい。
「わしは救世主などではない。わしはアカンサスの王として、たとえどれほど残酷な仕打ちになろうとも、決断を下さねばならん」
「どういうことでしょうか?」
俺の問いに対し、クレーデル王は表情をそのままに答えられた。
「そなたらがローリエ劇団であり、ローラ団長を失ったとの訃報も聞き及んでおる。しかし、そなたらが関所を通ることなく、無断でわが国の領土に足を踏み入れたという事実は変わらぬ。つまり、わしはそなたらを違法者として罰さねばならんのだ」
俺はショックのあまり息を呑んだ。罪人として牢獄に収監されてしまっては、もう舞台の上に立つことは叶わなくなる。
どんなに無礼であろうとも、俺は行動をためらわなかった。椅子から降りて床に手と膝を突き、クレーデル王に土下座をして懇願する。
「お願いします、われわれにチャンスをください。私が代わりにローリエ劇団をアテナに導くと、亡きローラと約束を交わしたのです。彼女を裏切るような真似は、私には到底できません」
クレーデル王は黙したままだった。どうか考え直してほしいと、俺は切に願い続ける。
しばらくの重い沈黙の末、クレーデル王は厳格な態度で仰った。
「……わしは情に甘い王ではない。ゆえに、ただでそなたらの罪を許すわけにはいかん」
俺はぎゅっと目を瞑り、処刑を宣告される覚悟を固める。だが、次にクレーデル王が仰った言葉は、自分の想像とはかけ離れたものだった。
「四か月後にわが国で行われる、アテナの出場権を懸けたオーディションに参加せよ」
「……オーディション?」
顔を上げ、思わず唖然とする俺に対し、クレーデル王はこくりとうなずいて言葉を続ける。
「そなたらが優れた劇団であると、噂には聞いておる。もしオーディションを勝ち抜いたならば、ローリエ劇団はわが国にとっても必要な存在となろう。ローリエ劇団の演劇が世界一であると、わしに証明してみせるのだ」
クレーデル王の目は本気だ。俺たちローリエ劇団を見込んだうえで、一度きりのチャンスを与えてくださっている。
クレーデル王の提案を受けて、最初に芽生えた感情は恐れだった。俺たちローリエ劇団は、クレーデル王のご期待に応えられるのだろうか。主力のローラがいなくなったとなれば、なおさらである。
俺は床に頭を強く打ちつけた。少しでも自信が揺らいだ自分を戒めるためだ。
自信がなかったのは、初めて公演を開いたときもそうだった。その後も、脚本などに対するいろんな批評を受けてきた。俺たちは、それらの壁を何度も乗り越えてきたじゃないか。
それに、俺たちが自信をなくしていたとき、誰よりも励ましてくれていたのはローラだった。あのような頼れる存在になると、俺は彼女に誓ったのだ。挑戦すらせずに怖気づいていて、ローラの代わりが務まるものか。
拳を握り、前のめりに倒れる覚悟を決める。再び顔を上げ、決然たる表情をそのままに、俺はクレーデル王に言った。
「必ず、アテナの出場権を勝ち取ってみせます。亡き彼女の悲願を、われわれの手で叶えてみせます」
「待っていたぞ、その言葉を」
厳格なクレーデル王の口元が、心なしか少しだけ緩んだ気がした。
その後、俺たちは空いている兵士たちの寝室をお借りし、寝泊まりをすることとなる。稽古をするための大部屋までご提供いただき、俺たちはクレーデル王のご厚意にあらためて感謝した。
まだ病気が治りきっていない人たちには、寝室のベッドで療養に専念してもらう。そうでない人たちにも、稽古はしばらく待っていてほしいと指示した。まずは俺のほうで、脚本を先に考える必要があったからだ。
俺は一人で稽古部屋にこもり、デスクと羊皮紙を借りてアイデアの模索を始める。時折、みんなが様子を見に来たり、城の執事が紅茶を運んだりしてくれた。
そのたびに、俺はパグたちから、もっと肩の力を抜いたらどうだと心配される。曰く、今の俺は鬼気迫る表情をしているらしい。
だが俺としては、表情がどうなっていようが知ったことではなかった。もしオーディションで勝てなかったら、アテナに出場するチャンスは二度と訪れない。そうならないためにも、脚本は強豪たちに勝てるような会心の出来でなければだめなのだ。
俺は毎日、寝る間を惜しんで考案を続けた。納得のいく内容にならず、無駄になった羊皮紙を丸めて捨てる日々が続く。
一か月が経過した。ブライダル王国の雪道のように、床の上が丸めた羊皮紙で埋め尽くされている。
いまだに脚本が完成せず、俺は唸り声を上げながら頭を抱えた。みんなが言うことには、俺の目は不眠により真っ赤に充血しているらしい。
頭痛も治まらないし、体に相当がたが来ていると感じたが、それでも決して手は止めなかった。ローラの悲願を叶えるために、一秒たりとも無駄にするわけにはいかない。
次こそは完成させる思いで、俺は新たな脚本のアイデアを羊皮紙に綴っていく。だが、終盤まで書いた時点で、この脚本もアテナの舞台には通用しないと察した。つまり、また没だ。
くしゃくしゃと羊皮紙を丸めたとき、俺の心に一抹の不安がよぎった。――俺はこの一か月で、不毛な行為を何度繰り返してきた? いまだに脚本が完成しないなんて、俺にアテナの舞台に立つ資格などないんじゃないか?
意志の喪失、心の揺らぎ。それらに苛まれた途端、俺を支えていたものがはたりと消えた。バタンと椅子から転げ落ち、俺は立ち上がれないまま激しい頭痛にうなされる。
手を止めるわけにはいかないのに。俺がみんなを牽引しなければならないのに。意識が朦朧とする中、自身に立てと何度も言い聞かせるも、体は全く言うことを聞かない。
俺では、みんなやローラの力になれないのか――。無力感に打ちひしがれていたところ、俺は突然、誰かに上半身を抱え上げられた。
辛うじて目を開けると、俺はいつの間にか、見渡す限りの真っ白な空間にいた。次に、俺を抱えている人物を見て、思わず唖然とする。
艶やかな金髪に華奢な体。そして、一切の気を許したかのような、柔和な笑み――。
「ローラ……?」
焦がれるほど会いたかった最愛の女性が、俺の目の前にはいた。
俺は感激のあまりぽろぽろと涙をこぼしながら、疲弊も忘れて勢いよく抱きつく。ローラは俺を労わるように優しく抱き返してくれた。
俺の背中をさすりながら、ローラが口を開く。
「もう。アスームったら、一人で抱え込みすぎ。もっと甘えてくれって、あなたも私に言ってくれたじゃない」
ハグを止めて俺の頬を両手で挟み、目を合わせながらローラは言葉を続ける。
「だからあなたも、遠慮しないで頼ってよね。みんなも、そして私も、あなたのことが大好きで、あなたの力になりたいって願っているんだから」
俺の返事を聞くことなく、ローラが俺から離れて立ち上がった。間髪を入れず、ローラの姿が爪先から徐々に消えていく。
俺はローラを離したくない一心で、ふらつきながらも必死に手を伸ばした。だがその頃には、ローラの姿は肩の辺りまで消え、俺の手は虚空を掴む。
「俺も好きだ、ローラ! 頼むからいなくならないでくれ!」
俺の懸命な叫びも、消えゆくローラを引き留めるには至らない。再びローラを失う絶望に呑まれた途端、俺の意識は現実へと引き戻された。
まぶたを開けると、目の前には俺が投げ捨てた羊皮紙のごみがたくさん転がっている。どうやら、椅子から転げ落ちてから、長い間眠ってしまっていたらしい。
だが、俺が見たものは夢などではないと信じた。きっと、いつまでも堂々巡りを繰り返している俺を見かねて、ローラが助けに来てくれたのだ。
「ごめん、ローラ。ありがとう、ローラ」
感謝しながら涙を拭う。そして、立ち上がって再び椅子に座り、デスクと向かい合う。一枚の羊皮紙を取り出し、羽ペンを握り、俺は頭に浮かんだとおりの物語を綴っていった。
いや、それは思い浮かぶというより、思い出すと言ったほうが正しい。最後にエピソードを最小限に絞り、羊皮紙の隅に劇のタイトルを書き留める。
タイトルは、『ローリエを捧ぐ』。物語の主人公であるローラに栄光をもたらしたいという、切なる願いを込めてのものだ。
翌朝、俺はみんなを稽古部屋に呼び集め、完成した脚本を披露した。みんなはローラの生涯を脚本に選んだことに驚くも、むしろそのほうがいいと、すぐに賛同してくれた。
「あらためて、みんなに頼みがある」
頭を下げながら、俺は言う。
「アカンサス王国でのオーディション、そしてアテナ国際芸術祭。これらで成功を収めるには、俺一人の力だけじゃ不可能だ。どうか、みんなの力を貸してほしい」
突然の願い出に、みんなはしばらく呆然とする。そんな中、一番最初に口を開いたのはフトゥーロくんだった。
「俺、お兄ちゃんたちのおかげで、劇団のエースになるっていう夢ができたんだ。お兄ちゃんやみんなのためにも、精いっぱい頑張ってみせるよ」
フトゥーロくんに続き、バトラーさんが前に歩み出て言う。
「ぜひとも協力させていただきます。ローラさんの夢を叶えてあげたい想いは、われわれも同じですからね」
次に、パグが握り拳を固めて言った。
「おめえとローラが引っ張ってくれたから、おいらたちはここまで来れたんだ。おいらもおめえたちに恩返しをさせてくれよな」
今度はチーノが、自身の胸に手を当てて言う。
「私が、ローラさんの役を演じきってみせます。たとえ部外者だったとしても、ローラさんやみなさんのことが大好きですから」
モグリーさんやほかのみんなも、次々に決意を口にしていった。
みんなの確固たる意志に、俺はまたも涙をこぼしてしまう。仲間がいてくれるありがたみを、これほどまでに身に染みて感じたことはない。
「些細なことでも頼ってくれていいからな、アスーム。例えば、こいつとかよ」
マスコロさんが床に転がる羊皮紙のごみを拾い上げ、にっと笑って言う。俺も釣られて笑ってしまった。そして、みんなに協力を求めることを、俺はもうためらわなくなった。




