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元勇者だけどたまに猫になる魔王と一緒に暮らしてレストランやってます。この関係は誰にも言えません  作者: 甘城ソウヤ
第4部:遠き日の記憶と、冷たい祈り

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第96話 『聖女の不器用な献身と、一匙の安らぎ』

 大聖堂を包んでいた、不気味で無機質な純白の光が霧散していく。

 中心にいた教皇は、己の聖域であった黄金の杖を砕かれ、醜い悲鳴を上げながら祭壇の奥へと消えていった。

 後には、冷たい石造りの空間と激闘の余韻が残され、静寂な空間が広がっている。


 その静寂の中で、ガイルはエレンを抱きしめたまま、その場に深く膝をついた。

 光の矢を浴び続けた肉体は、とうに限界を超えている。

 彼の手からは力が抜け、荒い呼吸と共に全身から脂汗が滲み出していた。


「……ガイル、さん」


 腕の中で、エレンが震える声を漏らす。

 その瞳には、先刻までの虚ろな光はなく、確かな自我の輝きが宿っていた。

 ガイルは血の混じった息を吐き出しながらエレンを見つめ、わずかに笑顔になる。


「エレン様……。ご無事で……本当によかった……」


 その言葉を聞いた瞬間、エレンは思わず唇を噛んだ。


「……か、勝手に無茶をして、見苦しいですわ。わたくしのために、……あなたがこれほど傷つく必要などありませんのに」


 エレンは潤んだ瞳を隠すように、あえて顔を背けて突き放した。

 自分がガイルへ傷を負わせてしまったことへの申し訳なさが、冷たい言葉となってつい溢れてしまう。

 だが、彼女の手はガイルの血に汚れた腕を、壊れ物を扱うようにそっと抱きしめていた。彼女の指先は小刻みに震え、大きな瞳には今にも溢れ出しそうな大粒の涙が溜まっている。


 ガイルが心配そうに彼女の顔を覗き込もうとした瞬間、エレンは素早く顔を上に向けた。


「あ、す、砂が目に入りましたわ。……見ないでくださいませ」


 彼女は袖で乱暴に目元を拭い、自分の顔を彼に見せようとしなかった。

 眩しそうにエレンを見るガイルの顔は、痛みを忘れたかのように穏やかに見える。


 少し離れた場所から、落ち着いた様子の二人をみて、アルフレッドはエプロンのポケットから清潔な布巾を取り出すと、ガイルに近寄り、血の流れる傷口を押さえた。


「おい、しっかりしろ。……これ以上、血を流すのは禁止だ」 


 アルフレッドは手慣れた手つきでガイルへ応急処置を施していく。彼は血に濡れながらもガイルを支え、立ち上がる。

 ディアボロはそんな彼らを「ふん、見苦しい」と毒突きながらも、残り少ない魔力で周囲の埃を払い、静かな空間を維持していた。


「……感傷に浸る時間は十分ではありませんが、一つ朗報を」


 ルシウスが、眼鏡の奥の瞳を僅かに和らげて歩み寄ってきた。


「ヴァレリウスが英雄データを完全に消去し、教皇の杖も崩れた今、宰相が動かせる手数は事実上なくなりました。転送陣も壊れた以上、魔界への武器の横流しも不可能です。……しばらくは、あちら側も立て直しに時間がかかるでしょう」


「そうか。で、忌々しい泥人形は、もう我の前に姿を現さぬのか?」


 ディアボロは眉を寄せ、ルシウスへと問いを投げかける。


「ええ、他に作っていなければ、ですが。……ヴァレリウスの英雄データと、教皇の何らかの力でゴーレムを作っていたのでしょう。残った土に含まれていた魔力の残滓を調査した所、そのような結果が出ました」


 そしてルシウスは眼鏡を押し上げ、わずかに笑みを浮かべる。


「そのゴーレムを魔王様たちが壊したので、新たに作るということは不可能かと思われます。ですので、あのような敵がすぐに現れる懸念は消滅したと言っていいでしょう」


 ルシウスはパチリと算盤を軽く鳴らし、みんなを見渡した。


「戦力を立て直すには、あちら側にも相応の時間が必要になるはずです」


 アルフレッドはガイルに肩を貸して支え、エレンも静かにあとに続く。


「まあ、こんなんじゃすぐ戦いにはいけないからな」


 ルシウスはアルフレッドに静かに視線を向ける。


「今は、傷を癒やすのが先決です。ゆっくりと休むことをお勧めします」


 ルシウスの言葉に、誰からともなく頷き、四人は崩れかけた大聖堂を背に、ゆっくりとその場を後にした。



 それから数日が過ぎ、王都は少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 街には、緩やかな活気が戻り始めている。


 キッチン・ブランは再びその扉を開け、いつも通りに営業を開始していた。


 トントントン、と小気味よい音が店内に響く。

 アルフレッドが手際よく玉ねぎを刻む音だ。その規則正しいリズムが、かつての日常が戻ってきたことを告げているようだった。


 窓際の席では、ディアボロが優雅な手つきでティーカップを傾けていた。

 窓から差し込む陽光を楽しんでいるかのように目を細めている。


 そのとき、からん、と玄関のベルが涼やかに揺れる。


「いらっしゃいませ。……怪我はどうだ? ガイル」


 アルフレッドは包丁を置き、カウンター越しに声をかける。

 店に現れたのは、まだ各所に包帯を巻いた痛々しい姿のガイルと、彼の歩調に合わせるように、静かに付き添うエレンだった。


 エレンはアルフレッドを見て、わずかに顔を赤らめさせるも、すぐに意気揚々と宣言する。


「当然、私が治癒をかけているのですもの、こんな傷なんてすぐ治りますわ!」


 エレンはそう言いながらも、顔はあさっての方向に向けた。その頬は少し赤く染まっている。そんなエレンを見て、ガイルは笑おうとしたが、すぐに「いててて!」と顔をしかめて小さく叫んだ。


 それに気づいたエレンはガイルの身体を支えつつ、そっと椅子に座らせ、彼女も隣の椅子に座った。


「申し訳ない、エレン様」


 遠慮がちにガイルが言うが、その顔はなんとも言えず幸せそうだ。

 そこへアルフレッドが、スープの皿を二つ運んでいく。


「どうぞ。白身魚とハーブの温かいポタージュだ、これで早く怪我をなおせよ」


 アルフレッドが二人の前に置いたのは、雪のように白いスープ。

 白身魚の旨味がミルクに溶け込み、爽やかなハーブの香りが立ち昇る。


 ガイルが震える手でスプーンを握ろうとしたが、指先に力が入らず、カランと虚しい音を立てて落としてしまった。


「……あ、申し訳ありません。すぐに……」


「もう、仕方がありませんわね。これでは食卓が汚れますわ」


 エレンが表情を変えず、皿のふちに転がっていたスプーンを拾い上げた。そしてスープを優しく掬うと、ふーふーと息を吹きかけ、ガイルの口元へ運ぶ。


「……え、エレン様!? そのようなことは、滅相も……!」


「……これも治療、ですわ。私だけの騎士なら、黙って主の命令に従いなさい。ほら、あーんですわ」


 顔を真っ赤にしてしぶしぶ口を開けたガイル。

 エレンはその口にゆっくりスープを運ぶ。ガイルがスープを飲み込むたびに、エレンは彼に気づかれないよう、ほんの僅かに安堵の微笑みを漏らしていた。


 そのスープは一口運べば、柔らかな温かさが体の芯までゆっくりと広がり、強張っていた筋肉が解けていく。ハーブの香りは荒れた息を整えてくれるようで、ガイルの傷ついた体へ静かに染み渡っていくようだった。


 ディアボロは、その睦まじい光景を窓際から眺め、低く喉を鳴らした。


「随分と献身的な聖女様だな。その熱さなら、スープが冷める心配もなかろう」


 彼はからかうように唇の端を上げると、手元のカップから立ち昇る湯気を楽しむように目を細めた。


「なっ、あとで覚えてなさい! ……そういえば貴方に言っておくことがありましたわ」


 エレンは顔を真っ赤にしながらも、ディアボロに向かって悪戯っぽい笑顔を見せた。


「大聖堂は、教皇の失踪と組織の再編で、未だに混乱の渦中ですの。でも、そのおかげで私への監視の目は、劇的に緩んでいますのよ」


 エレンは勝ち誇ったように、ディアボロへ楽しそうに宣言した。


「だから、これから私は毎日ここに通って、嫌というほど羽を伸ばしますわ!!」


「なっ、貴様……! 無闇にここへ近づくな! 我が城の調度品を無駄に浄化して、価値を落とすつもりか!」


 いつものディアボロとエレンのやり取り。

 それが戻ったことでアルフレッドは安心し、次の料理の仕込みに入った。

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