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元勇者だけどたまに猫になる魔王と一緒に暮らしてレストランやってます。この関係は誰にも言えません  作者: 甘城ソウヤ
第4部:遠き日の記憶と、冷たい祈り

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第91話 『過去を乗り越えた、三人の帰還』

 降り注ぐ瓦礫を背中で受け止めたアルフレッドは、その重圧に耐えながら、腕の中の子供を必死に逃がした。

 破れたコックコートから溢れた鮮血が石畳を濡らし、立ち上がろうとする呼吸さえも苦しい。


 その一瞬の体勢の崩れを、影のゴーレムが見逃すはずがなかった。


 大盾を構えた聖騎士の影が、一切の隙を晒さぬ完全防御の姿勢のまま、重い質量を石畳に叩きつけるように突進してくる。同時に、勇者を模した漆黒のゴーレムが、淀みのない完璧な剣技で、アルフレッドの死角へと回り込んだ。


「しまっ……」


 瓦礫の重みで片膝をついた、その刹那。


 ザシュッ!!


 鈍く肉を裂く音が響いた。

 アルフレッドの前に、重厚な甲冑を持たない、ラフな麻のシャツ姿のガイルが飛び出していた。勇者の姿をした漆黒のゴーレムが振るう無慈悲な白刃が、ガイルの腹部を深く捉え、赤い飛沫が舞う。

 剣を受けたガイルの巨体が、石畳へと重く崩れ落ちた。


『……対象C、戦闘継続不可能。脅威度ゼロ。対象Bの処理にリソースを集中する』


 漆黒の勇者は、血溜まりの中に倒れたガイルを冷徹に見下ろし、機械的に計算式から除外する。標的をアルフレッドのみに絞り、再び剣を上段に構えた。


「ガイル! くそっ、俺のせいで……っ!」


 アルフレッドが背中を軋ませていた瓦礫を石畳へと下ろし、自分への後悔を噛みしめるように呟いた。


 だが。


「……気にするな。甲冑がない分、身軽で助かったよ」


 倒れていたはずのガイルが、血まみれの口元を歪め、ニヤリと笑って不格好に立ち上がった。その手には、震えながらも一振りの剣が握られている。


「私はもう、お前を護るだけの『盾』ではない!」


 ガイルは己への警戒を、完全に放棄する構えをとった。護ることを考えていた過去の自分を捨て、ただ目の前の敵を砕く『剣』として武器を正眼に構える。


「アルフレッド! お前は思う存分、その腕を振るえ!」


 叫びと共に、ガイルは再び完全防御で突進してくる大盾の亡霊へと、防具なしの特攻を仕掛けた。



 王都の上空では、ディアボロと影の膠着状態が続いていた。


 広範囲を焦土と化す影の魔王の極大の黒炎を相殺し続け、熱風を巻き起こしていたディアボロは、眼下で繰り広げられる窮地を静かに見下ろしていた。

 計算外として切り捨てられながらも立ち上がるガイルと、背中を預け合うアルフレッド。


「……ふん」


 ディアボロの白磁の指先から、地上へ向けて一筋の極小の氷結魔法が放たれた。


「我が城の客を、勝手に計算外にするな」


 ピキン。


 氷結魔法は、大盾で前方の視界が塞がっている聖騎士の影の足元だけを凍結させた。完全防御の姿勢で突進していたその影の足が、凍った石畳で滑る。

 鉄壁だったその体勢が、ほんのわずかに前のめりに崩れた。


「もらったっ!!」


 ディアボロが作った一瞬の隙を、ガイルが見逃すはずがない。

 ガイルは、体勢を崩した影の死角へ渾身のカウンターを叩き込む。


 ガイルの意志を込めた剣が、前のめりに傾いた大盾の隙間へ滑り込む。

 内側から激突した刃が、盾を斜めに粉砕する。

 土塊となった盾の破片が、乾いた音を立てて宙を舞った。

 だが同時に、ガイルの無防備な背後を狙って、勇者の影が音もなく跳躍していた。一切の力みがない軌道の剣が、ガイルの首筋めがけて全力で振り下ろされる。


 そこでアルフレッドが素早く動いた。

 彼はガイルの背中へ滑り込むように踏み込み、逆手に持った魔鋼の包丁を構える。


 シュリィン、と軽く金属が擦れる音。


 影の放つ一切のブレがない攻撃。それを、アルフレッドは力で受け止めるのではなく、手首の柔らかなスナップでいなし、包丁の腹を下から上へと滑らせ、鮮やかに受け流した。


「……淀みがない完璧な剣? 違うな」


 受け流されて大きく体勢を崩した漆黒の影の耳元で、アルフレッドが低く囁く。


「料理ってのは、手首のスナップが命なんだよ!」


 がら空きになった影の急所へ、魔鋼の包丁が一閃した。


 ズバァァッ!!


 二人が背中合わせに立ち、過去の亡霊たちを完全に両断した。

 影のゴーレムたちは砂となって崩れ落ち、光の粒子となって王都の空へと霧散していく。


 だが、安堵する間はなかった。


 ゴゴゴゴォォォォ……ッ!!


 地上のゴーレムが消滅した影響か、上空に浮かぶ『魔王』を模した影が、突如として激しく膨張を始めたのだ。


「あれは……っ!」


 ガイルが上空を見上げて顔を青ざめさせる。

 暴走状態に陥った影の魔王は、周囲の大気から魔力を無差別に吸い上げ、王都全域を一瞬にして焦土と化すほどの巨大な黒炎の渦――大規模殲滅魔法の予備動作に入っていた。


 本来のディアボロであれば、空間転移で容易に回避できる攻撃だ。だが、それをすれば眼下の街と、何より己の城である『キッチン・ブラン』が消し飛ぶ。

 ディアボロは逃げることなく、吹き荒れる膨大な魔力の奔流を正面から受け止め、強引に抑え込みにかかった。


「……チッ。野蛮な真似を」


 ディアボロの白磁の肌に、黒炎の熱が容赦なく照りつける。拮抗する力。


 その膠着状態の地上で、アルフレッドは一言も発さず、石畳に落ちていた砕け散った大盾の破片を拾い上げた。


 視線が、空へ向く。

 ガイルも残った力を振り絞り、アルフレッドの前に片膝をつき、両手を組んで強固な土台を作る。

 アルフレッドは地を蹴り、ガイルの肩を踏み台にして高々と跳躍した。そして、スナップを効かせ、拾い上げた魔力の結晶を、遥か上空――ディアボロの背後へと向けて全力で放り投げた。


 言葉は介さない。そして、ディアボロは決して下を見なかった。


「……遅いぞ」


 ディアボロは指先を微かに動かし、自身の魔力でその飛来する結晶を瞬時に凍結させた。そして、極寒の氷塊と化したそれを、影の魔王が展開する黒炎の渦の急所へとピンポイントで叩き込む。


 相反する魔力が衝突し、影の魔王が展開する黒炎の渦が内側から大きく揺らいだ。分厚い魔力の渦が晴れ、ディアボロの遥か頭上、見上げるほどの位置にいたゴーレムの核がむき出しになる。


「消えろ」


 ディアボロが、垂直に近い角度で、真っ直ぐに人差し指を天へと向けた。

 周囲に拡散していた彼の黒炎が、その指先の一点へと極限まで収束し、視界を焼き切るほどに鋭い、一直線の『漆黒の極光』となって放たれる。


 ――シュン……極光が、影ゴーレムの胸にある核を貫いた。


 断末魔すら上げる間もなく、巨大な魔王の影が内側から白く発光し、夜明けのような眩い光が、王都の空を照らし出した。


 全ての影が消滅し、舞い散る光の粒子の中、ディアボロが燕尾服の裾を翻して優雅に地上へと舞い降りる。

 石畳の上では、アルフレッドとガイルが、荒い息を吐きながら肩を貸し合って立ち上がっていた。


「……ふん。手を焼かせる」


 ディアボロが鼻を鳴らした、その時だった。

 王都の中央、石畳の空間が不自然に歪み、紫色の亀裂が走った。次元の裂け目から、静かな靴音と共に一人の男が姿を現す。


「お待たせしました、魔王様、アルフレッド殿」


 そこに立っていたのは、執務服の乱れ一つない魔界の会計徴収官、ルシウスだった。彼は手にした鉄の算盤を、冷徹にパチリと弾く。


「……敵の物資供給源、およびその黒幕の座標。全て計算通りに特定いたしました」


 ルシウスの背後、次元の亀裂の奥から、無事に復活を果たしたゼノンが、静かに姿を見せていた。

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